第二十三幕

「さてさて、あいつらはなんとかやってるかな。まぁエマは良いとして、あの二人か。上手くやっているならいいんだけど。尤も、俺が教えたことは使わないに越したことはないんだけどさ。」




悠斗はぶつぶつと呟きながら小高い丘へ登っていく。片腕ながら軽快に歩を進める姿は彼がその姿となって久しいことを示している。半分の視界を覆う暗雲と大地を揺るがし、轟音を響かせる揺れが広がっている。まさしく天変地異と表現することが正しいような異常な環境に目を丸くする。




「まさかね。ここまでひどいものだったのか。あの人、適当な情報流しやがって。しかしどうしたものか。」




山間から見える渦は雨によるものではないことは明らかであり、この村を飲み込むことが可能なほどの水量を蓄えている。今にも流れ出しそうなそれは彼女の最後の力で食い止めているのだろう。




「しかしあの男。皆月晴樹か。誰かの死に意味を与えられるのは明日を生きる者だけだ、か。いいこと言うじゃねーか。俺も明日へ向かって歩いて行かなきゃいけないか。そうだよな、姉さん、アンジュ。」




悠斗は右手の日本刀を地面に突き刺し、柄をしっかりと握る。黒い刀身は黒から赤、赤から青銅へ、青銅から白へ変化していく。悠斗の足元を中心に地面が鳴り響く。先ほどの魔での揺れとは全く違う地鳴り、それは地面を継ぎあげる衝撃と同時にその強さが上昇していく。




悠斗は瞼を閉ざし、脳内で紡がれていく言葉をゆっくりと口ずさむ。




「三つなる心よ、その身を焦がせ。一つは誰かを救うため、一つは誰かを守るため、一つは誰かと歩むため。我の意志は神に染まらず。我はこの願いと共に歩む。 三位の願い、理想への意志ソヴニール・ディエルヴ。」




詠唱と共に山間から超巨大な刃が地面から伸びる。万里の長城を思わせる日本刀の刃が数キロメートルにも及んで壁となす。逆さまの断頭台≪ギロチン≫を思わせるそれは大瀑布を受け止め、その流れを食い止める。




「持ってくれよ。」




柄を握る手に力が入る。十数億トンにもなるであろう水量を食い止めるには相応の力が必要になる。悠斗は歯を食いしばる。汗ばむ背中に軽く誰かが触れたような気がする。




『大丈夫ですよ。悠斗さん。きっとあなたならできます。』


『ゆーちゃん。最後まで諦めなければ、必ず掴むことができるわ。そうでしょう今までも、これからも。』


『ユートならやれるだろう。そうでなければ私の相棒には成り切れないぞ。』




聞き馴染んだその声たちは支えるように背中を守っている。その感触はどんな声援や激励よりも実感できる確かな支えだった。


握りしめる力を一層強くする。それに呼応するように刀身の輝きは強くなり、ギロチンの刃も力強くその水を受け止める。




「ありがとう、みんな。やっぱり俺はもらってばかりだ。だけど今はそれだけが有難い。」












晴樹はゆっくりと歩く。その横を並ぶように舞が歩く。歩幅の違う二人の差を生まないように晴樹はいつもよりも遅めに歩いている。


「なぁ。舞。」


「どうした?」


「俺達って今日を生きたら明日には何をしているんだろうな。いや何がしたい?」


「私は弔いたい。今までこの村で亡くなってきた、犠牲になった全ての者へ贖罪したい。」


「そうか。そのためにも今日を生きなきゃな。」


暗闇が空をの一部を塗り始める頃合い、二人は目的地へ目指し歩いていた。異常なほど落ち着いて入る。これから始めるのは血塗れの殺し合い。恐らくどちらかの命が落ちるまで続くであろう生臭い争いだ。


たった数日前までこんなことに巻き込まれるとは思っていなかったが、今こうして戦おうとしている。もしかしたらあの時から、母が死んだ時から定められていた運命というものなのかもしれない。


