総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~

三月菫@リストラダンジョン2巻12/1発

第1章 総理大臣、ダンジョンを駆ける

第1話 総理、就任会見する



「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ」

 ——エイブラハム・リンカーン






 東京都千代田区永田町——


 首相官邸の記者会見室は、駆けつけた記者たちが放つ無数のカメラのフラッシュで真っ白に染まっていた。

 その眩い光の先、演壇に立っているのは、長身細身の一人の男。

 先般行われた特別国会で首班指名を受けたばかりの、新しいこの国のトップだった。


 第105代内閣総理大臣、和泉迅一郎いずみじんいちろう


 若干三十五歳。

 憲政史上最年少の総理。

 前政権では防衛大臣と内閣府特命担当大臣――特地開発・特災支援担当を歴任。

 その端正な顔立ちと、親しみやすい言動で、若者を中心に国民人気は高い。

 ……が、就任会見に集まった記者たちが抱くのは、期待よりも「ホントにコイツで大丈夫?」という不信感だった。


 そんな中、一人の女性記者の手が上がった。


「東都新聞の新月です。総理。前政権では政治とカネの問題を端に発して国民の政治不信が深まり、前総理の不祥事発覚を機に支持率は急落しました。さらに直前の参議院選挙では与党が過半数割れし、史上初めて衆参両院で少数与党となってしまったという状況です——」


 新月記者は迅一郎を試すように見つめながら、言葉を続ける。

 彼女の語る言葉は厳しいながらも、迅一郎を取り巻く現状を、端的に捉えていた。


「こうした中での総理就任は〝敗戦処理〟や〝客寄せパンダ〟と冷笑する声もあります。与党の歴史的な支持率低下と、総理の政治手腕への疑念が渦巻く今、国民の政治不信にどう応え、政権をどう立て直すお考えでしょうか?」


 質問を受け、迅一郎はまっすぐ新月記者の顔を見据える。

 ひと呼吸整えてから、ゆっくりと口を開いた。


「国民の皆さまの声は、真摯に受け止めます。一つずつ、できることを積み重ねていきたい」


 政治家あるあるの、中身ゼロのテンプレ回答である。

 だが、百戦錬磨の新聞記者が、そんな曖昧な回答を許すはずもない。

 迅一郎の答えに、新月記者はすぐに切り返した。


「総理に出来るこというのは? 具体的になんですか?」

「まず、国民の声をそのまま受け止めるということです。そして、それを受け止めて行動に移すことが、真に受け止めるということ。それが私に出来ることだと、考えています」


 迅一郎の答弁に対し、記者席の一角からクスクス笑いが漏れた。

 誰もが心の中で「また迅一郎構文か」と呟いた。


 迅一郎構文——それは、迅一郎特有の独特な言い回しを揶揄した呼び名だった。

 同じ意味の言葉を繰り返しているだけなので、何かを言っているようで、実は何も言っていない——そんなふわっとした、中身スカスカの発言。

 それが彼の政治手腕に疑問を抱かせる理由の一つとなっていた。

 だが皮肉にも、悪い意味で耳に残る彼の言葉は、人を惹きつける謎の中毒性を持っていた。一部ではネットミーム化するなど、良くも悪くも、迅一郎という政治家を語る上で欠かせないものになっていた。

 

「総理。『具体的』という言葉の意味を理解されていますか? 今の発言は何ら具体の説明になっていません。ただのトートロジーです」


 新月記者が、迅一郎の答えをバッサリと斬り捨てる。

 記者席から鼻で笑う声が漏れた。


「総理、あなたはこの国の代表であり、舵を取る立場なんですよ。一億二千万の国民の未来が、すべてあなたの双肩にかかっているんです。その重みを自覚したうえで発言してください」


 新月記者が睨むように迅一郎を見つめ、再び口を開いた。


「もう一度お尋ねします。和泉総理……あなたは総理大臣として、この国をよくするために、何をするおつもりですか?」


 会場は完全にアウェーの空気に包まれている。

 だが、迅一郎は、動じなかった。

 わずかに息を吸い、明瞭な声で告げた。


「この国が抱える最大の課題は、突き詰めれば一つです。


 その瞬間、会場がざわついた。


「増税か?」

「いや国債発行だろう」

「先の参院選を受けての積極財政路線か? となると国民賛成の会との連立もあり得るんじゃ……」


 憶測が飛び交い、記者たちは一斉にペンを走らせる。

 会場は騒然とし、ざわめきが渦を巻いた。

 記者たちの息が荒くなり、張り詰めた緊張が室内を覆う。


 だが、このとき迅一郎が口にした次の言葉は、会場にいた全員の想像をはるかに超えるものだった。



「――私は、ダンジョン開発を進めます」



(……は?)

 

 会場が一瞬でフリーズする。

 記者たちも、迅一郎の後ろに控える官僚たちも「こいつ、何言ってんの?」と顔を合わせた。

 ただ一人、迅一郎だけが、落ち着き払って言葉を続ける。


「我が国に多数存在する〝特地〟……すなわちダンジョンは、未知の資源が眠る宝の山。その開発を推し進め、そこから得た収益を国家歳入へ還元する。そうすれば増税も国債の乱発も不要。将来世代に負担を残すことなく、この国を立て直すことができます。それが、私の答えです——」


 迅一郎が語り終えたあと、場内にどよめきが再び広がる。

 誰もが困惑の表情を浮かべていた。


「馬鹿げてるッ!」


 そのとき、前列に座る中年の男性記者が、椅子から立ち上がり、声を荒げた。


「総理が今言ったこと! そんなのは絵空事だ! 子供の空想ですよ! あなた、仮にも特災支援大臣だったんでしょう!? 知らないんですか!? 日本が世界からなんと呼ばれているか!?」


 声を荒げる記者を、迅一郎は微動だにせず受け止めた。


————我が国はそう呼ばれています」


「だから! 危険過ぎるんですよ! 我が国のダンジョンは災害そのものだ! 探索なんて誰もできやしない! いくらダンジョンの中に資源が埋まっているからといって、どうやってそれを開発するんですか!? 一体、誰がダンジョンを探索するって言うんですか!」


 嘲笑と失笑が混ざる空気は、墨を垂らしたように広がっていった。

 迅一郎は瞳を閉じて、そのざわめきを受け止める。


 瞼の奥の暗闇の向こうに、国民の顔を思い浮かべた。


 決して逃げない。

 国民に対する説明責任を果たさなければならない。


「私です」

「…………は?」


 迅一郎は、演壇に置いたマイクを握り直し、まっすぐに言い放った。



「――私が、ダンジョンに潜ります」



 その一言で、記者会見室は水を打ったように静まり返った。

 冷笑は消え、若き総理の口から飛び出した前代未聞の発言に、ただ誰もが言葉を失っていた。

 


 第105代日本国内閣総理大臣、和泉迅一郎いずみじんいちろう

 若干三十五歳。史上最年少の若き総理。

 就任当初、憲政史上最悪の内閣支持率――4.6パーセント。



 これが、この男と、日本という国の反撃の始まりだった。







(注意)

この物語はフィクションです。

登場する人物名、団体名、国名はすべて架空のものです

実在するものと似通っていたとしても、それは気のせいです。たまたまです。幻覚です。

 






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