第33話

「次のコーナーは……おっ、ペンギンだ!」


 シャチとイルカのショーを見終え、お土産ショップでお揃いのTシャツを購入し、俺たちは順路に従って館内を歩いていた。


「何ッ、ペンギンか! フフフ、そうか」

「俊三さん、ペンギン好きなんですか?」

「うむ。ペンギンにたらふくご飯を食べさせたいという思いから釣りを始め、それが趣味になったほどだ!」

「大好きすぎじゃないですか」


 興奮して両手を上下に振っている姿は、先ほどの千奈さんを彷彿とさせる。

 これが血の繋がりか。そんなことを考えながら歩き、ペンギンのゾーンへと到着した。


 コウテイペンギンにキングペンギン、他にもジェンツーやイワトビと言った多様なペンギンたちで溢れている。


「て、天国だ……儂は此処に住む……!」

「おじいちゃん、飼育員さんに迷惑だからダメだよー」

「わかっておるわい! ああ、持ち帰りたい……」

「俊三さん、それも迷惑かけちゃうのでダメですよ」


 最近ではペンギンをペットとして飼う人もいるにはいるらしいが、俺はまだ手が出せていない。

 いつかは飼育してみたい動物リストに入っているがな。


『えー、ではただいまよりペンギンたちのごはんタイムでーす!!』


 館内の放送からそんな声が響いたと思った途端、人が雪崩のようにやってきてぎゅうぎゅうになる。

 なんとかそこから抜け出すことはできたが、この人の壁から見ることは叶わなさそうだ。


「あちゃー、おじいちゃんとはぐれちゃった……」

「あ、千奈さん。これじゃ見れないな」


 千奈さんも人込みから脱出したようで、俊三さんだけが前列にいて見れているらしい。


「千奈さんどうする? このまま俊三さん待つか?」

「んー、でも多分おじいちゃん、ペンギンゾーンは小一時間動かないから。私たちだけで回っちゃおっか!」

「ペンギン愛がとてつもないな……。あ、でも俊三さんってスマホ持ってないよな」

「大丈夫! ボタン一つで電話できるもの持たせてるから!」

「おぉ! ……ん? それ、キッズ携帯じゃね……?」


 俊三さんは機械音痴ということは、今までの行動で何となく把握した。

 まあでもボタン一つで電話で切るのなら、迷子の案内をせずに済むからよさそうだ。


「そんじゃあ千奈さん、行っちゃいますか!」

「うん! レッツゴー!!」


 千奈さんと二人で、この青い世界の探検が始まる。

 もし学校で口外しようものなら村八分されるほどの所業だろう。


「ここはサンゴ礁のゾーンみたいだな」

「綺麗だね。海に潜って見たいかも!」


 キレイな熱帯魚が泳ぐコーナーを見たり。


「渡来くん! チンアナゴがいるよ!」

「こっちはタカアシガニだ! でかい!!」

「ほんとだ! 美味しそう……ジュルリ」

「ち、千奈サン?」


 珍しい生き物を見たり。


「ここ暗いから、転ばないようにな」

「うん、ありがと。それにしても、やっぱりクラゲは素敵だね」

「そうだな。しかも可愛い」

「そうだよね! 私クラゲが一番好きなの!!」


 クラゲを見て楽しんだり……。

 それはそれは、初々しいカップルかのようにじっくりと順路を辿っていた。


 歩幅を合わせて歩いていると、再び館内の中心にある大水槽までやってくる。


 相も変わらず、悠々と泳ぐジンベエザメの姿は実に神秘的である。今は周りに人がいない二人きりだし、存分に観賞を満喫できそうだ。


 そんな時、ふと千奈さんの口が開いてこんなことを言い始めた。


「渡来くんってさ、なんだかラブコメの主人公みたいだよね」

「え? いきなりどうしたんだ?」

「いやほら、私が困った時は助けてくれたしさ、私の家族といつの間にか仲良くなってる運命力もあるし!」

「うーん。そう、なのかな?」


 でも俺はめんどくさそうなことだと、普通に見捨てる選択も取ってしまう男だ。

 主人公にあるまじき行動な気がするがどうなのだろうか。


 顔と運命力なら文彦がそれに値するだろうが、アイツは本性が終わってるからナシだな……。


