ざんねんな宿主

朝倉亜空

第1話

「よお、兄弟。久しぶり!」

「本当だな、兄弟。こんなところで会うなんて。何年ぶりだろう」

「そうだな……、前に会ってから、かれこれ二年とちょっと……、二年二か月ってところかな」

「お互い、忙しく飛び回っているからね。どう、元気してたかい?」

「うん……、実はここんとこ暫く、ちょっと体調が余り良くなくて……。なんか、体中が熱っぽい日が続いちゃっててさあ。困ってるんだよ」

「そりゃ、心配だねえ。で、どんな風に熱っぽいんだい?」

「まあ、今に限った話じゃないんだ。かれこれ四、五年ほど前あたりから、なんか分かんないんだけど、体中がカッカと火照りだして、ま、そのうち自然に治まるだろうなんて思ってたんだけど、それがちっとも治まんなくてさ。しかも、それが年々ひどくなる一方でさ。ハハ」

「なんだよ、そりゃ。いよいよもって、心配じゃないか。なんか心当たりでもないのかい」

「一つ、あるっちゃ、あるんだよな」

「なんだよ」

「俺さあ、体内に飼ってんだよ、まあ、さ、寄生虫ってやつを……」

「えっ。なんだそれ。ちょっと待って、お前、そんなもん、わざと身体ん中に飼ってるってこと?」

「ハハハ。笑っちゃうだろ。……いやね、初めは結構、調子よかったんだよ。奴らとは共存共栄の関係でさ、こっちの剰余エネルギーを向こうが消費してくれたりしてさ、おかげでこっちは身体が軽くなって動きやすくなったりして、マジホント、イイ感じだったのよ。ところがさ……」

「ところがどうしたのさ?」

「うん、奴ら、どうも体内で増えすぎちゃったみたいでさー。それでなんか、そいつらが悪さして、体調がおかしくなってきちゃったんだよなー。そのうち、異常な火照りだけじゃなくって、身体のあちこちに水が溜まるところが出来たり、ちょっと動いただけで皮膚にひび割れが出来ちゃったりしてさ、また痛いんだこれがハハハ。」

「えーっ。それってメッチャ良くないじゃん、兄弟。笑ってる場合じゃないでしょう。どうすんの。てか、どうかしないとマズイよそれ」

「まー、このままいったらマズいよね。ところが、どうもこれってほっといてもいいみたいなんよ」

「どういうこと?」

「うん。あのさあ、寄生してる奴らって、寄ってたかって宿主である俺の栄養分を摂りつくしたら、俺が死んじゃうじゃん。そうなると、自分らも生きていけなくなる訳だろ。それで、俺という栄養源の取り合いで、お互いがバッチバチに攻撃し合い、駆逐し始めるらしいんだわ。俺の異常な体温上昇も駆逐に一役買うためらしいんだって。もう、ボチボチそうなりそうな予感がするんだよなー」

「なんだ、そうか。じゃ、一安心じゃないか」

「ははは。なんか一人で心配して、一人で解決ロジック語っちゃってて、ただ、聞いてもらってただけで悪いなあ、兄弟」

「なあに、イイってことよ、兄弟」

「じゃあ、ボチボチ俺、行くわ」

「そうだな。俺もそうすっか」

「またな、兄弟」

「ああ、また。たぶん、また二年後くらいに会えると思うぜ」

「ハハハ。また二年後かよー。好きだなー、二年後。分かったー」

「じゃあな、兄弟」

「じゃあな、兄弟」


 二年二か月が過ぎた。

「ああっ、見えた!」

 天体望遠鏡を覗いていた小さな女の子が言った。「火星って本当に赤ーい」

「ハハ。まさに火の星って感じだろ」

 女の子の父親が、喜ぶ娘を愛おしむように笑顔で見つめて言った。「どうだ、楽しいか?」

「うん! 楽しい!」

 夢中になって、望遠鏡を覗きながら、娘が言った。「……でも、パパ……」

「ん? なんだい?」 

「いつ終わるの? この戦争は」

 父親は娘が口にした唐突な疑問に不意を突かれ、言葉が出てこなかった。

「……」

「いつか終わるの? 第三次世界大戦って。終わるならいつ? すぐに終わる?」

 矢継ぎ早な娘の問いかけは、娘の不安の大きさを父親の胸にダイレクトに伝えていた。

 急激な地球温暖化により常態化した異常熱波、世界同時多発的に起こるケタ違いの豪雨、洪水災害や、同じく世界各地での大地震、雪崩や地割れ現象に全人類は苦しんでいた。加えて、未曽有の世界大恐慌の発生をきっかけに、各先進国はなりふり構わぬ暴力的作法で世界中の化石燃料や希少鉱物の奪い合いを始めた。人間は人間を信じられなくなり、お互いを排斥し、無意味に憎みだし、遂には第三次世界大戦、ハルマゲドンへと突き進んだのである。大人たちはみな、そう遠くない、ごく近い日に、この世を支配する愚者どもが核のボタンを押すことをあきらめ感と共に知っていた。

 少しでも、愛おしい我が娘を、その心を楽しませてやりたい。そう思った娘の父は物置から古い自分の天体望遠鏡を取り出し、ちょうど地球に最接近していた火星をそれで覗かせていたのだった。

「……うん。こんなバカげた戦争なんて、すぐに終わるよ」

 父親は娘の頭をそっとなぜて言った。

「じゃあ、パパ、今度はいつ、火星を近くで見れるの?」

 娘が訊いた。

「次はね……、二年と二か月後になるなあ……。地球と火星には太陽の周りをまわっている公転周期って言うのがあってね、必ず二年と二か月ごとに二つの星は一番近づくんだよ。だから、その時また、パパと一緒に見ようね。……その時は、今より二つ歳が増えてて、きっといいお姉ちゃんになってるんだろうね」

 くしゃくしゃの泣き笑い顔で、父親は娘に優しく言った。

 



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