花も手紙も募集していませんよ、私

十一月二十九日

花も手紙も募集していませんよ、私

 私は虐げられる日々でも生来悪事なんてした事は無かったし、ひとけの無い道でもきっちり赤色に従って立ち止まっていた。そう、あの日だってそうしたはずなのに。

 気づく暇なく四角い鉄の塊は、私を物言わぬ肉の塊へと変えていたらしい。

 そんな女が今しっかりこの薄暗い路地裏に立っているのはひとえにフィクションでよく見るカミサマの手引きのお陰であり。善意でこの世界で生きる最低限――ある程度の魔力と知識を無理に脳めがけてぐじゅぐじゅ注ぎ込まれ頭痛に泣いた夜もあった。


「――つまりですね」


 冷たい壁に声が跳ね返って、思考の海から引き揚げられる。他には何の音も無いのに、目の前の影はするりと私の目前に迫った。思わず後退りすれば踵が石畳を鳴らす。


「貴方様のファンなんです」


 それ以上逃れる事は許されなかった。私の片手は恋人めいて絡め取られ、腰には女の硬い片腕が巻き付いている。ファンはこんなに接触しません警備員が居たなら怒られているぞ。そう言ってやりたいところだったけれど、そんな言葉選びは今の私に相応しくない。

 私は魔術師としてギルドへ籍を置いていた――それはもうワルの魔術師として。どうしてこうなった、と自分でも思うけれど。

 ある日夜道襲ってきた暴漢に放った魔術の当たりどころはとてもお悪く。そしてそいつは汚れに汚れたお金を持ち逃げしていたようで、ギルドマスターを名乗るどこもかしこもバキバキな女に上機嫌で肩を組まれながら勧誘されたのだった。怖かった。上手く言って逃げようとしたのに喋るほど何故か気に入られてしまって。本当にどうしてこうなった!


「へえ?」


 私は意識して片眉を上げた。


「随分熱烈ね」

「貴方のせいです、夜風も冷やすには足りない」


 吐息が掛かる程擦り寄られ、思わず体が震える。私は寒くなってきたかも。それでも続ける。


「ファンだって言うなら分かるでしょう? 私、忙しいの」


 それはもう。断らないのをいいことにマスターからガンガン仕事を回されているから! うっかり呪詛を吐きそうになり、飲み込む。


「ええ。ですから――自分も、共に手を汚させてくれないかと」


 その為にゴミ捨てをしてきたんですよ、と。 

 焦げと染みのあるやけに上等な布を纏う女は、もう一つ三日月が増えたみたいに口の端を吊り上げた。

 ずっと遠くの街の屋敷が一つ燃えたのだと私がに聞かされて知るのは、もう暫く後の事。

 

  

 舞台は続く。赤くなった靴履いてまだ踊る。慣れぬヒールに震えるこの足で踏みにじる。受けた仕打ちに利息を付けて世界へ返す。

 役者は増え、まだ幕は降りてくれません。

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