第8話 茜、休学からの復帰

茜は書類を加奈子たちに渡した。


「そっか。あなたの入部書類もまだ出してないわね。じゃぁ、いい機会だわ。

 一緒に学部長の所へゆきましょう。私も大学事務局に用事あるし。」



そういうと、茜はしばらく部室の中を見渡しながら、掃除を始めた。

ほこりが舞い、部室はもうもうとし始めた。


「ちょっと廊下で書いてて!」


しばらくして茜が体中に着いた誇りを払いながら出てきた。


「書類書けた?」


「はい!」


私たち2人は答えた。

なんか緊張する。


「二人はさ、今まで登山とか、あんまりやったことないんでしょ?」


え、なんでばれちゃったんだろう。


「はい、私、加奈子ちゃんが誘ってくれたので、どこでもよくて。それに先輩たちがめちゃかっこよくて。へへへ。」


ちょっと、紀代~。


「いいよ。私が登山の魅力、教えてあげる。それに、今どき、山岳部とか流行らないしね。みんな山ガールとか言って、ピクニック感覚で山に登るのがファッションになってるし」


「そんな軽いつもりで山岳部に入ったわけじゃないんです。なんか、自分を変えたくて!」


私は本当のことを言った。


「そうなんです!私も大学に入って、地味な私から脱却したくて!」


え?紀代が地味?どこが?しかも、やたら都会的でファッションセンス良くて、コミュニケーション能力高そうなあなたが、地味?


「そうね、二人とも、田舎の匂いするものね。加奈子ちゃんは北関東。紀代ちゃんは、九州?」


「そうです!宮崎です!」


紀代、宮崎なんだ。


「私さ、去年、一年大学を休学してて、本当は3年生なんだけど、ワーホリでカナダ行ってたんだ。」


ワーホリ?

あ、ワークホリディのことか!


茜先輩は自分の話をし始めた。


茜さんの話によると、茜先輩は、1年生の時に派閥闘争のように分裂した山岳部のメンバーに嫌気がして、カナダへ行くことを決めたらしい。山に登るのにお金がかかるので、一度働いてお金を貯めなきゃというのも理由だったし、語学力(英語、仏語の習得)もブラッシュアップできそうだったので、1年間限定でワーキングホリデーを選んだらしい。


「それにさ、デナリに登るのが私の夢でさ。カナダは近いからね。」


デナリ???


デナリって何? エナリ?


茜はふっと寂しいしい表情を見せた。


私はまずかったかなと思い、すぐさま質問した。


「あ、先輩、本当に無知でごめんなさい!デナリってなんでしょうか?」


「デナリは植村直己さんが遭難した山。マッキンリーって言えばわかるかしら。」


「あ、その山の名前、聞いたことあります!」


紀代が大きな声で答えた。


そういえば、植村さん、遭難したんだよね。で、行方不明のまま、いまだに遺体が見つかってないって。マッキンリーじゃんくて、なんでデナリなんだろう?


茜は二人があまりにも無知なので、一から教えてみようかなという気持ちになった。


「デナリという言葉は、先住民の言葉で、「偉大なもの」という意味なんだ。だから私は後からつけたアメリカ人の言葉より、デナリって言葉を使ってるの。アラスカにある山だけど、アメリカで一番大きい山でもあるの。夏でも寒くて、エベレストより登頂は難しいっていうのが登山家の声よ。植村さんは日本人で初めて登頂に成功したけど、最後はこの山で遭難してしまったの。」


「そうだったんですか」


私はあまりアメリカの歴史には詳しくないけど(歴女と言っても日本の歴史にしか興味なかった)、なんでアラスカだけアメリカなのかな?とか、インディアンとか住んでたところにヨーロッパ人が植民地活動して、カナダとアメリカ、メキシコなどの国になったぐらいのことしか知らなかった。


「ま、今日はここまで。さ、事務局一緒に行きましょう!私は復学届出すから。そしたら、山岳部は5名になって、廃部も逃れるわ!」


と言うと、颯爽と茜は立ち上がり、半地下の通路を歩いていった。



「ねぇねぇ、なんか茜さんって超かっこよくない?私、やっぱりここで良かったわ~。あんな先輩憧れちゃう! 私もいつかデナリ、行きたいな!」


私はまだまだ日本の低山でさえ登ったことないのに、そんなエベレストより難しい山に登るなんて想像もできなかった。


でも、いつかはそんな日が私にも来るのだろうか?

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