第16話

「よし、読みまくるか!!」


 学校の放課後、今日の俺は一直線に家に帰宅するのではなく、公園のベンチに座っていた。

 最近買ってまだ読めていない本がたくさんあるので、せっかくだからベンチで読もうという魂胆だ。


 リュックから本を取り出し、足を組んでページを開ける。


「…………」


 しばらくこの本を読んでから、表紙を確認した。

 沈黙の後、ポツリと呟く。


「この本前に読んだなぁ……」


 なんか展開が見えるなとは思っていたが、これだいぶ前に買ったやつの再販だ。

 自分の記憶能力に呆れつつ、背中を反ったベンチに押し付けて伸びをした。だが、ベンチが俺の体重に負けてひっくり返り、俺も倒れる。


「オワーーッ!?」


 な、なんとか後頭部を打たずに済んだ……。

 後頭部から大地を感じつつ、まだ朱色になっていない青空を眺めていると、後ろから誰かの声が響いてきた。


「なァそこの君、オレと一緒にイイトコ行こうぜ~」

「絶対楽しいから! ね!」

「銀髪綺麗だね。触っていい?」


 どうやら、花の蜜に誘われた羽虫たちが群がっている状況らしい。

 着物に身を包む銀髪の子一人に対し、三人の成人男性が囲んでいる。さて、この状況はどうしようか。


(助けるか? いや、でも殴り掛かられたら嫌だしなぁ。どうしようかなー……)


 俺は一旦、こういう場面に出くわしたらまず様子見だ。

 晃輝は迷いなく一直線に行くが、こういうところで足踏みをしてしまうのが俺である。だから、俺よりもあいつの方がモテる。


 腕を組みながらその様子を観察していると、展開が急に動いた。


「そこにホテルもあるからさ、ほら行こ――うがァッ!?」


 男の一人が女性の手を掴もうとすると、逆にそれを掴み返して背負い投げを披露してみせる。


「不埒な輩どもが跳梁跋扈しておるのう。あたしへのお触りは高くつくぞ」

「ッ! テメェ!!」


 残り二人が血相を変えて襲い掛かるが、結果は先ほどの光景を再放送したものだった。

 男三人は尻尾を巻いて逃げ出し、女性はパンパンと手を払って着物を整える。


 どうやら俺の杞憂だったらしい。あの人は強かな女性だ。俺が出る幕はない。

 そう思い、再び本を開いて本の虫となる。


「――して、幼気な女子おなごを見捨てて本の虫となるとは立派じゃのうて。わっぱ、お主は玉無しなのかえ?」

「……ご、合理的な判断をしたまでです」


 俺の隣で音も、気配もなく近づいてきた。鈴の音のような声でありながら、どこか怒気を孕んでいる。

 恐る恐る顔を隠している本をどけるとそこには、


「え……天霧さん!?」


 いつも学校で見ているあのS級美少女の顔がそこにはあった。しかし、髪色は銀色に染まっているし、髪型も違う。

 他人の空似だろうか? それにしては似すぎかもだが……。


「人違いじゃぞ。あたしの名は幸子さちこじゃ」

「あ、そうですか。……えーっと、助けないですみません。言い訳がましいかもですけど、ヤバくなったら行くつもりでした」

「いんや、構わぬぞ。其方も来ていたら共に投げ飛ばしていたかもしれぬからの」

「行かなくてよかった……」


 その女性は、倒れているベンチに腰をかける。

 俺は相変わらず倒れたままなので、横を向けば彼女の臀部がある状況だ。


「フム。其方、名を何という?」

「渡来望です」

「其方は中々面白そうじゃな。他の童とは一線を画しておるように見える」

「? さいですか。ありがとうございます。俺には貴女も一線を画しているように見えます」

「ほほほ、世辞ではなさそうじゃな。誉め言葉として受け取っておこうぞ」


 見た目は二十代そのものな美女なのだが、喋り方や仕草がおばあちゃんっぽいんだよな。

 そんな俺の心で生じた疑問を読んだかのように、彼女は口を開く。


「因みに、あたしは夫や子、孫持ちじゃからな。狙うことはせん方が得ぞ」

「孫持ち!? な、何歳なんですか……?」

「乙女に年齢を聞くでない。張り倒すぞ」


 この女性、もとい幸子さん。全く立ち去ろうとしない。

 仕舞いには俺が積んでいた本に手を伸ばし、隣でページをめくる音が聞こえ始めた。


「あの、まだ何か俺に用とかが……?」

「特にないぞ。しかし、そうじゃな……。あたしを見捨てようとした報いでも受けてもらおうかのう?」

「えぇ!? か、勘弁してください!」

「冗談じゃ。其方が良ければ、あたしとデートでも行かんかえ?」

「エ」


 本をどかして幸子さんの方に顔を向けると、悪戯っぽく笑みを浮かべる彼女の姿を瞳が捉えた。

 俺は熟女好きとかではないが、容姿は二十代そのものだ。可愛らしい笑みを浮かべられたらドキドキしてしまう。


「……あまり若者で遊ばない方がいいですよ」

「遊ぶ相手はきちんと選んでおる。目利きは良いからのう。悪人だとしても、遊んで捨ててやらんこともない」

「猶更よくないですよ!」

「なに、ただ買い物の付添に来てほしいだけじゃ。美女を侍らせられるんじゃぞ?」

「んー、忙しいのでまたの機会に……――って、わー! やっぱとてつもなく行きたくなってきたかも!!」


 幸子さんから「ゴゴゴゴ……!」という擬音が生じ始め、思わず了承してしまった。

 彼女はにっこりと笑みを浮かべ、立ち上がる。


「ならば早う行こうぞ。時間が勿体ない」

「……はぁ、わかりました。お供させていただきます」


 嬉しそうに笑みを浮かべる様は、天霧さんそっくりだ。

 何も関係のない人なのだろうか? 聞いてもいいのだろうか?


 疑問が解決しないまま俺も立ち上がってベンチをもとに戻し、買い物に付き添うことになった。

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