月明かり
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月明かり
世界を覗く、神様の瞳みたいだ。
ならばその、濁りのない目で見てほしい。
あったかもしれない、君と二人で過ごす未来を。
君は綺麗な人だった。
容姿も、中身も。
病弱な体の代わりに、どこまでも聡明に世界を見通していた。
君の隣で、君が歩む未来を見ていたかった。
でも、それは叶わなかった。
君の心臓は、どこまでも遠くを見通せる瞳の代わりにとても弱く、
君自身が描いた未来を、その目で見ることはできそうになかった。
選ぶしかなかった。
君がいない、俺の未来。
俺のいない、君の未来。
悩むことはなかった。
だって、君の中で俺は、ずっとずっと生き続けるから。
そして最期の時は、すぐに訪れた。
ちょうど今日みたいに、夜空にぽっかりと穴が開いた日だった。
苦しむ君の右手をぎゅっと握る。最後だと分かって、もっと強く。
「もう何も心配ないよ」
そう、これでいい。
さぁ、君の足で歩んでくれ。君の瞳が見た未来を、君自身のものに。
君は生きた。
俺の心臓を受け入れて、二本の足でしっかりと立った。
俺は死んだ。
あとには、意識だけが残った。執着なんて何もないはずなのに、いつまでも、無にたどり着くことはできなかった。
君は成長して、もっと美しくなった。素晴らしい人生を歩んでいった。
その姿を見て、俺は何度も納得する。
いいじゃないか。これが、俺の望んだ君の未来だ。
その気持ちが鈍ったのは、ちょうど俺が死んだ日と同じ月が、夜空に昇った日だった。
君は一人でベランダに立ち、死のうとしていた。
塀を乗り越えて、その身を秋の夜空に浮かばせようとして。
「何してるんだ‼」
俺は咄嗟にその肩を掴む。
君の身体は内側に引き戻され、あっけにとられた顔をしたあと、ぼろぼろと涙を零し始めた。
生きていたい。でも、死にたい。
そんな言葉が、聞こえた気がした。
俺が、俺が悪かったのか。
君は、君は死にたかったのか。
でももう、それを聞くことさえ叶わない。
俺は死んでしまったのだろうか。
あの日、もし君の心臓の力を信じられていたら。その体を強く抱きしめながら、未来を想い続けられていたら。二人で生きる、そんな未来を。
それに気づかなければよかった。もう戻らないくせに。
あぁ、君も俺も、苦しいばっかりで。
でも、それでもよかったから俺は、
君に、生きてもらいたかったから。
世界を覗く、神様の瞳。
今日は一段と綺麗だ。
それでも、そんなことを思ってもなお、お前に君を、連れて行かせはしない。
俺一人で満足してくれ。
君を世界から、奪わないでくれ。
だって君は、俺が命を賭して守った、たった一つの宝物だから。
でもひとつだけ、わがままが叶うなら。
教えてくれ。
もし、二人で歩む未来があったなら、それはどれだけ、素晴らしいものだったのか。
見せてくれるだけでいい。
前に進んでいく君を、引き留めなくていい。
だから、どうか、今日だけは―――。
月明かり on @non-my-yell0914
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