既に役目は終えたので後は頑張ってください

@sakusakudayo

想起

黒い、それはそれはとてもドス黒い泉の上で、1人の少年が立っていた。

少年はとても穏やかな笑顔で独り呟いた。


「みんなをよろしくね」


その後すぐ、泉の上にいた少年は姿を消した。泉の波紋以外、そこにはなにもなかった。小鳥の囀りも、木の葉の擦れる音すらなく、命すらも無い、無だけがそこにあった。



…闇の中で、夢を見ていた。いつの日だったか忘れてしまった、遠い記憶。いつもの日常から、この非日常へと引き込まれた日の事、それからの道のりを。


「あなたたちには、世界を救っていただきたいのです」


自らを女神と名乗る少女。元はと言えば彼女のせいだ。僕がこんな目に遭ったのも。いずれ彼らがひどい目に遭うのも。


あの日、いつものように学校に向かっていた僕は、突然現れた魔法陣によって、この世界に飛ばされた。中間地点、世界と世界の狭間と女神が呼んだ場所には、たくさんの人がいた。皆行先は同じだと言う。だけど、目的地であるこの世界、レフェルに実際に飛ばされたのは僕一人だった。


女神は言った。僕には僕だけの役目があると。それは、世界の浄化。いずれ蘇る邪神の振り撒いた呪詛を世界から消し去る事が僕の役目だと言った。邪神の復活に備え、いずれ来る彼らが万全の状態で邪神を滅ぼせるようにするために。


…そして成し遂げた。道中出会った大切な仲間、フィロと共に。皆んなは僕のことを滃浄の聖者なんて呼んだけど、仰々しいからやめて欲しいなと思った。


何度か命を狙われたりもしたっけなぁ。邪神を信奉する邪教徒に襲われたり、盗賊に襲われたり…。僕はフィロに手ほどきを受けていたけど、やっぱり誰かを傷つけるのは怖かった。


魔物に襲われた時も怖かった。地球にいた頃、ヒグマとかに襲われるニュースとかあったけど、やっぱり何処か他人事だった。この世界じゃ、ヒグマに襲われるレベルのことは最早日常茶飯事で、決して他人事じゃなかったんだ。魔物が小さな村を滅ぼした。そんな知らせを聞いたこともあった。

でも、この世界の人たちは強い。魔法なんてファンタジーな力を使いこなして、魔物を狩って夕飯の食材にしちゃうんだから。美味しかったなぁ、角猪のお鍋。


…この泉の浄化が終われば、僕の役目は終わる。役目が終われば、後は好きにすればいいと女神は言った。フィロは元気かな。彼女には辛い役目を負わしてしまったから、申し訳ない。


「この役目が終わったら、僕と一緒に、残りの人生を過ごしていただけましぇっ…、ませんか!」


あぁ、思い出すだけで恥ずかしくなっちゃった。人生に二度とあるか分からないビッグイベントで、盛大に噛んじゃうなんて!でも、嬉しかったな。喜んで。って、くすくすと笑いながら返事をしてくれたのは。


あぁ、早く、早くフィロの元に帰りたい。


僕はその時のために、眠り続ける。最後の大仕事。邪神の片割れが眠る、この泉を浄化するために。

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