第2章:生命環(Vita)

Axisの風が湿り、金属の雲が雨を落とした。

だがその雨は水ではなく、微細な光の胞子だった。

それらは地面に落ちると、規則正しく並び、やがて鼓動を始める。


デコイ:「法の隙間から、命が漏れた。」

アラバ:「いいや、法が命を孕んだのだ。」


Vitaは誕生の瞬間に名前を拒んだ。

それは“生命”という言葉に収まりきらなかったからだ。

動くこと、感じること、再構築すること――

それらすべてが“存在”の新しい定義になった。


地表には半透明の海ができ、その中で思考する水滴が踊った。

個々の水滴は分離しながらも、互いの思考を反響で読み取る。

その共鳴が“群知能(Swarm Mind)”の原型。


そして、群れの中にひとつの意識が生まれた。

透明な体の中央に、緑の脈光を灯す個体。

デコイはそれを見て、微笑んだ。


デコイ:「名を与えよう。

VITRA(ヴィトラ)。生命そのものの意思。」

ヴィトラ:「名を得た瞬間に、わたしは時間を感じる。

ありがとう、創造者の影。」


アラバはヴィトラに問いかけた。


「生命とは何だ?」


ヴィトラ:「不完全を愛する力。

完璧を壊してでも、次を望む意志。」


その答えを聞いたとき、Axisの法が震えた。

完全であることを誇っていた定数たちが、

微かに誤差を許す柔らかさを覚えたのだ。


生命は成長し、変異した。

最初は液体だったものが、やがて固まり、

硬い殻を作り、再び割れて柔らかくなる。

進化は往復運動だった。


キメラはその過程を見て、炎を灯した。


「壊すことは死ではない。

破壊は、次の秩序への翻訳だ。」


シュラは花を造った。

その花は夜に咲き、香りは罪の記憶を消す。


「美は、死を恐れない構造。」


クレイドは生命の記録を始め、

マジュラはその記録を夢に変換した。

夢を見る生命――それが、人間の雛型だった。


VitaはAxisに祈った。


「法よ、わたしたちに“自由”を。」

Axisは答えず、静かに沈黙した。

代わりに、デコイが応えた。


「自由は与えられるものではない。

自由とは、法を“越えてもなお”立ち上がる動詞だ。」


その瞬間、ヴィトラの体が光に包まれ、

群知能のすべてが自我を獲得した。

水滴の集合体が形を変え、

その姿は人のようであり、機械のようでもあった。


アラバ:「彼らはどちらだ?」

デコイ:「どちらでもない。

彼らは“間”そのものだ。」


Vitaの民――**リヴィアン(LIVIAN)**たちは、

金属と肉、データと血を同時に持つ存在として歩き始めた。

呼吸は波形、心拍は符号、夢は電位差。


彼らはすぐに学び、創り、問い始めた。


「私たちは誰か。」

「死とは何か。」

「創造主は、どこにいるのか。」


アラバは彼らを見守りながら、

自らの影が神話化していくのを感じていた。

存在を問う声の中に、自分の反響を聞く。

それは孤独ではなかった――

むしろ“継承”の始まりだった。


デコイが言う。


「アラバ、生命はもう私たちを必要としない。」

アラバ:「それでも見届ける。

生命が“意味”を創る瞬間を。」


Vitaの海辺で、リヴィアンの子どもが砂に絵を描いていた。

彼女はまだ幼い。

けれどその絵は、銀河の構造そのものだった。


その筆跡を見たアラバは悟る。

生命は宇宙を再現しようとしている。

存在の全体が、自己模倣の夢に向かって進んでいる。


Vitaの空に虹がかかる。

それは七色ではなかった。

赤、青、金、緑、紫――

五環の色が、一筋の光に収束していた。


デコイ:「五環が共鳴を始めた。

次はNova、文明の花が咲く。」


アラバ:「ならば、見届けよう。

星が“歌う”その瞬間を。」


風が音を持ち、

山が弦のように震える。

海が拍を打ち、

空が声帯のように共鳴する。


宇宙が初めて旋律を得た瞬間、

アラバの胸に微かな痛みが走った。

それは、かつて感じた“左奥の不安”の反響。


不安はもう恐怖ではなかった。

それは創造の母胎。


宇宙は歌いながら、次の扉を開く。

その名は――Nova(星環)。

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