第一章<新しい世界と聖者の想い>

一話〈特別な誕生日〉


 成人を迎えた誕生日の朝、俺は全てを思い出した。


 俺は、この世界に生まれる前、日本という国で不運な人生を歩み、猫を助けて、車に轢かれて死んでしまったのだ。



 目の前に並べられた豪華な食事と、見た目が鮮やかなケーキにくぎ付けになる。


「おめでとうナオキ」

「今日で成人だな」

「お兄ちゃんおめでとー!」


 お祝いしてくれるのは、父と母、そして妹だ。

 みんな優しくて温かい。


 転生前の俺の家族とは大違いだ……。

 なんか目頭が熱くなってきて困る。


「お兄ちゃん? まさか感動して泣いてるの?」

「あ、ああ……」

「大げさねえ! ねえ、あなた」

「毎年お祝いしているのになあ」

「ははは」


 違うんだ。今回の誕生日は特別なんだ。

 俺は、この世界の人間じゃなかったんだって思い出したから。

 真実を話しても、この優しい家族は変わらないでいてくれるかな。


 俺の誕生日会はなごやかに進められる。

 母さんの手料理は変わらず美味しい。

 でも、俺は今夜、この家を出て行かなくてはならないのだ。


「そういえば、お兄ちゃん」

「ん?」

「グレゴールさんとはどう?」

「……」


 目をまん丸にして妹が口にしたその名前に、俺は硬直する。

 グレゴール。


 グレゴール = パッシェン。


 彼は、闇を狩る聖者といわれている。絹糸のような青髪と、涼やかな緑目が特徴の美青年だ。

 俺が十五歳の時、すなわち三年前にこの村にふらっとやって来て、魔獣から皆を守ってくれた恩人である。


 俺は、その聖者に一目惚れされた上に求婚までされてしまった。

 同性の相手にいきなり求婚するなんて、どうかしている。

 どうしても彼の事が理解できず、今日までずっと無下にしてきた。

 それでも彼はめげずに、足しげく俺の元を訪ねてきた。


 コンコン。

 という音が耳に届くと、母さんが玄関へと向かう。


「は~い」

「グレゴールです!」

「げ」


 噂をすればなんとやらで来てしまったか。

 俺が、彼を苦手とする理由はいくつかある。


 丁寧にお辞儀をして入って来た青髪の男から顔を背けた。

 そんな態度など気にとめる筈もなく、父と妹にも挨拶をしたら、俺の傍に立って頬に唇を寄せた。


「誕生日おめでとうナオキ!」

「は、はなれろって!」

「成人したのだから、今夜こそは一緒に眠ろう」

「お、おい!」


 そんな話を家族の前で言うんじゃない!!

 怒鳴りたい衝動に駆られつつ、どうにか抑え込んでグレゴールの腕を引っ張り、とりあえず外に連れ出す。


 その瞬間、彼の瞳が鋭く光るのを見逃さない。


 俺は、分かってしまった。



 グレゴール = パッシェンが、何故、俺の命を狙っているのかを。



 ナオキ=エーベルに転生する前、俺はある世界の日本という国で生きていた。



 佐原尚輝、つまり前世の俺は、三十代後半の、彼女いない歴年齢の、夢に破れた平社員であった。

 憂鬱な毎日を過ごしていたが、綺麗な野良猫と出会い、その猫を飼いたくて仕事に精を出すが、連日のサービス残業と、上司からのパワハラに耐えきれず会社を辞めてしまった。


 次の会社がなかなか見つからない。

 すっかり無気力になっていたのだ。


 にゃあにゃあなく綺麗な猫は、まるで俺を心配してくれているかのように、足元にすりよってきた。


「こんなに綺麗なんだから、飼い主がいるんだよな」

「にゃあ?」

「俺にはお前を飼う資格がないんだ……さよなら」


 勝手な言い分を押しつけて、猫のいた駐車場から車道にふらふらと足を進めた。


 猫が前に回り込んで行く手を阻もうとする。


「にゃあ!」

「あ!」


 まずい!


 猫が車道の真ん中に、とことこ歩いていってしまったのだ。


 もう車が猫に迫っていて、気づけば、俺は飛び出して猫を抱えて吹っ飛んでいた。


 視界は真っ暗になった。


 ――痛くない。


 と驚いて辺りを確認した時、俺の身体は宙に浮かんでいた。

 どうやら葬式の会場にいるのだとわかり、棺桶の中の己の姿に息を飲む。


「俺?」

「そうだよ、お前のお葬式だよ」

「!?」


 突然の声に顔を上げると、頭上に長い金髪の人がいた。

 性別が判断できず、首をかしげると、その美しい人は名乗った。


「私は、アルヌルフ = フォン・シラーという。とある世界の神なる存在だ」

「か、かみ?」


 名前と声の性質から考えると、男みたいだ。


 しかし、一体何を言い出すのだろう。

 信じがたい話だと思いつつ、耳を傾けていると、あの綺麗な猫の飼い主であり、自分を哀れに想った彼が、何かできないかと考えているのだと教えてくれた。


 と、言われても。困ったものだ。

 別にもうこんな国に未練もないし、できればこのまま天国へ行って新しい人生をやり直したい。

 素直に伝えると、神様は頷いて語り始めた。


「お前はどうやら、私が管理している世界を好むようなので、その地に転生させてあげよう」

「え」

「ただ、私の世界では異世界の魂を持つものの血は、特別なものだ……嗅ぎつけた蛮族に命を狙われるかもしれない。だが、安心しろ、お前を守る術は用意しておこう」

「は、はい?」

「お前の魂の消失までもう時間がない、必ず迎えに行く。成人になるまで――」

「!?」


 待っていてほしい。


 光に包まれる世界の中で、凛とした声が響いていた。

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