秋の野に
白瀬るか
秋の野に
秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば――
どこからか詠う声がする。そしてふと、ここはどこだろうと思う。眼下には一面に広がる、黄金色になった秋の草原。ところどころ萩、薄、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗の秋の七草が風にそよいでいる。いつの間に私はこんなところに来たのか。
だんだん頭がはっきりしてくると、違和感が脳内を支配する。そうだ、秋の七草というのは、育つ場所も花の時期も違う。こんな景色を見るのは、現実では難しい。一体ここは――。
また、視界がぼんやりとしてきた。だんだんと、現状を疑うのも難しくなる……。
「ええ、だから嫌だったんです。この屏風を出すのは」
屋敷の一室に据えられた、秋の野が描かれた屏風。墨痕も鮮やかに、山上憶良の歌が認められている。
屋敷の主は、なおも警察相手に言い募る。
「お客さんがどうしても見たいって云うので、蔵から出してきたんですよ。昔からこの屏風を置いておくと人が消えるなんて話がありましてね。彼がただの伝説だろう、と面白がって枕元に広げて寝たのが昨日のことです。それで、朝起こしに来てみたら蛻の殻ってわけですよ」
視線が、金地に鮮やかに描かれた七草の上に集まる。
「まあ、借金があったと聞きますし、こんな与太話を利用して身を隠そうとしたのかもしれませんけどね。もしくは、言い伝えの通り……」
そうして様々な可能性を疑えど、二度とその客が姿を現すことはなかった。
秋の野に 白瀬るか @s_ruka
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