最強(凶?)勇者と旅する吟遊詩人のバラッド

うめもも さくら

プロローグ 勇者ブレイブは吟遊詩人を愛している

 この戯曲ぎきょく舞台ぶたい異世界いせかいファンタジリアにある国の一つ。

 西洋せいようおもむきがある剣と魔法がさかえる国。

 しき魔王まおうひきいる魔王軍まおうぐんとそのあくに立ち向かう人間たち、中立ちゅうりつ立場たちばつらぬいていたエルフぞくらしているこの国でつむがれた一つの物語。

 この戯曲ぎきょくはある者によって作り上げられた、勇者ゆうしゃブレイブと吟遊詩人ぎんゆうしじんバルドがりなすしあわせなこい物語ものがたり


 王都おうとから少し離れたある街の神殿しんでんにて。

 勇者ブレイブはその神殿で神官しんかんたちに旅に出ないように引き止められていた。

 ブレイブは懇願こんがんにも近い神官たちの引き止めに、もうわけなさそうな顔で首を横に振る。


「すみません。ここに滞在たいざいすれば良くしていただけるのは承知しょうちうえで、私は次の街を目指します。私は私の大切な人とともに旅をするという大切な約束を交わしているので……」


 神官長しんかんちょうはその言葉にまゆをひそめ、魔王をもたおす勇者を手放てばなしたくない一心いっしんで、ことわられてもなおも言葉をつむぐ。


「勇者様、よく考えてくださいませ。貴方様あなたさまが大切な人などとしょうしているのは、ただのしがないエルフの男です。たしかにエルフ族は顔の良い者が多いのは事実ではありますが、魔王と人間の戦いにも顔を出さないただの臆病者おくびょうものの集まりです。勇者様ともあろう方が、そのような下等かとう種族しゅぞくまどわされないでください」


 神官長を筆頭ひっとうに神官たちの一方的でまとはずれな御託ごたくはまだまだ続き、ブレイブの大切な人であるバルドをおとしめる言葉が次々と並べられた。

 取るに足らない種族エルフの男よりも美しい女をあてがうだとか、放浪癖ほうろうへきのあるぐさのどこが良いのだとか。

 その上、吟遊詩人なんてマイナーな職種しょくしゅでは勇者の横に立つのは不釣ふついだとか、吟遊詩人は歌で戦うというのに歌っているのを見たことも聞いたこともない、ただの役立たずだとか。

 まるで自身の考え全てが世界の常識で、自身の意見こそが正義だと言わんばかりに、ブレイブに言葉をびせる。

 勇者の目を覚まさせてやろうと、いきいてブレイブに御教授ごきょうじゅしてくる神官たちに勇者はつぶやいた。


傲慢ごうまんですね」


 勇者の放ったその声は氷のように冷たく、この辺りの空気ごとてつかせた。


「私の大切な人を侮辱ぶじょくするなんて、あなたがた何様なにさまのおつもりなんですか?」


 ブレイブに問われている神官たちは、誰一人だれひとりとして、その問いに答えることはできない。

 優しげな口調くちょうではあるが、絶対零度ぜったいれいどを思わせる冷たさとなまりのような重たさに、神官長さえも思考しこうもまとまらず、のどおくりついたいきがかすかにれるだけ。


「あなた方、神官ですよね。神様におつかえするお役目の方々ですよね。それならばもっとお近くでおつかえできるようにしてさしあげますよ」


 そう言ったブレイブは、にこやかな笑みをくずさないまま腰元こしもとたずさえたけんつかを握る。


「あなた方が敬愛けいあいしてやまないとうとき神様の御下みもとに」


 そう言い放った瞬間、ブレイブから一切いっさいの感情が消える。

 勇者ブレイブが剣をかかげる。

 彼の握るその剣は華美かび装飾そうしょくがついているわけでもないのに、ひかりによってきらめく。

 その光をまとった勇者の姿はいきむことすら忘れるほどに美しく、神殿にそびえる神をした彫刻ちょうこくが現実に顕現けんげんしたかのようだった。

 その姿があまりにも美しさと神々こうごうしさにあふれていて、神官たちは死への恐怖すら感じず、ただその光景こうけい見入みいっていた。

 振り下ろされる剣からのがれようともせず、ただ棒立ぼうだちのまま動かなかった。

 感情の消えた勇者によって振り下ろされるやいばが神官の体に届くその一瞬前。


「ブレイブ!ここにいたんだ!」


 勇者ブレイブの大切な人であるエルフの吟遊詩人バルドがたどり着いた。

 状況を知らないバルドは明るい声でそう言うとにこやかな表情でブレイブに駆け寄る。


「えぇ、バルド。私はここにいますよ。あなたがいなくて寂しかった」


 まるで夢か幻だったかのように一瞬で掲げられていたはずの剣は消えていた上に、思わず同一人物どういつじんぶつか!?と疑ってしまうほどのブレイブのわりの速さにより、神官に向けられた彼の怒りなどバルドは知るよしもない。


「ふふふ、待たせてごめんね。やっと出る準備が終わったよ。さぁ、行こう」


「はい。行きましょう」


 彼らは振り返ることなくその神殿をあとにする。

 しかし神殿の扉が閉じる直前、ブレイブは目だけを神官たちに向けて見やった。


――優しく聡明そうめいで争いを嫌う彼のおかげで命拾いのちびろいしたんですよ?せいぜい死ぬまでここで神のごとき彼の慈愛じあいとうとび感謝するといい。


 とでも言わんばかりの瞳が扉の奥に消えた。

 ブレイブとバルド、どちらからともなく手を取り、握りしめられ、つながったたがいの片手の熱をともに感じながら、二人はまた旅に出た。

 勇者と旅する吟遊詩人のバラッドが世界に響くかのように。

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