第二十一幕

「さて、覚悟も決まったことですし。」


悠斗が言葉を繋ごうとした時、大きな地面の揺れが村を襲った。


数分もすれば収まったがその揺れは地震とは違うことは明白だった。




「なんじゃこりゃ!?」


「地震?いや、それにしては突然すぎる!」




いすゞは座り直し、静かに答えた。


「そろそろ時間じゃ。言ったろう童はこの村の未来を逆因果によってゆがめていると。そのツケの限界が来たんじゃよ。本来の未来、ここはダム建設によって沈む運命だったんじゃがそれを歪めた結果がこの村じゃ。そして童がおぬしに敗れたが故に逆因果が砕けちまったようじゃ。」




「何だと!?」


「残り時間はどのくらいなんだ?」


「持って2時間程度じゃな。」




悠斗は腕時計を見る。


「かなりやばいな。」




「お主らよ、行け。童も極力の力を尽くす。それまでに最後の呪いを、吉永志郎を救ってやってくれぬか?これが童の最後の望みじゃ。」






4人は頷く。目の前の白い少女は最後までこの村に生きる者の心配をしていた。決してこの村の終焉が近づき、自らも助からぬと理解しながらも、最後の願いさえも他社のために願い続ける。決してそれは生半可な覚悟ではない。


晴樹は胸がギュッと熱くなるのを感じた。




4人は出口へ駆け抜けていく。最後尾の舞は振り返る。光の粒子として徐々に消えつつあるいすゞを見た。




「ありがとう、いすゞ。私に大切なものを思い出させてくれて。そして私たちに願いを託してくれて。」


いすゞは何も言わず手を振っていた。舞は前を向き、晴樹の背を追った。




「いいのかい?ついていかなくて。」


「いいんじゃ。童の願いは託された。もう思い残すことはない。」




今にも消えそうないすゞの背を支えているのは光の青年だった。


「お主の声を聞くのは何年ぶりじゃろうか。」


「80年とちょっとかな。」


「そうか。」




いすゞは自分の頬から流れる涙を見せないよう袖で顔を覆う。




「泣くなよ、いすゞ。君と出会えて俺は幸せだったさ。こうして君とも再開できた。80年前のあの『儀式』。あの時君を呼び出してしまった僕が背負うべきだったんだ。」




いすゞは顔を覆いながらかぶせるように答える。




「違う。これは童が望んだことだ。わらわたちが…。」




「今を生きる者のみが亡き者を弔うことが出来る。明日を歩む者のみが夜明けを見ることができる。死者の矜持を持って、その枷と共に一歩踏み出すことが生者に与えられた唯一の弔いだ。だからこそ夢は決して呪いではない。俺たち死者が出る幕は無いな。せいぜい今を生きる者の背中を押してやることだな。」




屈託のない笑顔を作る青年の瞳はとても似ていた。舞の器、皆月晴樹に。どこか暗い影を持ちながらも自らの願いのために戦う覚悟を持った瞳。




「若人たちよ、進むがいい。汝らが信じる夢へ。いや、夢ではなく未来か。泡沫の時だったとはいえ、今一度あの瞳に出会えるとはな。わが生涯も捨てたものではなかったな。」




消えていく心地は決していいものではない。しかしどこか快い気分だった。それは1200年ぶりの死故か、満足だったのか、いすゞにとってはどうでもよかった。










洞窟の出口を越えて4人は山間を見た。モザイクのように歪んだ山は巨大な水流をギリギリで抑えているようだ。今にも決壊しそうな山は




「残り2時間。その間に俺達は問題解決と脱出を試みる必要がある。」


「そんなこと可能か?」




「だから可能にするのさ。俺が何とかしてダムの水を防ぐ。その間にエマは何か脱出のための車とかを探してくれ。多分因果関係が壊れている今、見つけられるかもしれん。そして皆月、櫛本。お前らはやるべき事を為せ。リミットは3時間。それが俺の限界だ。いいな?」




