第6話 違いの詩は排除と享受だけの二択じゃない

 たどり着いた最初のまち勇者ゆうしゃブレイブが説明せつめいしたとおり、王都おうとから少しばかりはなれた田舎町いなかまち

 自然にちた空気はすがやかで、遠くから聞こえる鳥のさえずりは耳に心地ここちよい。

 最初の街にたどり着いて早々そうそうに、吟遊詩人ぎんゆうしじんバルドは種族しゅぞくちがいによる洗礼せんれいを受けていた。

 疑念ぎねんに満ちた空気は重苦おもくるしく、ひそやかながら聞こえる人のおしゃべりは耳障みみざわりにすら感じる。



 この街の人間は、よそものきらう。そのうえ、よそ者の一人がエルフであるというのだから、街の人間のその態度たいど顕著けんちょだった。

 えてバルドを毛嫌けぎらいし、今すぐ出て行けと言わんばかりの対応たいおうだ。

 予想よそうをしていたことだったとはいえ、いざ目の前にするとなんとも心地の悪い話だ。

 そんな街の様子にいきどおりを感じているのはバルドではなくブレイブだった。

 エルフだからとしいたげようとする街の住人に、ブレイブは強い非難ひなんの目を向ける。

 そして強い口調くちょうと態度で、この街を統括とうかつする人物になにか物申ものもうそうとするブレイブ。

 けれどそれを止めたのはバルドだった。

 ブレイブは不服ふふくそうに、そして腹立はらだたしそうに、その街の者たちをめつけたが、バルドにめられている以上、それ以上のことはしなかった。


「種族の違いは悪いことじゃないんですよ」


「そうだね。王都では良くしてもらったし、僕もそう思うけど……同じくらい種族の違いゆえのかんがかたの違いは仕方しかたないとも思う」


「仕方ないことですか?」


「うん。この街に長く暮らしているのは、この街の人達だ。当然とうぜんにそうでしょ?それをあとから、ふらりと来ただけの旅人たびびとのために考え方やかたを変えろなんてことは絶対に道理どうりとおらない」


「けれど、私は不服です。私の妻にたいしてあのような無礼ぶれいな態度……」


「ふふふ、そうだね。ブレイブのその考え方や気持ちを無下むげにしたいわけじゃないんだ。僕のために怒ってくれてありがとう」


 困ったように微笑わらったバルドは、ひとつだけいきらして、そのまま言葉を続けた。


「でも、僕だってエルフの森に他人たにんがやってきて、相手がよくわからない人だったらいい気分じゃないと思うんだ」


「でもあなたはあんなにえに意地悪いじわるく、態度に出したり、しいたげたりしないでしょう」


「それは考え方やかた、人それぞれ違うし。エルフは一応いちおうそれなりにちからが弱くないからってのもあると思うよ。たぶん、僕はこの街の人達をこわがらせちゃってるんだと思う」


「怖いから排除はいじょするんですか?怖いならあえて攻撃こうげきしてこなければいいのに」


「ブレイブ、僕は攻撃されてると思ってないよ。怪我けがをさせられたわけじゃない」


「でもあなたをきずつけてる。あなたの体に怪我はしていなくとも、心を傷つけてる」


「うーん。こうも真正面ましょうめんから嫌ってくれているといっそ清々すがすがしいさえするけれど」


「私はしません。全然すがやかじゃないし、この街から要請ようせいがあっても助けたくないと思うくらいにははらててます」


「ふふふ、君も態度に出ちゃってるじゃない?」


一緒いっしょにしないでください。私はここに来るまでに予想もしていたし、こういう態度を取る人間がいるかもとわかってました。けれど私は、そのこころかくして、きちんと、にこやかに対応していたんですよ?それをこんな無礼な態度で返されて、そっちがそう来るならのこの態度です」


「街の人達は君には悪い態度じゃないでしょ?」


 そう、街の人間はよそ者を嫌っているが、王都のギルドに所属しょぞくしているうえ名高なだかい勇者のブレイブにたいしては、反吐へどそうなくらいに手厚てあつ歓迎かんげいなのだ。

