第9話 部紹介

 嫌なイベントが予定に入っていると、時間というものはいつもより早く進むようになる。


 定期試験や持久走大会なんかが例としてわかりやすいだろう。


 それらに対しての憂鬱な気持ちに襲われていたらいつの間にか当日を迎えていた、ということが私にはよくある。


 今回の部紹介に関してもそうであった。


 鷲峰先生に半ば強制的に首を縦に振らされてから数日が経ち、無情にも部紹介当日を迎えた。


 体育館に集められた新一年生達は、地べたに座りながら壇上で行われている各部のプレゼンに注目している。


 本来なら私もそうしていたはずだったのだが、くだんの件があり、聞く側から聞かせる側へとならざるを得なかった。


 ミス研を設立するという目標を掲げたことを少し後悔しながら、体育館の舞台袖で同級生達を見つめる。


 だが、ずっとそうしてるわけにもいかないので、彼らに背を向け、リボンをキュッと締め直した。


「大丈夫デースカ? 綾」


 同じく舞台袖にいる夜輝が私のことを心配して声をかけてくれる。


 私は右手でグッドをして、余裕と自信に満ち溢れた態度で言った。


「だ、だ、だいじょうぶ……! ぜ、ぜんぜん緊張してない……! 」


 ……余裕と自信に満ち溢れたというところは嘘だ。不安だらけで逼迫していたし、夜輝に向けて突き出した右手もガタガタと震えていた。


 部紹介に出ると決まった後、私は一人でそれを乗り越えられる気がせず、夜輝に「一緒に出てくれないか? 」と頼んだ。


 彼女は快くその頼みを引き受けてくれた。


 私にはその時の彼女が、まるで聖母のように見えた。


「……以上で茶道部の紹介を終わります」


 ステージ上から奥ゆかしい声でそう聞こえてきた。


 できれば茶道部の紹介が永遠に続いてほしかった。


 なぜなら、私達ミス研の出番はこの茶道部の次だからだ。


「よ、よし……! じゃ、じゃあ、打合せ通りにしてくれればいいから……! 」


「わかったデース」


「私がマイクを渡したら、夜輝は自分のセリフを喋って、また私にマイクを返す……。それだけだから……! 」


「わかってマースヨ? 」


「き、緊張とかしなくていいから……! 」


「その言葉、そっくりそのまま綾にお返しするデース」


 夜輝は少し呆れながら私に言った。


 私は手に持っている紙に視線をやり、そこに書いてあるセリフを再度確認する。


 ここに書いてあるセリフはこの数日の間に私が書き上げたものである。


 そこには如何にも部紹介で使えそうな、テンプレートな言葉達が並べてある。


 鷲峰先生はただ部紹介に出るだけではなく、見ている人達がミス研に興味を持ってくれるような印象に残るプレゼンをしてこいと言っていた。


 見ている人達の印象に残るようなプレゼンとは一体何だろうか?


 その答えがわからず、血迷った私は「私が探偵役で、夜輝が犯人役の寸劇をしてみてはどうか? 」と夜輝に一度提案した。


 一緒に出てくれという頼みは快諾してくれた彼女だったが、その提案に関しては「それは嫌デース」と一蹴した。


 それに加えて夜輝は、別に普通の発表をすればいいと私を諭した。確かに本来それでいいのかもしれないし、私もできることならそうしたい。


 だが、それで部員が集まらなければ、ミス研の設立を諦めなければいけない。


 結局、数日悩んだ挙句、どうすればよいのかわからないまま今日を迎えた。


「茶道部の皆さんありがとうございました。次はミステリー研究会の皆さんです」


 他の人達からすれば何でもないものでも、私にとっては死刑宣告と同じくらい重いセリフである。


 しかし、もう後戻りはできないので、私は深呼吸をしてから、ステージに向かって歩き出した。


 




