第5話 俺は好きだけどな、天宮のそういうところ
4時間目の体育はバスケットボールだった。
手前のコートでは男子、奥のコートでは女子が試合をしていて、それを俺はステージの縁でぼんやりと眺めている。今朝の疲労がまだ抜けてない。
「うーっす天宮! 元気か」
「元気ではないな、あいにく」
「おーそうかそうか。ドンマイドンマイ!」
適当な相槌を打ちながら、バシバシと俺の背中を叩く中村。
……元気じゃないのはお前のせいだ。モテないからって俺に当たるな。席が隣でうんざりなのに、体育の時まで絡んでくるな。
「天宮は試合出ないの?」
「俺は団体競技はあまり……というか中村こそ早く出ろよ。バスケ部だろ」
「向こうで真夏さんが試合してるのに、バスケなんかしてる場合か!!!」
中村は興奮気味にフンっと鼻を鳴らす。いやまったく意味がわからない。
「バスケなんかって……仮にもバスケ部がそれで良いのか?」
「ったりめーだろ。俺はモテるためにバスケやってんだから」
「あー、うん」
そりゃ中村だもんな。真っ直ぐな夢とか目標とか、そんなのあるはずもない。いのりの男に対する偏見が、少しだけ理解できて悲しい。
チラリと女子の方へ目をやると、涼川真夏がポニーテールを靡かせながら、コートを縦横無尽に駆け巡っていた。
──真夏ちーゃん。いけー!
──やば。ドリブル速すぎ。
──また決めた! これで10点目だよ!?
──真夏さん、かっこいい。
黄色い歓声を背に、華麗なドリブルで相手を抜き去り、次々とゴールを決めていく。もはやクラスメイトは真夏しか見ておらず、誰一人として男子の試合には興味が無い。
「いやー。真夏さんまじぱねーわ。目の保養だわー」
「……結局、真夏さんと深冬さんは区別できたの?」
「ったりめーよ。胸が大きい方が真夏さんだ」
「ごめん。お前に聞いた俺が悪かった」
やはりこいつと友だちになる日は永遠に来ない。
「おい、今深冬さんがこっち見たぞ!!!」
「深冬が?」
中村に言われて再び向こうを見ると、壁に寄りかかってあくびをする深冬がいた。真夏と同じポニーテールだけど、試合に出る気はない様子。
「たぶん気のせいだろ。あくびしてるし」
「いいや。あれは間違いなく俺に向けた視線だったね」
「うん。幸せな頭で羨ましい」
……真夏はあんな風に言ってたけど。実際、深冬は俺をどう思ってるんだろ。
深冬に惹かれるようなもの、俺は何も持っていないのに。
「他人事みたいに言ってるけどよぉ。天宮だって、双子姉妹が気になるんだろ? 真夏さんに色目使いやがって」
「いや使ってねえよ。というか中村こそ、今朝また深冬さんに告白したんだよな?」
「……無視された」
「は?」
「話しかけても、もう口も聞いてくれない」
「あぁ」
まあ、妥当な対応だ。
珍しく中村が凹んでいるけど、たまには反省した方が良い。
「なぁ天宮ー? お前も女の子にモテたいよなー?」
「いや俺は二次元に嫁がいる。浮気はできない」
たとえ住む次元が違っても、嫁は嫁だ。中村じゃあるまいし、そう簡単に心変わりしてたまるか。
「あ~あ。そんなこと言ってっから、女の子から残念オタクって呼ばれんのよ」
「……俺、やっぱりそう呼ばれてんの?」
薄々気づいていたけど、改めて言葉にされると傷つく。
でも身長は約170cmだし、成績は学年1桁に入ることもあるし、帰宅部にしては運動もできる。俺のどこに残念な要素が……?
「あれは衝撃だったもんなー、痛バ事件」
「う、うるさい。それはもういいだろ」
「まさか涼川姉妹を差し置いて、学年中の注目を集める男が現れるなんてなー」
「話を盛るな。ちょっと職員室に呼ばれただけだし」
「いいや。入学初日に1時間の説教をちょっととは言わないね」
「くっ」
何も言い返せないのが悔しい。
でもさぁ……推しの缶バッチを「くだらない装飾品」などと馬鹿にされ、黙っていたらオタクが廃るじゃないか。この件で俺は今でも教師に目を付けられているが、後悔はない。
「まっ! 俺は好きだけどな、天宮のそういうところ」
「何も嬉しくない告白はやめろ」
「よーし、次の試合から出ようぜ。親友!」
「だから背中を叩くな」
同類だと思われるだろ。
……もう思われてるか。
※
誠に遺憾ながら。
試合は中村の独壇場だった。
「どうよ天宮! これで6点目だぜ」
「……調子が良さそうで何より」
「女の子たちが見てるからな。腕が鳴るぜぃ」
中村以外は運動部ですらないため、無双できるのは当然なのだが、このはしゃぎよう。見ているこっちが恥ずかしい。
女子の方は2試合目も真夏が出ているので、誰も中村に注目していないのがせめてもの救いだ。
「天宮にもパス出してやるから。空いたとこで待っとけ」
「うい」
中村に命令されるのは癪だが、少しは仲間を立てる気もあるらしい。
俺は静かに中村から離れ、コートの端に移動して気配を消す。すると程なくしてチャンスはやってきた。
「行け天宮!」
「あいよ」
さすがはバスケ部。
中村は3人の敵をまとめて引きつけ、そのまま俺にドンピシャなワンバウンドパスを送った。ゴール左前45度、ブロックはない。完全なフリーだ。
ふぅ、左手は添えるだけ。
俺は軽くひざを曲げ、伸び上がり、右手でボールを押し出す──バックスピンのかかったボールは、そのままゴールに吸い込まれていった。
「ナイシュ天宮!」
「おう」
我ながら完璧なシュート。誰が見ているわけでもないけど、思わず中村とハイタッチしてしまうくらいには気持ちが良い。
たまには、団体競技も悪くないかもな。
※
「いやー、俺のパス完璧っしょ。まじでうますぎ」
「あーはいはい」
「あの後も追加で4点も決めたし。これでさすがに俺も女の子からモテまくりじゃね!?」
「うんうん間違いないね」
……体育が終わっても、俺は中村の自画自賛を無限に聞かされている。
いやまあ、たしかにうまかったけど。それを10回も20回も聞くのは話が違う。せっかくの団体競技の楽しさも、どこかへ飛んで行ってしまった。
「んじゃさっそく、モテは急げってことで! 学食の女の子に声かけてくるわ」
「ご、ご勝手にー」
「バスケは絶好調だし、俺も彼女できちゃうかも~」
「うん、だといいね」
「じゃあな! 天宮も彼女できるように頑張れよっ」
「……余計なお世話だ」
はぁ、お昼どこで食べよ。
いつもなら購買でパンを調達し、教室でラノベを読みながら齧るのがお決まりの流れ。だが今日はいのりのお弁当がある。
深冬に見られるリスクを考えると教室は避けたいが、かといって学食でまた中村に絡まれても嫌だし……。
というわけで俺は2階の視聴覚室へ。あそこは基本誰も使わないし大丈夫だろ──と、思ったのに。
俺がその扉を開けると。
「……あれ……
「み、深冬!?」
今一番避けたい人と、目が合ってしまった。
涼川深冬はなぜかジャージ姿のまま、左手にお箸を持って俺を見てい
る。
「……星波……一人?」
「あ、えっと……うん」
「……一緒に……お昼……食べる?」
「あぁー、そう、だね」
「……やった」
そして流れのまま、俺は深冬とお昼を食べることに──修羅場だけはどうか許して。
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