「あぁ。了解した。」




「分かった。そっちは頼む。」


「応。任された。」






晴樹と舞、エマ、悠斗は3組に分かれ、その場を去る。悠斗は山間へ、エマは反対方向へ。そして二人はある場所を目指していた。




「ここへ来たのも何日ぶりか。」


晴樹は感慨深く眺めていた。それはここにきて3日目に泊まった無人家だった。


再び踏み入れた家は初めて入った時よりもずいぶんと印象が変わった。蜘蛛の巣が張っている床には薄っすらと血の染みが覗き、柱のいたるところには刀傷が見える。それらは微かながらもその場で起こった惨状を物語っていた。


舞はゆっくりと庭へ歩み出す。その一歩一歩が晴樹には贖罪の意味が込められているように感じられた。


踏み出すたびに舞は封じられたあの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。


自分が振るう鉈が老爺の肩へ食い込む感触。聞こえる老婦の絶叫。意にも介さず更なる攻撃を加える。振り下ろした鉈が老爺の頭蓋骨を砕き、脳漿を垂れ流す肉塊と変わり果てた。振り替えり次の敵へ目標をとらえる。老婦への一撃は首へ差し込まれた。大動脈をとらえ、頚椎に食い込んだ鉈を力づくで引きずり出した。鮮血が噴出し、絶命したことは明らかだった。




舞は庭の石へ跪く。この石の下で眠る老夫婦、そして自分の子孫であろう者たちへ精一杯の謝罪を唱えた。それは決して声には出さず、ただ心の中で唱えた。そして手を合わせ、彼らの安息を願った。


墓石であろう石の下を素手でゆっくりと掘り出す。コツンとぶつかる感触を舞は感じた。土に塗れ、黒ずんだそれは櫛だった。




「それは?」


「”湯津爪櫛”。私の罪の象徴、そして未来を歩むための剣だ。」




舞はその櫛を髪へ刺した。黒ずんだ櫛は徐々にその本来の色を取り戻す。朱色に染まるのと同時に舞の衣服も変化していく。緋色の上衣は朱色に鮮やかに、金糸の刺繍を袖に纏う。


「行こうか、晴樹。」




そう言う彼女は先ほどの幼さはもうない。器と共に呪いを壊し、未来へ歩もうとする意志の表れ。目の下の涙の跡はもうなかった。




「いや~、感動のラストにはもったいないほどの衣装だね。」


軽い口調にうざったらしい声。その持ち主は二人が家を出るまで待っていたようだ。


「あんたは...門下。」


「よっ。久しぶりといえばいいかな。」




その男、正直の口角は上がっていたが目は一切笑っていない。ただ恐ろしいほど冷酷な目だった。


「あんたもさっさと離れたほうがいいぜ。どうやらここはそろそろ水の底なんだから。」


「もちろん、そのつもりさ。だけど君はここで死んでもらわないと。」


言い切る前に正直の腕が動いた。巨剣が晴樹たちのいた場所へ突き刺さる。


「言っちゃえばこのまま村を壊すのは辞めてほしいのよ。僕は一人のジャーナリストとしてこの村を発信したいわけよ。そのためには証拠としてこの村がないといけないの。だから君が考えを改めることがなければこのまま君を殺さなくちゃ。」


正直の背後から少女が現れる。少女の体躯には到底似合わぬ大剣を担ぎ上げる姿は一種の恐怖を感じさせる。


「まさかあんたも!?」


「当り前だろ?君に力の使い方の初歩を教えたのは僕だろ?となれば答えは出ているものさ。」




正直は構え、剣先を向ける。晴樹たちも武器を構える。


最初にかけ出したのは正直だった。巨剣が横薙ぎに振られる。頭を下げて回避するも、髪の毛が何本か切り裂かれる。反撃に刀を振り上げる。その一撃は巨剣によって阻まれた。


「何!?」


想像をはるかに超える速度で動く正直に晴樹は驚きを隠せない。攻撃をバックステップで回避し、距離を取る。


「速すぎる。どういうことだ?」

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