二人の勇者と禁断の呪文

横内孝

新たな勇者の旅たち

【序章】受け継がれる呪文

 

 彼女の名は『リリエル・エスカヴァーナ』。ごく普通の家に住む平民の女である。

 しかし彼女にはとある特殊能力があった。それは、『ドゥメリア』と呼ばれる呪文であり、先祖代々受け継がれている。ただ、この呪文は、とある言い伝えによると、

 

[命に関わるほどの大事でない限り、この呪文はいかなる時も絶対に使ってはならない。誤って使ってしまうとその身を滅ぼしかねない。]

 

 というものであり、当然のことながら彼女は使ったことも、使っているところを見たこともない。それほどエスカヴァーナ一族で恐れられている呪文だった。

 とは言っても、ただ呪文を唱えるだけでは発動しない。言い伝えとともに受け継がれているのが、[禁断死言呪文之魔導書きんだんしごんじゅもんのまどうしょ]と書かれたいわゆるマニュアルである。この本に書かれているステップを踏むことで発動する事ができるのだが、その本は地下の倉庫の奥深く、手入れもされていないほこりまみれの箱に封印されていた。呪文が危険故に、その発動方法は誰も知らない。いや、知ってはならなかった。

 そんな中、誤って箱の封印を解いて本の中を見てしまった者がいる。それがリリエルだった。当時まだ物心のついていないほど小さかった彼女は、好奇心で地下の倉庫へ行き、その本の中身を見てしまった。

 その後、リリエルの母が冷や汗をかきながら慌てて止めたが、記憶力がとても良かったリリエルは内容を全て暗記してしまったのである。もちろん、成長した今でも鮮明に覚えていて、彼女のメモ帳にそのやり方を写した。そして、親の見つからないところにそっと隠した。

 

 

 

【一章】悪しき魔人と立ち向かう勇者

 第一節・街で聞いた話

 

 ある日リリエルが街で買い出しに出かけていた時のこと。いつも通っている出店のそばで、あることを聞いた。

「今、魔王がこの世界で暴れているみたいよ……。」

「魔王?そんなやつ本当にいたんだ。」

「今までもそんな事があって、たくさんの勇者が倒しに行ったみたいだけど……、今まで帰った人はいないみたいね……。」

 勇者の話は彼女も知っていた。

 

 その昔、どこからか現れた魔王がこの地をおびやかしていた。そこで、ある王国の軍隊にいる者の中から特に優秀な兵士を『勇者』として、魔人の討伐に向かわせた。

 これまで数百人の勇者が向かったが、帰ってきた者は一人もいなかったようだ。

 そのことを受け、勇者を向かわせていた国王はこれ以降兵隊からの勇者を向かわせることを取りやめたという。

 

 無論リリエルには興味がない話だった。勇者になんかなっても待っているのは『死』。 しかし、例の呪文を使うのと魔人を倒しに行くのとどっちがきついか少し気になった。それでも勇者になろうなんて全く思っていなかった。結局その日は家に帰った。

 

 家に帰ると、リリエルの母が重い表情をして椅子に座っていた。そして、突然リリエルに話し始めた。

「リリエル、よく聞いておくれ。お前は勇者になるんだよ。かつて、お前の父さんがそうだったように……。」

 リリエルは急すぎて理解ができなかった。彼女の父親が勇者だったことは知っていたが、なぜ、いきなり娘にそんなことを言うのか訳がわからなかった。

「母さん……。なんで私が、勇者なんかに……。父さんだって、あの時っきり帰ってこないし……、そんなに私が気に入らないの……?」

「そんなつもりじゃ——」

 リリエルはもう母の言葉なんか聞きたくなかった。そして家から飛び出した。

 あたりは暗くなっていて、街灯の灯りのみが照らす広場の真ん中でただ彼女は立ち尽くしていた。

 リリエルはどうしても勇者なんかになりたくなかった。誰になんと言われても、たとえ身ぐるみを剥がされてはずかしめを受けても、絶対に勇者になりたくなかった。

「はぁ……。」

 と大きなため息をついていると、一人の青年が現れた。彼は背中に剣を携えている。おそらく勇者であろう。

「こんなところで何してるんだい?何か悩み事でも……、良かったら俺が聞いてあげるよ。」

「ふん!余計なお世話よ。勇者なんて……、一人も帰ってきてないってどう言うこと……?」

「……っ。そのことか。俺も実は同じことを考えていたんだ。俺も志願して勇者になったんだけど、やっぱり……、今までの勇者の末路を辿りたくないし、でも……、俺じゃきっと力不足だし……。」

「へえ、そんなことを考える勇者もいるのね。私、少し誤解してたみたいね。勇者なんて自分の命もかえりみずただ敵を倒す奴隷のような存在だと思ってた。」

「そんなふうに思ってたのか……。少し心外だな……。」

 勇者はまだ何か言いたそうだったが、もうそんな話したくないし、聞きたくもない。リリエルはその場を後にしようとした。その時勇者が彼女の手を掴んだ。

「待って……、せめて名前だけでも。俺はユリウス!」

「……。リリエル。」

 リリエルはそれだけ言い残して彼の手を振り払い、走り去ってしまった。今はもう、誰とも話したくない。ただ一人の時間が欲しかった。

 

