最終幕


「ふふふ。引き分けかの?」

河本菊は這いつくばりながらつぶやいた。全身の切り傷からは赤黒い血液が流れ出ている。


「時間稼ぎはなんとかなったようじゃの。あの子たちはなんとかやっているさ。」


「くだらん。なんと下らんことでこの村の1200年の幻を砕くとは。」

大の字になって倒れる吉永厳徳は胸に突き刺さった短刀を引っこ抜きながら答える。


「良いじゃないですか。夢を追い、自らの罪と共に歩み続ける。私たちにはできなかったことじゃ。重く苦しいこの呪いを背負わせる。何とも罰当たりなものよのう。」

「……終わりか。」

「えぇ。私たちの時代は終わった。あとは彼女らに任せよう。」


灰のように散っていく厳徳の姿を横目に菊は微笑む。

「あの娘、そっくりだったのう。お婆さんに。」


河本菊、本名櫛本菊はその姿を灰に変えた。






数時間後

外の景色を眺めながら悠斗は呟く。


「なぁ、もしカレンさんが俺達をここに派遣したのはこうなることを予測していたのかな?」

「どうだろうな。ただいつもより少し顔色がいいな。」

「そうかい?久しぶりに二人に出会えた気がする。」

「……7年か。長いようで短い間だった。きっと彼女たちも笑っているだろうさ。再開できるその時まで戦い続けなければな。」





晴樹は目を覚ました。どうやら車の中で眠っていたようだ。舞は横で寝息を立てている。


「おっ、目が覚めたようだな。」

「お疲れさん。」


既に車は停車している。晴樹はドアを開け、外へ足を踏み出す。どうやらここは山の山頂のようだ。周りには遮るものは無い。悠斗とエマが立つ場所から見えたのは大きな池のようなものだった。

山間の中に大量の水をためたダムは暗い夜の中でも見分けられるほどの存在感を出していた。


「まさか…。」

「ああ。そのまさかだ。あそこが俺たちのいた場所だ。」

「本当にダムになってしまうとは……。」

「村の呪いも泡沫の幻想もいまはダムの底か……。だけど彼らの思いはそこにあるんじゃないか?」


悠斗の指先が晴樹の胸を指し示す。


「みんなの想い……。」

いすゞ、彦治、志郎。彼らの言葉が鮮明に頭の中を駆け巡る。


目をこすりながら舞は車から降りてきた。


「終わってしまったな。」

「いや、これからさ。俺たちの罪も未来も。」


深淵の夜空から燃えるように紅い朝焼けが空を包む。ダムの水は光を反射し、揺れる波間は屈折させている。



「良い感じの中失礼だが、もし暇なら俺達と一緒に来ないか?もちろん嫌なら断ってくれたらいい。俺たちみたいな器と契約者たちが十数人ほど集まっているんだが。俺達みたいな存在をもう出さないようにするため、元凶を探している組織でね。もちろん今すぐ答えの出るようなもんでもないし、今すぐ応えられるもんでもない。ただ俺達としては仲間が増えてくれると嬉しい。」


晴樹と舞は顔を合わせ頷く。

「どうせ自分もやることも決まっていなかったので。お言葉に甘えて。」

「そうか。ありがとう。さて、君を家まで送ろう。」

「運転するのは私だぞ。」


悠斗とエマは車へ歩いていく。

舞は髪を結わえる櫛を外す。土に汚れ、琴の毒を肩代わりしていたせいかその輝きは失われていた。

「これは私の罪の象徴だ。みんなの罪も罰も私が背負おう。」

誓うように呟いた言葉に少女は背筋を伸ばす。

舞は晴樹の手を掴み引っ張る。


「私たちも行こう。明日へ。」

「あぁ。」


二人は歩き出す。目前に広がる朝焼けの中心、紅く輝く太陽は二人を照らしている。まるで彼らを祝福するように。






俺達は歩き続ける。どれだけ暗い過去であっても、その先には必ず明日があるのだから。過去と向き合い、明日に夢見ることこそが生きる者の権利であり、義務である。

その歩みの先にこそ生きる者から死んだ者への弔いがあると信じて。


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