鳥白雨に撃たれし俺、異世界で因果を結び直す
九十九 弥生
第一章 白雨の下で死んだ少年
俺の名前は白鳥 結。高校二年生。
結は「ゆい」って読む。名前負けしないように、ほどけたものは、結べるだけ結ぶ。
平凡だ、ってよく言われる。背の高さも普通、顔もどこにでもある量産型、成績だって赤点を回避できる程度。要するにその他大勢ってやつだ。
ハリウッド映画に出るなら、俺はたぶん最初の十分でモブとして死ぬタイプ。ゾンビに囲まれて「うわあ!」って叫んで、二秒後に血しぶき。エンドロールにも名前が残らない、そういう人生。
俺の毎日は退屈だ。
学校に行って、教科書を開いたフリをして、放課後はコンビニで肉まんを買って帰る。エンドロールにすら残らない、ただの背景モブ。
『ゴッドファーザー』でいえば、結婚式のシーンで踊ってる親戚の一人。
『夕陽のガンマン』なら、撃ち合いの前に通りを掃除して逃げる老婆。
わかるだろ? 主役でも脇役ですらなく、誰も気に留めない存在ってことだ。
でもまあ、そんな立場も悪くない。主役は疲れる。毎日キラキラして、告白だの勝負だの、人生の山場ばかり。あんなの現実じゃ持たない。
その点、俺は安全圏にいる。
誰の期待も背負わず、誰からも注目されない。
『神曲』で地獄を旅するダンテでもなければ、
『失楽園』で堕天するサタンでもない。
俺は、図書館の奥で埃をかぶってる、誰にも読まれない薄っぺらい冊子みたいな存在だ。
俺は朝ギリギリに学校へ行って、退屈な授業をやりすごして、昼に安いパンをかじって、友達とも知り合いとも言えないやつらとちょっとだけ喋って、日が暮れたら家に帰る。
つまらないけど、痛みも血も流れない。誰かの記憶にも残らないけど、それで十分だと本気で思ってた。
俺の死に方は、冗談みたいにくだらなかった。
放課後の帰り道、頭上を旋回していたハトが、まるで俺を狙い撃ちしたみたいに糞を落としてきた。白くてベタついた塊が制服の袖にべったり。
「クソが」と俺は思った。いや、正確に言うと「クソのクソが」だ。
反射的に避けた足が、舗装の甘いアスファルトのひびに引っかかった。次の瞬間には、俺の体は体操選手よろしく空中に投げ出されていた。
落ちた先は工事現場。フェンスなんてただの飾りだ。足場の鉄骨に体をぶつけながら転げ落ちて、最後に腹の奥に「ズドン」と重い衝撃が走った。
視線を下げると、錆びた鉄パイプが俺の胴を貫いて地面に突き刺さっていた。制服のシャツが裂け、そこからどす黒い血が溢れている。鉄の味が口いっぱいに広がる。――笑えない映画のワンシーンみたいだった。
喉は血で詰まり、息は泡立ち、視界が赤くにじむ。その中で最後に浮かんだ考えは、実にバカバカしいものだった。
「死因:ハトのウンコ」。
新聞の死亡欄にそんな文字が並んだら、親は泣くより先に吹き出すだろうし、同級生はきっと笑いながら弔辞を読み上げるだろう。
坊主だって困るに違いない。戒名をどうつける? 「糞翔院殿鳥糞結大居士」か? いや「羽翔厠道童子」あたりだろうか。
真顔で木魚を叩きながら、心の中で「くっそ(笑)」と思ってるに違いない。
そして俺自身も、血を吐きながら笑っていた。
俺の人生最後の笑い声は、肺から漏れる泡混じりのゲロみたいな音だった。
戒名がどうであれ、墓石に刻まれるべきはただ一行――
「ハトのクソに敗れた男」。
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