 第二節・勇者ユリウス

 

 彼の名は『ユリウス・エルバトス』。彼もまた普通の平民の家に生まれた。小さい時から力仕事をやっていたのでその鍛えられた体は町の女性たちを魅了するほどだった。そして彼はとても正義感が強く、道端でいじめられている子供を助けたり、重い台車を引っ張るのを手伝ったり、今まで多くの人を助けてきた。

 そんな彼が勇者になったのはつい先日のこと……。とある男が先代の勇者の死亡報告を受け、広場で勇者を募集していたところ、ユリウスは真っ先に志願した。男はユリウスがとても強く、正義感の強い人という事を知っていた。彼は勇者になってまもなく、ここを旅立ち魔人の住処へ向かうつもりだったが、彼の心には迷いがあった。それは、『今までの勇者は未だ一人も帰ってきていないこと』。元々勇敢で何事にも恐れない彼だったが、ここで初めて恐れを感じた。

「俺もまた……、やつに殺されてしまうのか……?いや、そんなことはない……。」

 彼は勇者だ。勇者は恐れてはならない。何事にも立ち向かい、恐怖に打ち勝ち邪悪な手下どもを倒しそして、魔人に勝って生還することが彼の使命となった。しかし、何度も述べている通り、生還者は一人もいない。

 ユリウスは半分後悔していた。そんな中広場で出会ったリリエルだった。

 この時ユリウスはリリエルに一目惚れしていた。それと同時に思った。

「彼女となら魔人を倒せるかもしれない。二人ならきっと倒せる。」

 もちろん確証などない。ただ、自信があった。リリエルには他の人にはない何かがあると感じた。それが破滅を呼ぶ悪魔の呪文だということも知らずに……。

 次第にユリウスはリリエルに勇者になるように説得しようという気持ちが出てきた。

 

 第三節・ふたりの勇者

 

「いってきまーす。」

 いつものようにリリエルは買い出しに出かけた。しかし、この日はいつもの道を通らず、別の道を通りいつもと違う出店に行った。その出店には客がいなかった。その代わり売っている商品はどれも安かった。

「なんでもっと早く来なかったんだろう。」

 そこにたまたまユリウスが来た。本当に偶然だった。待っていたわけでも、ここにくることも知らなかった。

 互いに目を合わせた瞬間二人は驚いた顔を見せた。

「君は、昨日の……。確か、リリエルだっけ。こんなところで会うとはね。ここへはよくくるのかい?」

「今日はたまたまここへ来たのよ。そしたら今一番会いたくない人と会う羽目になって……。最悪。」

 リリエルはすぐに帰ろうとしたが、ユリウスが止めようとした。

「待って——」

「もういいよ。勇者になれって言うんでしょ。私はなる気なんかないから。絶対に。」

「頼むよ。俺には分かるんだ。君には何か特別な力があるってことを……。」

 その時リリエルは歩みを止め、ユリウスの目の前に立つと、じっと睨にらみつけた。

「それ以上言ったら許さない……。そのことは決して、誰にも知られてはならないことなの。あなたはそれ以上知ってはならないわ。もう、私に近寄らないで。」

 そう言うとリリエルは走ってその場を後にした。

 彼女は少し焦っていた。ユリウスがもし、リリエルの力のことをみんなに言いふらしたら……?きっと無理やり吐き出されるに違いないと思った。その日は恐怖で一睡もできなかった。

 

 翌日、リリエルは悩みに悩んだ結果、嫌々勇者になる決断をした。そのことをユリウスに話すと、少し困惑しながらもとても喜んでいた。

「やっとなってくれるんだね。でも、そんなこと俺はしないさ。仲間を売るようなことは嫌いなんだ。」

 リリエルは少し後悔した。しかしなってしまった以上もう後戻りはできない。

 まずやることはただ、ユリウスと共に旅に出ること。彼女は決心してユリウスと旅立つことにした。

 

 第四節・勇者ふたりは征く

 

 それから数日後、二人の勇者は王国から旅立つことになった。国の人々はみんな見送っていた。

 二度と戻ることはないだろう。リリエルは覚悟していた。あの呪文で己の身と引き換えにこの世界の平和を取り戻すつもりだった。もちろんユリウスはこのことを知らない。もし話したりしたら、必ず止めるに違いない。だからその時が来るまで内緒にすることにした。

 

 王国の門から一歩踏み出した二人は、とても緊張していた。特にリリエルは戦闘経験もなく、きっと足手纏あしでまといになるだろうと思っていた。

「大丈夫。俺が君を助けてあげるから。第一、君に勇者になるのを勧めたのは俺だし、責任を取らなきゃ……。」

 この時、ユリウスの目つきが明らかに変わっていた。今までの優しく丸かった眼差しは、キリッとした細く鋭い獣のようになっていた。

 リリエルは神妙な面持ちで広い大草原へ歩み始めた。これから襲いかかる恐怖に怯えながら……。

 こうして二人は遠くに潜む魔人を倒すべくたびに出るのであった……。

 

 

 

 続く——

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