そうであったとしたら、何とも奇妙なものであろうか。山へ沈み、レイリー散乱によって深紅色に染め上げる太陽はどこか美しく思ってしまう。




「私はすまないと思っている。」


「何をだ?」


「晴樹を巻き込んでしまったことを。あの時、巫女の器として覚醒したときから晴樹は人間ではなくなった。そして私っ体の個人的な諍いに巻き込んでしまった。本当に申し訳ないと思う。そして私と共にここまで戦ってくれてありがとう。」


「礼は勝ってからだ。互いにな。」












「やぁ。待っていたよ。」


村の中央部までたどり着いた晴樹の目の前に立っているのは何度か目にした青年だった。少し明るめの髪の毛、Tシャツにジーンズとラフな服装であるのがすこしこの村に合わないが異様な違和感を醸し出している。


しかし、それ以上に晴樹が気になったのは彼の目だった。何も反射しない漆黒の瞳。この世界全ての黒よりも黒く、澱んだような瞳には夕日さえも反射することはなく、顔の輪郭に二つくぼんだ穴のようにも見える。


微笑んだ表情から考えられないほど冷酷な双眸は身を竦ませるのに十分だ。青年、吉永志郎は口を開いた。




「君が最後まで生き残るのは想定外だったかな。あそこで二人に殺されると思っていたんだけど、まさか君とジャーナリスト以外にもこの村に入ってきた人がいたとはね。本当はあのジャーナリストは僕が殺す予定だったんだ。けど君のおかげで面倒事を一つ解決してくれた。感謝しているよ。」




「ふん。心にもないことを。御託はここまでにしようぜ。」




「そうだね。僕は君を殺す。それだけだ。琴、準備だ。」


「分かったわ。」




背後から飛び出した少女が舞を襲う。匕首の連撃を軽く躱し、反撃へ転じる。ノコギリ鉈を水平に振り払い距離を取る。地面を蹴り、上段蹴りを食らわせる。琴は腕でガードし、バックステップで後方へ避難。


一瞬の攻防、その刹那の中で舞は過去の記憶を鮮明に思い出した。




「黒御琴。」


「思い出したのね。櫛本舞。湯津爪櫛の少女。」


「あぁ。懐かしいな。80年前の因縁にそっくりだ。黒御蔓の少女。」




ふたりの視線が交差する。あの時もこのような日だった。黄昏の空が二人を包み込む。




「さぁ。僕たちも始めようじゃないか。」


志郎は匕首を抜いた。剣先に映る夕日が反射し、赤く光る。晴樹は日本刀を抜刀。同様に夕日を反射する刀身には自分の姿が見える。




二人は同時に駆け出した。




「らぁぁぁ!!!」


「はあぁぁ!!!」




大きく切りかかったのは晴樹だ。匕首と日本刀では大きなリーチの差がある。それを有効に活用した射程外からの攻撃。志郎は足を止める。間合いから抜けた剣が空を切る。同時に晴樹は剣を止めた。空で停止した剣を突きへ派生する。志郎は横へ回避。




『初撃からの追撃を振り切られた!?』




驚愕と同時に晴樹は回避へ入る。隙だらけの身体を捻り、その場を離れる。すぐさま自分がいた場所に刃が走る。更に絡めての一撃。反対側の手に握られたもう一本の匕首が晴樹の頬を掠めた。


頬の皮が裂け浅く血が滲む。




志郎がにやりと笑う。突如、頬に鋭い痛みが刺さる。受けた傷に沿うように針で刺されたような感触に違和感を覚える。




「まさか!?」


「そう。毒だよ。今のはホスホリパーゼA2。ヘビ毒の酵素さ。細胞膜を破壊し、痛みを与える。本来なら激痛が走るはずなんだがさすがに耐えるか。」


「そういえば、お前は毒殺か。」


「正解。僕は白蛇。毒殺の力を持つ。」


「チッ。」




晴樹は腕で頬をぬぐう。痛みは収まらないが、滲む汗と止まらない血が服にこびりついた。


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