忘れられないあの本を探して『白いレクイエム』
荷葉とおる
忘れられない一冊を探して
私は、とある本を十数年探してきた。時は、私が小学生の頃にさかのぼる。
私の住む県では、県立図書館から各小学校へ、児童図書を貸し出していた。
小学1年の時、もしくは2年の時だっただろうか。正確には覚えていないのだが、私は県立図書館から貸し出されたその本に出逢った。
怖い、と強く感じたのを覚えている。
幽霊の女の子が、ギターを掻き鳴らす。苦しむ少年、少女たち。
哀しみと恐怖のなか、それでも読むのをやめられず、夢中でページをめくった。
小学校高学年になると、いつの間にか、県立図書館から各教室への本の貸し出しはなくなっていた。
私は市の図書館に通うようになり、土日が来るたびに本を読み漁った。いわゆる“中二病”をすでに発症しており、暗い雰囲気のファンタジーを中心に、いろんなジャンルの本を読んでいたと思う。
そんななか、物語の中に幽霊が出てきて、ふとかの本の存在を思い出した。
もう一度、読みたい。
しかし、こんなに印象に残っていたにもかかわらず、私はその本のタイトルを忘れてしまった。わずかに記憶に残っていたのは、タイトルに「白い」がつくこと、「白い」のあとはカタカナだったような気がすること。そして、幽霊の女の子がギターを弾くこと。おどろきの情報の少なさだ。
まず私は、市の図書館の資料検索コーナーで「白い」とタイトルに含まれる児童図書を検索した。数えきれないほどの本がヒットした。すべてに目を通すくらいの気力はあったが、利用者の多い土日にそんなことをしては、迷惑になってしまう。
そうして夏休みや冬休みになると、平日は資料検索用のパソコンにしがみついて、目当ての本を探した。
見つけられなかった。
県立図書館から来た本だったのだから、県立図書館に行けばあるに違いない。そう思ったが、私の住む市は県立図書館からは少し距離があり、簡単には実行できなかった。
こうして、小学校高学年から中学卒業まで、時々その本のことを思い出しては、児童図書のコーナーをぐるぐると彷徨ったり、「白い」のタイトルで出てくる本を確認したりしてみた。
高校進学で、私は生まれ育った市を出た。県立図書館がある市にある高校に進学したのである。
自転車に乗り、慣れない道を走った。方向音痴だとは思っていなかったが、土地勘もなく、車でしか移動したことのないまちで、私はいつの間にか知らない場所にいた。要するに、迷子である。
恐る恐る、道行く人に県立図書館はどこにあるのかを尋ねた。その方は、訝しげな顔をしながらも、道を教えてくれた。幸い大きく道はそれていなかったらしく、いわれた通りまっすぐ進むと、すぐ県立図書館の建物が見えた。
念願の、県立図書館での検索だ!
私は息巻いて、「白い」とつく児童図書を探そうとした。
考えが甘かった。これまで県庁所在地でもない小さな市の図書館で見てきた「白い」の件数が比にならないくらいの図書がヒットした。絶望した。蔵書数が多すぎる。残念だが、この頃の私にはまだ「図書館のホームページの資料検索を利用する」という賢さは備わっていなかった。
高校2年に上がった頃、図書委員となり、県の図書委員大会に参加した。恥ずかしながらこのタイミングでやっと、図書館のホームページの存在を知ることになるのだった。だが、学校のPCルームでひっそりと県立図書館の資料検索をしたところで、蔵書数が変わるわけではない。部活や委員会がないとき、許される範囲で「白い」を含む書籍のタイトルをチェックしていった。心当たりのあるタイトルは一向に出てこない。
「白い」という文字の並びは、汎用性が高すぎる。単に色を示す「白い」の他に、「面白い」とついた書籍もヒットする。
そして時が経つにつれ、私は大きな勘違いをしていくことになる。
タイトルが「白い」から始まる。ここは確実だった。そのあとはカタカナだったな……という記憶が、次第に「カタカナで楽器の名前だった気がする」というふうに上書きされてしまったのだ。
白いギター。
白いエレキギター。
白いウクレレ。
白いバンジョー。
いや、バンジョーはないな。幽霊の少女が弾いていたのは、ギターだった気がするけど、響きはエレキギターが近かった気がするな……。
白いエレキ。これが1番近い気がした。だが、ネットで検索しても、当時とても流行っていた「日本エレキテル連合」さんしか出てこなかった。
白い、エレキ。確かに、白塗りの顔に、エレキテルだ。私は思わず吹き出してしまった。
そうして、高校在学中にもその本を見つけることはできず、また数年が経った。
時々思い出しては、県立図書館のホームページで「白い」を漁った。そして今年、とあることに気がついた。
――内容で調べたこと、なくないか?
「ギター 幽霊の少女 児童図書」。
いろんな本が、パソコンの画面に並んだ。『おばけマンション』シリーズ、『怪談レストラン』シリーズ、『おばけずかん』シリーズ、『幽霊のような子』……。
読んだことがあるものもあり、懐かしくなった。しかし、求めているものはそこにない。
ふと、画像の欄を開いた。
あら?
なんだか、この独特な絵柄の少女、見たことがある気がする。ギターを持った少女。画像の下には『白いレクイエム』と書いてある。
見つけてしまった。
児童文学作家の大海赫(おおうみあかし)さんの作品で、2005年に株式会社ブッキングさんから出版されたものだった。独特でありながら切なさを醸し出すイラストは、西岡千晶さんが描いていた。
タイトルの後半のカタカナ部分が本当は楽器ではなかったとか、そういった勘違いはさておき、私は「とうとう見つけた!」という喜びで胸がいっぱいになった。
これだ。絶対にこれだ。
勢いで、この本を買うことができないか検索してみた。どうやらすでにハードカバーはあまり流通しておらず、Amazonでペーパーバックだけが販売されているようだった。
どうせなら、ハードカバーが欲しい……。
偶然にも、ネット上で営業していらっしゃる古書店さんが『白いレクイエム』を出品しておられるのを見つけてしまった。
これは買うしかない。
すぐに商品を発送してくださり、『白いレクイエム』は、あっという間に私の目の前に現れた。
思った以上に状態が良く、前の持ち主さん、そして古書店さんには心から感謝している。
しかし――。
私の人生の半分以上の期間にわたる謎が、ふとした拍子に解けてしまったことに、どこか寂しさも感じている。読みたい。そう思いながら、まだ表紙を開くことができていない。
正直なところ、少し怖いのだ。
タイムカプセルを掘り起こす前のような、うっかり昔の日記を見つけてしまった時のような、緊張感。
少しだけ気持ちを整理したら、きっと読める。
大切に、大切に、読みたいと思う。
忘れられないあの本を探して『白いレクイエム』 荷葉とおる @roj
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