 街の人間たちが、よそ者だと思っているのも、きらっているのも、排除したいのも、エルフのバルドだけだ。

 だからこそバルドもこんなにも余裕よゆう現状げんじょう享受きょうじゅしているのだ。

 ブレイブはかたちまゆゆがめ、苦虫にがむしつぶしたような表情でてるようにつぶやいた。


「それが一番腹が立ちます」


 困ったね、とバルドはかたとして微笑ほほえむ。

 ブレイブはバルドの気持ちをんで、この街で何も言わないし、行動にもうつさないが、彼の我慢がまんにも限界げんかいがある。

 そろそろこんな場所こちらからねがげ、出ていってやろうとバルドに声をかけようとした時。

 ブレイブのさき魔獣まじゅうが見えた。

 この街に魔獣があらわれたのだ。

 街に魔獣が現れること自体じたいは、この魔王軍まおうぐん活発かっぱつになっている今の状況じょうきょうではさほどめずらしくもない。

 ブレイブが向かえば、一瞬で終わることでもある。

 けれどいきどおっているブレイブは、この場から一歩も動く気はなかった。

 ギルドからの依頼いらいというわけでもない、厚意こういでやってやる理由りゆうはない。

 この街の人間はブレイブのいかりをいすぎた。

 この状況で動かないブレイブのことを誰もてることはできないだろう。

 他者たしゃ身勝手みがってにないがしろにしておいて、いざ自身が窮地きゅうちに立たされ困ったら、助けてくれなんてむしすぎる話だ。



 魔獣を目にした街の人間がさけごえげる。

 王都からそう離れてはいないとはいえ、この街はただの田舎町。

 戦える者はほぼいない。

 そのわずかな戦える者さえ、相手が獰猛どうもうな魔獣ではまるでたないだろう。

 その魔獣相手でも唯一ゆいいつ戦える、いな、唯一勝てるであろう旅人の一人ひとり、勇者ブレイブはこの状況下じょうきょうかにおいても一向いっこうに動く気配けはいすらない。

