第14話 信じることを選んだ日
白い部屋に、重い沈黙が沈んでいた。
ケイシーの言葉がまだ空気の中を漂っている。
希佐は動けず、震える息のまま、涙で濡れた瞳を閉じた。
出口を探すように、彼女の心は過去を辿る。
――
夕暮れの放課後。
ユカリと並んで歩く校舎通り。
木々の隙間から差す陽光が、ふたりの影を伸ばしていた。
希佐は俯き、小さく微笑む。
「ユカリ……どうして、私が特別だと思うの?」
ユカリが足を止める。
「え?」
そして、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「うまく説明できないんだ、希佐。」
希佐は彼女の手を取り、まっすぐ見つめた。
「……いいから、言ってみて。」
ユカリは顔をそらし、頬を染める。
「あなたと出会った時から、わかってた。
少しバカかもしれないけど――」くすっと笑う。
「でも、それが悪い意味じゃない。
あなたは、大切な人のために、いつもそこにいる人。」
記憶が映像のように流れる。
ティアラ、イヴェット、ミサキと笑い合い、煤だらけで走り回る少女たち。
イヴェットと並んで数式を書き、ミサキとアイスを分け合い、
ティアラと木陰で昼寝をした日。
「“何も決まってない”って信じてる人」ユカリは続ける。
「どんな時でも、変えられる道を探してる人。
心が導く方へ進む人。」
風が吹き、髪が揺れた。
ユカリは小さな声で、けれど確かに言った。
「だから私は……あなたと生きたいの、一生。」
その言葉が溶けていく。
現実に戻ると、希佐の頬には涙が流れていた。
――
金属の扉が弾けるように開く音。
剣とオードリーが顔を上げた。
「え……?」オードリーが呟く。
「なっ……!」剣が目を見開く。
遠くの管制室。
メアリーが幾つものモニターを前にして微笑んだ。
「……今だわ。」
警報が鳴る。
「囚人が脱走したぞ!」
だが、すでに遅かった。
剣は稲妻のように駆け出す。
銃声が響く。
彼は手錠を盾にして弾を弾き、そのまま腕を振り抜いて拘束を断ち切った。
背後から、オードリーの一撃が警備兵を沈める。
彼女は鍵を奪い、手錠を外した。
「荷物を取って、希佐を助けに行くわ!」
「了解!」剣が頷く。
その時、ロッカーの奥で電話の振動音。
「……俺のスマホだ!」
オードリーが蹴り飛ばして扉を破壊する。
中には二人の携帯と、希佐のコート。
それを掴み、走り出す。
「どっちへ行く!?」
電話が鳴った。
「もしもーし? 聞こえる?」懐かしい声。
「聞こえる!」剣が叫ぶ。
「よかった! 私よ、メアリー、アリステアの仲間!
今、あなたたちを監視カメラで見てる!
まっすぐ進んで右! そこに尋問室がある!
希佐はそこにいる! でも気をつけて、警備が多いわ!」
「助かる!」
メアリーは独り、指を震わせながらモニターを見つめた。
「……若い子たちに頼るなんて、怖いけど。
あなたたちだけが希望なの。」
――
銃声が響く廊下。
「止まれ!」
オードリーは床を滑り、刃を光らせた。
炎の糸が走り、敵を包む。
剣は残った警備兵を蹴り倒す。
最後の扉が、炎の衝撃で吹き飛んだ。
向こう側で、ケイシーが立っていた。
剣が突進する。
ケイシーは紙一重で避ける。
オードリーの糸が炎を纏い、空気を切り裂く。
彼女はその間を舞うように躱す。
背後から剣が迫る。
ケイシーは振り返り、衝撃を受け止めた。
金属音が部屋を揺らす。
「……やめて。」ケイシーが低く呟く。
その隙に、オードリーが希佐を抱き起こした。
「希佐!」
希佐の涙があふれる。
「……もう、いいの。置いていって。全部、終わったの……。」
「違う!」オードリーが肩を掴む。
「まだ終わってない! 最後に、もう一度だけ信じて!」
希佐が息を詰める。
オードリーの微笑みは、火よりも温かかった。
「あなたのために。私たちのために。未来のために。」
希佐の脳裏に、仲間たちの笑顔がよぎる。
ティアラ、イヴェット、ミサキ、ユカリ。
笑い声が、心の奥で灯った。
「……」
オードリーは彼女を抱きしめた。
「まだ、何も決まってない。だから、もう一度やろう。今度は一緒に。」
彼女はコートを希佐の肩にかける。
希佐が涙の中で微笑んだ。
「オードリー……」
「希佐、お願い。友達になろう。」
「……うん!」
剣が戻り、蹴りの嵐を繰り出す。
ケイシーはかわすが、背後で炎が爆ぜた。
振り向くと、希佐が立っていた。
剣が笑う。
「その顔、やっと見せたな。」
ケイシーは膝をつき、息を乱した。
「あなたは……私たちを滅ぼす……」
希佐は涙を拭い、静かに息を吸う。
「もう、弱い私だけじゃない。
今度は“信じる”私を見せてあげる。」
その声は、炎よりも強かった。
「まだ何も決まってない!
立ち続ける限り、私は信じる! 世界は変えられる!
カラスたちはまだ飛んでる――一緒に、空の果てまで!」
ケイシーは言葉を失った。
炎が希佐を包み、バスタードの姿へと変わる。
オードリーと剣がその背に乗る。
「オードリー! 剣! 行かないで!」
ケイシーの叫びが響く。
だが二人は、哀しげに微笑んだだけだった。
――
地面が爆ぜ、煙と光の中からバスタードが空へ飛び出す。
朝日に照らされる都市。
高層ビルが星のように瞬いた。
オードリーと剣は拳を握り、笑い合う。
「剣!」オードリーが叫ぶ。
「私も、あなたの友達になりたい!」
「……ああ!」剣が笑う。
「FATEを倒そう!」
「そして、新しい未来を作る!」
携帯が震える。
「もしもーし? 聞こえる?」メアリーの声。
「聞こえる!」オードリーが応える。
「よかった! 座標を送るわ。そこなら安全。CROWSには見つからない!」
地図に緑の点が灯る。
「行こう!」
バスタードは朝焼けの空を駆け抜けた。
――
地下の廃墟。
ケイシーは跪いていた。
灰のような静けさ。
崩れた天井から、光の粉が舞い落ちる。
「オードリー……剣……
お願い……行かないで……
ひとりにしないで……」
その声だけが、廃墟に残った。
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