「まあ俺が主人公云々は置いといて、千奈さんは明らかにラブコメヒロインの風格があるよ」

「えへへ、そうかな? ありがとう」


 学校内で知らない人はいないし、誰にでも優しい美少女。

 異名までもついてるし、実にラブコメっぽい立ち位置の人だろう。


「でもね、多分私はヒロインにはなれないと思うなー」

「そりゃまたなんで?」

「だって私、

「……確かに、絶対に結ばれないヒロインはあまりいない気がするな」


 ある種の新たなラブコメの形なのかもしれないが、俺の中ではヒロインと主人公が結ばれてこそラブコメだと思っている。

 それにしても、千奈さんは随分とはっきり彼氏を作らないことを決意しているらしい。


 彼女は水槽の近くまで近づき、魚を見ながら吐露する。


「例えすごくかっこいい人でも、石油王さんでも、モデルさんでも、森羅万象を趣味にする渡来くんでさえも堕とされないかもしれないよ? だって、私は――」


 千奈さんは踵を返して振り向いた。

 刹那、ジンベエザメが水槽近くまで泳いできて、千奈さんの背後が真っ暗になる。


「――S


 その暗闇で、青く鋭い双眸が俺を穿った。

 ジワリと、汗が滲み出す感覚がする。

 一瞬、息をすることを忘れていた。


「……ははっ。それ、千奈さんが自分で言うんだな、S級美少女って」

「えへへ、ちょっとカッコつけちゃいました! あだ名はまぁ、すごく噂されて私の耳にも届いてるけどさ……アレ普通に恥ずかしいんだよっ!?」

「流石S級美少女だな。かっこいい!」

「うわー! ものすごく恥ずかしくなってきたからやめてーーっ!!」


 いつも通りの千奈さんに戻り、いつものようにはにかんで見せる。


 ……俺は、釘を刺されたということなのかもしれない。

 〝難攻不落のS級美少女の家族全員を堕としてしまい、彼女の外堀を埋めまくっていた〟……とて、彼女は絶対に堕ちないということだろうか。


「変なこと言っちゃってごめんね? さ、次のコーナー行こー!」

「……そうだな。おっ、次は触れあいゾーンらしいぞ!」

「わぁ! 楽しみだね!」


 千奈さんはそう言い、再び足を動かして順路を辿り続ける。


(……にしてもさっきの千奈さん、迫力があったな)


 雰囲気に吞まれていたのだろうか。

 もし俺がラブコメの主人公で、千奈さんがヒロインで。そんな妄想をしてしまった時に見た彼女のあの姿。

 暗闇で光るあの青い瞳に、冷たい圧。俺はそれに対して、一つの存在に形容した。


(あの千奈さんはまるで――みたいだった)


 思わず身震いしそうなほどのオーラだ。だが同時に、心が沸き上がる感覚がした。

 ようやく、S級美少女という仮面の下にある本質が垣間見えた気がしたからだ。


 今まで彼女のことは、次元が違う可愛いの権化。ただそれだけだった。それ以上も以下もない。

 だがあの時の圧は、それを大きく超えるが顔を覗かせていた。


 きっとその〝ナニカ〟を解き明かした者こそ、難攻不落の要塞を攻略できるのだろう。


(まぁだとしても、詮索も、俺が主人公になろうともしないがな。……主人公を目指すなんて、


 あくまで俺は、めくりめく森羅万象せかいを面白がるだけのキャラクター。千奈さんの家族と仲がいいということで、特等席で見守る読者でありたい。

 動く時は面白そうな時か、自分に落ちてきそうな火の粉を払う時だ。


 きっとこの先、俺以外の誰かが本気で千奈さんを思い、絆し、堕とすのだ。

 俺はそれをポップコーン片手に見守っているのだろう。



 ――この時の俺は、そうとしか思っていなかった。


 埋めに埋めた外堀と俺の森羅万象をって、彼女の〝難攻不落〟を本気で攻略せんと決意するその時までは。


 そして、知らず知らずのうちにということは、今の俺は当然、彼女でさえも知らなかった……。

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