 二人がたどり着いた最初の街は、魔獣の強襲きょうしゅう大混乱だいこんらんの中にあった。

 魔獣が街の中心であばはじめる。

 へいには魔獣の爪痕つめあときざまれ、食料しょくりょうわれ、大事だいじに育てられた田畑たはた呆気あっけなくらされてしまう。

 まだ人間が傷つけられていないのが唯一のすくいだが、それも時間の問題だろう。

 ただすすべもなく、魔獣の暴挙ぼうきょを見ていることしかできない街の人間たちは、絶望ぜつぼうふちに立たされていた。

 そんな彼らにちをかけるように、さらなる残酷ざんこくな絶望がせまりかかってくる。

 おさない子供が魔獣の前にしてしまったのだ。

 とおにもたない年齢ねんれい一人ひとり少女しょうじょが、自身の安全あんぜんわすれ、魔獣の前に飛び出した。

 魔獣はその少女の存在そんざいに気づき、爛々らんらんとした大きなひとみをそちらに向ける。

 少女の親が発狂はっきょうしたかのような悲鳴ひめいを上げて少女を魔獣からかばおうと走り出す。

 そんな悲鳴には目もくれず、狂気きょうきに満ちた瞳で少女を見る魔獣の姿は、今まさに獲物えものに食らいつこうとする猛獣もうじゅうのそれだ。

 魔獣ににらまれておびえるその少女のうでの中には、子犬こいぬかれている。

 少女は、外に飛び出してしまった自身の家族を助けようと勇敢ゆうかんにも、そして無謀むぼうにも魔獣の前に出てきてしまったのだ。

 少女は魔獣を前にして恐怖きょうふで足が動かない。

 誰もが絶望にうばわれたその時。

 少女と魔獣の間に立ち、少女を守る者が現れた。

 それは少女の親ではなかった。


「僕のうしろにいて。動かなくていいからね」


 事態じたいに気づいたバルドが、獲物をらんときばく魔獣から少女をかばうために飛び出てきて、優しい言葉とともに彼女を後ろに下げる。

 ブレイブとの約束ゆえに、魔獣のためには歌えないバルドはうたで攻撃ができない。

 しかし、それは吟遊詩人としての攻撃ができないだけであって、バルドそのものの攻撃手段こうげきしゅだん皆無かいむになったわけではない。

 元々もともと彼はエルフの森でもパワー系、ブレイブの約束もこぶしでの戦いに制限せいげんはかけられていない。

 戦いの知識ちしきはなくとも、魔獣をなぐばすくらいはバルドでも容易ようい

 獰猛な魔獣をバルドはまっすぐに見やる。

 バルドの背後では、やっとたどり着いた少女の親御おやごかかえてとおざかる。

 獲物を奪われたと憤る魔獣が少女の親の方に向かって咆哮ほうこうするが、まえに立つエルフの強い覇気はきを前にしては動けない。

 くやしげにうなった魔獣の凶爪きょうそうがバルドに向かってろされた。

 しかしその魔獣のつめがバルドの体に届くことはなかった。

 魔獣の凶爪が獲物に辿たどく前に振り下ろされた、凶刃きょうじんにもまさるブレイブの一閃いっせんによって。

 つまを守らんと振るわれたブレイブのけんによって、魔獣は呆気ないほど一瞬でせられたのだった。



 剣についたはらい、さやおさめたブレイブは静かになったまわりを一瞥いちべつしてから妻に声をかける。

 先程さきほどそこねた言葉を。


「もう、この街など願いさ……」


 そのブレイブの言葉は、まえに別の声によってさらわれたかのように消えた。


「ありがとう!お兄ちゃんたち!!」


 純粋無垢じゅんしんむくな少女がはなった元気で素直すなお感謝かんしゃの言葉によって。


「どういたしまして。君に怪我がなくてよかった!」


 元気いっぱいにお礼を言う少女と、その少女に微笑ほほえみかける自身の妻を見て、ブレイブは少々しょうしょう毒気どくけかれてしまった。

 そんな彼らのもとに街の住人はやってきた。

 最悪さいあく状況じょうきょう想定そうていして身構みがまえたブレイブだったが、街の人間たちの行動はこの状況ではとう至極当然しごくとうぜんのものだった。

 わらわらとあつまってきた街の人間は、皆一様みないちように、頭を下げた。


「この村を助けてくださり、ありがとうございます。勇者様、そしてエルフの方、本当に……もうわけありませんでした」


 そう言ったのはこの街を統括する人間だったが、彼だけでなくみなが深く頭を下げていた。

 中でも少女の親は、この場にいる誰よりも深く深く彼らに頭を下げていた。



 魔獣があばまわったせいで散らかってしまった街の片付けを、バルドも手伝てつだっていた。

 この街の人間はもう誰も彼を虐げたりしない。

 重い荷物にもつ一人ひとりで運ぼうとする自身の妻の手伝いをするブレイブは、魔獣がたおされ平和にもどったことをよろこぶ街の様子をうかがう。

 この街に来た時とはってわって、バルドに笑いかける街の人間をにらむようにほそくしてやる。

 そんなブレイブの様子をってからずか、街の統轄者とうかつしゃが声をかけてきた。


「勇者様……ひとつお聞きしてもよろしいですか」


「……なんですか?」


「エルフは魔王軍の手先てさきでは……」


「ないですね。少なくともここらのエルフの方々は森にもり、世間せけん情勢じょうせいも知らない方々かたがたです。王都ではエルフは平和をのぞむ種族というのが常識じょうしきですよ」


「……そうですか。やはり、そうでしたか。なにぶんこの街は王都から少ししか離れていないとはいえ、知識の方ではだいぶ遅れております。それにここ数年すうねんとくに魔王軍にまされていて……皆、気が立っていたのです……もちろん、それら全て、わけにもなりませんが」


「そうですね。彼はこの街の住人にたいして一度いちども怒ってはいませんでしたが、私は今でも怒っています。けれど、彼は今、とてもうれしそうなので……」


 少し離れた場所で街の子どもたちとじゃれるようにわらう妻の姿を見て、思わずブレイブのくちはしゆるんでしまう。


「街が、ここにまうあなたたち無事ぶじで良かったと思います……彼にあやまらなくていいので、彼を彼として見てあげてください。れてくれなくていいです。考え方を変えろとも言いません。ただ、彼がこの街の人間を助けようとしたこと、この街の復興ふっこうを望み行動したことを、うたがったりかたよった見方みかたをせずに、ただ素直に受け取ってあげてください」


「もちろんです。勇者様、そしてバルド様には感謝してもしきれません。特にあの子の親は何度なんども感謝の言葉を口にしています」


「そうですか。よかったですね。私たちはもうすぐこの街を出ますから、彼にも伝えておきます」


「いいえ!勇者様、我らは感謝しておるのです。王都の知識を知らず、あやまった行動をしたのはわれらです。もちろんすべてを受け入れるとは言いませんが、此度こたびはこちらにがあります。ぜひ、一晩ひとばんでも二晩ふたばんでも体を休めていってください!今日は感謝をこめて美味うま夕食ゆうしょくをご用意しますから!」


 こんなに素直にガラリと態度を変えられると、今度はこちらが少し疑ってしまいたくなる、とブレイブは思って苦笑くしょうした。

 それでも彼らの言葉にうそはなさそうなので、この言葉を聞いたバルドがおおいに喜ぶだろうことは想像そうぞうかたくないブレイブは、その厚意を受け取ることにした。

 そしてブレイブの口から統括者の厚意を聞いたバルドは、ブレイブの想像の通りそれはそれは喜んだ。



 統括者の口から、王都での常識やエルフの立場を聞いた街の人間たちは、こころそこから安堵あんどしながらバルドに非礼ひれいびた。

 バルドの頭の上には、助けた少女から贈られた花冠はなかんむりがちょこんとっている。

 眼の前に次々つぎつぎはこばれてくるごちそう、ずっと楽しそうなバルドとそんな彼のそばにうブレイブ、子供たちの笑い声、街の人々の感謝の言葉。

 バルドがたどり着いた最初の街は今、とても幸せに満ちていて、素敵すてきたび幕開まくあけとなった。

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