 大勢の人間から拍手を送られながら、ステージの袖幕からするりと控えめに登場する私と夜輝。


 私はステージの中央だけを見据えながら、ぎこちない歩き方でそこを目指す。


 一瞬、ちらりとステージの下に目をやり、すぐさま後悔した。


 当たり前だが、そこには大勢の人間がいて、全員がステージ上にいる私達に注目していた。


 小刻みに震えながらも、ステージの真ん中までなんとか辿り着く。


 そして、マイクを手に取り、もう一度深呼吸をしてから、私は全一年生に向かって言った。


「こ、こ、こんにちはぁ~……! わ、私達は……せーの……! 」


 そう言って、私は隣にいる夜輝とアイコンタクトを取り、彼女にマイクを近づけ、息を合わせてこう言い放つ。


「「ミステリー研究会です……! 」」


 私と夜輝の声が体育館にこだました。


「……」


 私達が挨拶をしても、一年生からは何の反応もなく、場内はあり得ないくらい静まり返っていた。


 これなら、幼い頃に行った曾おばあちゃんの葬式の方がまだ盛り上がっていただろう。


 あまりの静けさに怖気づきそうになるが、何とか話を続ける。


「ミステリー研究会、部長の杉浦です……。え、えっと……ミステリー研究会は今年設立されたばかりの新しい部です。……いや、正確に言うとまだ部として認められていない状況なのですが……。と、取り敢えず、今のところ私、杉浦と…右にいる夜輝の二人で活動しています……。えっと……主な活動内容としましては……課題本を読んで、その内容について話し合う読書会……。あとは……ミステリー小説を実際に書いてコンテストに出したりなんかを考えています……。ミ、ミステリーに詳しい人は勿論、あまりミステリーに詳しくない人でも大歓迎です……」


 ある程度の所までセリフを言い終えた私は、マイクを夜輝へと手渡す。


 夜輝は私からマイクを受け取ると、早速話し出した。


「こんにちは。ワターシは部員の夜輝デース。ワターシは今までミステリー小説をほとんど読んだことがありマセーン。しかし、そんなミステリー初心者のワターシでも楽しく活動できてマース」


 自分のセリフを言い終えた彼女は、マイクを私に渡した。


 先程、私のもとを離れたマイクはほんの数秒も経たないうちに手元へと戻ってきた。


 できれば二度と戻って来てほしくはなかったが、私にはまだ言わなければならないセリフがあるので致し方ない。


 私はマイクを受け取ると、再び口を開いた。


「活動する時間は主に水曜日の放課後……授業が終わってから午後五時まで……。それ以外にも時間がある人で集まって精力的に活動していきたいと思います。今日もこの後、1-F組の教室で活動しようと思っているので、興味のある方は是非見に来てください……」


 そこまで言い切ったところで、一度マイクを自身の口から遠ざける。

 

 本来はここでプレゼンを終わりにしてもいいはずだ。


「これでミステリー研究会の紹介を終わります」と言って、舞台袖に履けていっても何ら違和感はないだろう。

 

 しかし、手元の紙にはまだ言っていないセリフが書いてある。


 そのセリフは、ミステリー研究会が印象に残るようにはどうすればいいか? という疑問に対する私なりの解答であった。


 私は一度深呼吸をしてから、残りのセリフを読み上げた。


「この発表の間に、私達ミステリー研究会は、皆さんからとんでもないものを盗みました……」


 そう言って私は、右腕をピンと前に突き出し、前方にいる一年生達に人差し指を向ける。


 そして、若干恥ずかしがりながら、震える声でこう言った。


「それは……皆さんの心です……! 」


 私がこのセリフを吐いた瞬間、時間が止まったみたいに静かになった。


 とんでもない静寂である。


 人ってこんなに静かになれるんだと驚くほどだ。少なくとも、私はそう感じた。


 みんな不思議そうに私を見つめている。


 それはそうだ。何の前触れもなく、いきなりパロディネタをぶっこんだら、普通呆気にとられるだろう。


 私は確信した。自分はやらかしてしまったのだと。


「……こ、これで、ミステリー研究会の……は、発表を終わります……! 」


 初音ミクが消失しそうなほどの早口でそう言った後、大勢からの視線を振り払うように、私は舞台袖に速足で捌けた。


 周りの人が心配するんじゃないかってくらい顔を真っ赤にしながら、私は前日の自分を呪った。

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