魔族が話相手です

スター☆にゅう・いっち

第1話

ニートのサブローは、一日中パソコンの前で過ごしていた。

朝、目覚めて最初に見るのはスマホの画面。

昼はネットゲーム。

夜は匿名掲示板と動画サイト。

外の世界との接点は、宅配便とコンビニだけだった。


彼の部屋は六畳一間、カーテンは閉ざされ、光はモニターからしか差さなかった。

社会に背を向けて三年。

彼の世界は、すでにLANケーブルの先にしか存在していなかった。


ある日、異変が起こった。


ゲームの合間にふと壁を見たサブローは、そこに黒いしみのような穴を見つけた。

カビかと思って近づくと、それはゆらりと波打った。

まるで水面のように。


「……なんだ、これ」


恐る恐る指を伸ばした瞬間、穴の向こうから光が差し込んだ。

眩しさに思わず目を細めると、そこに現れたのは――ひとりの女だった。


透きとおるような金髪、翡翠のような瞳、細く尖った耳。

サブローの知っているどんな映像よりも美しかった。

まるでゲームのキャラクターが、現実に抜け出してきたかのように。


「こんにちは。あなたと話がしたいの」


エルフは穏やかに微笑んだ。

彼女の声は、まるで森の風が囁くように柔らかく、サブローの胸の奥に染みこんだ。


それからというもの、トンネルは毎晩のように現れた。

彼女の名はリィラといった。

彼女は異世界の研究者で、人間社会について知りたいと言った。


最初は戸惑っていたサブローも、次第に彼女との会話が日課になった。

学校では友達もいなかった。社会に出ても続かなかった。

だがリィラは、そんな彼の話に真剣に耳を傾けてくれた。


「あなたたちはどうやって食べ物を作るの?」

「戦争って、今もあるの?」

「お金というものは、どんな魔法?」


サブローは、暇に任せて答えた。

ネットで見た動画、SNSで仕入れた知識、ニュースで聞いた断片――

それらを総動員して語るうちに、彼は初めて「誰かに必要とされている」と感じた。


季節が巡った。

リィラは、サブローの孤独な日々の中で唯一の彩りになっていた。

画面の向こうではなく、まるで隣にいるような存在。

彼は次第に彼女に惹かれていった。


「サブロー、人間の世界は……寂しいのね」

「そうかも。でも、君と話してると楽しい」

「私も……あなたと話しているときだけ、時間を忘れるわ」


二人の間に、淡い恋のようなものが芽生えた。

サブローは初めて、明日を待ち遠しいと思った。


一年が過ぎたある夜。

いつものようにリィラが現れたが、彼女の顔には笑みがなかった。


「どうしたの?」

「……あなたに、伝えなければならないことがあるの」


声がかすれていた。

次の瞬間、彼女の体がゆっくりと歪み始めた。


白い肌は灰色に変わり、髪は枯れた枝のように伸びていく。

瞳は闇に沈み、口から低い呻きが漏れた。


「リィラ……?」

「ありがとう、サブロー。おまえのおかげで、私たちは人間を理解できた」


トンネルの中から、木の枝のような腕が伸びた。

それは蛇のようにサブローの体に巻きつき、引き寄せた。


「お、おい……やめろ!」


「我らはすでに、この世界に潜り込んでいる。

 軍隊、警察、政治家、官僚、企業の経営者……少しずつ人間と入れ替わってきた。

 十分に溶け込んだ今、まもなく正体を現し、世界を支配する」


木の怪物――リィラは冷たい声で告げた。

その声には、あの優しさの欠片もなかった。


「残念だが、お前は知りすぎた。もう役目は終わりだ」


サブローは必死に暴れたが、枝は締めつけを強めた。

モニターが倒れ、キーボードが床に散らばる。

画面にはログイン中のゲームが映っている。

キャラクターは今も戦っていた――だが、彼自身は何もできなかった。


視界が暗くなる。


最後に思い浮かんだのは、あの日、リィラが笑っていた顔だった。

あれは嘘だったのか、それとも一瞬でも本物だったのか。


――引きこもっていた自分に、初めて恋人ができたのに。


その思いを胸に、サブローの意識は静かに途切れた。

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