第十一幕
俺の家族は普通だった。
いい意味でも悪い意味でも。
父親は公務員、母はスーパーの店員、妹と俺、4人の家族だった。
仲もよかった。毎年家族で旅行して、みんなでご飯食って、楽しい家族だったよ。あのときまでは。
「早く早く‼」
妹の急かす声を父は軽く受け流していた。
「まぁまぁ、ゆっくり行きましょう。旅は楽しむものよ。」
母のなだめる声が心地よかった。
車を走らせている父の笑い声。晴樹は団欒としたその会話を聞き流しながら、車窓から外を眺めていた。
森の中を走っていく車から見える木々の流れは見ていて飽きない。
駐車場に留まった車から晴樹たちは飛び出した。そこは観光地の一つだった。
誘い文句は『秘境‼山地の中の異教文化』だっただろうか。
そこは地域の中でも珍しい土着信仰の建物だったらしい。目を付けたのは母親だった。母の鶴の一声でその年の旅行地は決まった
「へぇー、思ったよりきれいね。」
それが母の最初の感想だった。
白い木造建築は古い建物らしいが、内装は驚くほどに綺麗だった。キリスト教の教会を思わせるような内部は歴史的建造物というには近代的過ぎた。
一種の異様さを感じていた晴樹はその場から早く帰りたかった。
しかし、家族を置いて、先へ先へと進む母を追いかけて晴樹はその建物の最奥を歩んでいった。
そこにあったのは巨大なステンドグラスだった。女性が倒れている男性を膝枕し祈っているようにも見える。女性の頭には緑色の宝石があしらわれた冠を被っている。男性の手には銀のペンダントが握られている。
その巨大なステンドグラスは部屋の明かりを受けて、不気味に光り輝いていた。
母はそれに触れる。
「ねぇ、晴樹。この聖母?なんか見たことない?」
突然の問いに晴樹は答えられなかった。ただのステンドグラスではないという感想だけが心に残っていた。
しかしその疑問は静寂と共に引き裂かれた。けたたましい警報と焦げ付いた臭い、それが火事だということは紛れもなかった。
母は晴樹と共に出口に向かって走った。
歩いてきた廊下は既に燃え始めている。上昇する気温、呼吸するたびに胸を焦がす大気、その状況全てが身の危険を示していた。
あと十数メートルだろうか、晴樹は無我夢中では走った。母の手に引かれながら。
「晴樹‼目を閉じなさい‼」
母の声に目をぎゅっと閉ざした。その時、自分の身体が浮き上がったのを感じた。次に感じたのは背中と頭部への痛み。
地面に激突した痛みだと分かったのは、起き上がった時だった。一本道の出口で立ち上がった晴樹が見たのは、建物の廊下で笑顔で笑う母の姿だった。
「母さんっ!!!!!」
理解した。母は部屋に充満した炎と倒れた柱によって脱出することができないということ。そして自分だけでも逃がすために放り投げたこと。
視界の上部から垂れる赤い液体に視界が覆われていく。母はただ笑い、左手を振っていた。炎の渦に包まれ、その姿が消えるまで。
建物のガラスが割れ、バックドラフトにより、炎の勢いが一段と増す。燃え落ちる建物の横に生えた黒い触手。それが晴樹の最後の記憶だった。
目覚めた時、そこは病院だった。あの日から三日後だった。
父と妹は無事に脱出していたようだ。軽傷で済んだらしい。火災後の検証でも母の遺体は見つからなかったらしい。ただ現場には母の婚約指輪だけが落ちていたらしい。
その日からだった。晴樹は夢を見るようになった。浮き橋から伸びる左手を。まるであの時の母の呪いかのように。
「その時からだ。おれは火が怖くなった。そして悪夢にうなされるようになった。」
「それが晴樹の過去か。」
「あんまり良いものじゃないさ。」
「それで…。晴樹はどうしたい?」
「俺は…。」
あの時、母さんは笑ってた。辛かっただろうに、苦しかったはずなのに。俺の中の答えはもう既にあったんだ。
「俺はこの命を、誰かのために使いたい。舞、君とこの村の呪いを解くために。」
「そうか。そのためにも動かなければな。」
舞は立ち上がる。
「え…。舞、傷は?」
「肩の方はまだだが。他の部分は問題ない。」
斬れている和服から覗く肌は綺麗さっぱりなもので傷口は見当たらない。
「どういうことだ?」
「私達巫女はその能力は契約した器の意思が強さに直結する。今まで以上の意思を示すことによって私は今まで以上の力と治癒力を持つ。」
「マジかよ…。」
「しかし依然として不利なことには変わりない。数でも状況、全てが私達にとって障害となる。」
「どうしたものか。」
ガサガサと茂みから音が聞こえる。二人は構える。武器は出せなくとも素手だけでもと。
そこから出てきたのは黒いスーツの男と金髪の少女だった。
「いやー、良かった良かった。まだ死んでなかったか。」
その男は少し小柄だった。160ほどの身長、少し長い黒髪を括っている。その声は男性にしては少し高い。コートから伸びる左側の袖には中身がなかった。そして最も目を引くのはその顔。
白い肌、光の反射で少し青く見える瞳は深く暗い。なにより彼は眼帯をしていた。
それは間違いなく先ほど舞を救った男だった。
「ユート。それは失礼な言い方だ。」
金髪の少女はユートと呼ばれた男を肘で小突いた。ジーンズにTシャツ。背丈は舞と同じほどだ。
「お前ら、誰だ?」
「悪い悪い。申し遅れた。俺は古儀悠斗。こっちは俺の契約者、エマだ。」
「よろしく。」
「あんたら一体…?」
「まぁ細かいことは後でだ。敵はこっちに近づいてきてる。戦えるか?」
「本当に味方か?」
疑い深く晴樹は訝しむ。悠斗は笑顔で返す。
「証明するのは難しいが、信じてくれるならそれには応えるさ。」
エマは答える。
「遠距離側は私達が相手しよう。近距離の方はそちらに任せる。いいか?」
「分かった。」
舞は返す。
「ではまた会おう。死ぬなよ。」
悠斗とエマは言い残し、走り去っていった。疾風怒濤として現れた二人に晴樹と舞はあっけにとられた
「俺達もなんとかしなければな。」
「現状で正面衝突は悪手だ。搦手が通じるタイプでは無いかもしれないが、一石を投じることはできるかもな。」
「よし。それで行こう。となれば……。」
秀勝は矢を構える。それは黒い服の男へだった。
「何者だ…?しかし邪魔者ならやることは一つ。」
限界にまで振り絞った矢を開放した。音速を超えて放たれた矢。男の側頭部を狙った攻撃は寸分の狂いもなく男を貫くはずだった。
男は矢を掴んだ。
「なるほど、銃撃でもここでは弓矢扱いになるのか。興味深いな。まぁ、とにかく見つけた。」
男の姿が見えなくなる。刹那、腕を握られた。秀勝は掴まれた腕の主を見る。
それは紛れもなく黒服の男だった。
「うわあああ!!」
「そう驚くなって。」
弓の弦を引く。しかし抵抗がない。弦は切られていた。男の右手には日本刀が握られていた。黒い刀身が鋭く輝く。
「お、お前、一体何者なんだ!!」
「俺は、まぁしがない旅人だ。お前らと同じ器だ。」
「殺してやるぞ。貴様!!!」
「開放!!。放たれし矢は命運さえ射抜き、宿願に夜は啼く。建御名方タケミナカタ!!!」
弓は姿を変え、大型の小銃になる。同時に秀勝はその場を高速で去った。
「銃撃の中でも狙撃タイプというわけか。」
悠斗はその場で日本刀を消した。
「ならば、俺もそうしよう。」
「開放。原罪を償いし者よ。愛するものを守る銃となれ、全てを貫く魔弾の引金を引け。贖罪者マグナス。」
悠斗の瞳が青く輝く。
右手にはトンプソンコンテンダー。隻眼隻腕の彼は薄ら笑いを浮かべ、歩んでいった。
小春は自分の器が開放を行ったことを知覚した。弓矢が消え、握る獲物は99年式小銃だった。小春にとってこれは使い慣れたものだ。
ボルトをスライドさせ、初弾を装填する。そして金髪の少女を狙う。
スコープを覗き、少女の頭を狙う。引き金を引いた。爆発音とともに音速の弾丸が発射される。
しかし、その攻撃はエマにとって知っていた攻撃だった。
ナイフの刃で受け止めたライフル弾は変形し、ナイフにめり込んだ。
「まぁ、場所が分かっていれば大体対策できるな。」
エマの姿が消える。青い瞳が残光を生み出しながらこちらに近づいて来ているのは分かった。
ボルトを操作し、排莢、発砲するも当たらない。ジグザグに動くエマを捉えることはできなかった。
距離がどんどん近づいてくる。瞬間エマが目の前に現れる。振り下ろされたナイフを99年式で止める。
「はぁぁぁ!!」
エマの動きは止まらない。ナイフの連撃が小春の全身を切り裂く。さらに腹部を蹴り飛ばす。
「がぁぁ…。」
エマの大型のナイフが小春の胸に突き立てられた。喉から掠れた風切り音が漏れる。少女は灰となって消えていった。
「やはり、呪いの影響か…。」
秀勝は豊和M1500を構える。狙いは黒服の男。その引き金を引いた。7.62mm弾が悠斗の左肩を貫いた。
「そっちか。」
悠斗は銃弾で放たれたであろう方向にコンテンダーを向けた。距離にして500m。
(この距離で当てられるものか。そんな拳銃で。)
ボルトを操作し、次弾を装填、構える。
「」
悠斗はまだ撃たない。秀勝は二発目を発射した。雨音を引き裂く破裂音が響く。しかしその弾は悠斗には掠りもしない。しかし眉一つ動かすことなく微動だにしない悠斗の姿に秀勝は気味の悪さを感じた。
「なぜだ。なぜ撃たない!?」
三発目を装填し、構える。
悠斗はその時を待っていた。雨の中、風が止まる瞬間を。目線の先の男がボルトアクションのために木の陰に身を隠した。横殴りの雨が徐々に勢いを弱める。三度の狙撃のために身を乗り出した。その時だった。風が止んだ。それはコンマ数秒に過ぎぬ瞬間。コンテンダーに装填された30-06スプリングフィールド弾が点火された。
轟音とともに発射された弾丸は秀勝の眉間を貫いていた。
「久秀…。後を…頼んだ…。」
そう言い残した秀勝は灰のように消えていった。
「悪く思うなよ。これも仕事なものだからな。」
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