第6話:そして回収屋になる②
日の出と共に、クロートによってボクはたたき起こされた。
目が覚めるとびっくりするほどに荒野は寒くて、毛布に包まりながら起きるのを拒否する。
ため息を吐いてクロートはボクの毛布を剝ぎ取ったため、ボクは肌寒い中外に放り出される事となった。
あぁ、毛布が恋しい。
「なんでこんな早くに起こすんだよぅ……」
「外での生活は基本夜明けすぐからだ、これからは慣れるまで叩き起こす」
どうやらボクの回収屋教育はもう始まってるらしい。
始めるなら直ぐやる。クロートらしい。
クロートは即断即決の気がある。
仕方がないので眠い目をこすって、深呼吸をして伸びをして、体を起こしていく。
冷たい空気を吸うと胸が冷え込む感じがして、体がしゅっと引き締まる感じがした。
それから、クロートが用意しておいたらしい朝食を一緒に食べる。
パンと水とウォーカーの肉の余りだ。
相変わらずウォーカーの肉は美味しかった。
「ご飯食べたら、もう帰るの?」
パンを頬張りながらクロートに尋ねる。
「いや、まだやってない事があるだろう」
?
何かあったっけ?
「ベクターポケットを試す」
あ、そうだった。
アンノウンに慣れるのと、ベクターポケットを使えるようにする。
この2つをやる為に外に出てきたんだった。
しかしベクターポケット……
正直あまり使いたくない。触らぬ何とかはどうとか言うし。
でも、そうもいかないんだろう。
ボクを旅に連れていくといったのは、多分ボクが戦えるようになる事を見越してのことだろう。
その根本にはベクターポケットの存在がある……んだと思う。
あれを使いこなせれば、ボクは生半可なアンノウンに負けはしないはずだ。
それなら回収屋の資質の一つ、強さは確保できる。
「もしボクの手に負えなくて暴れまわったりしたらー……とか考えないの?」
ボクは不安になってクロートに聞いた。
クロートは少し考えてから、「それはない」と答えた。
「ベクターポケットで機人種が暴走したという話は聞いたことがない。
そもそも機人種がアンノウン化するのは、ちゃんと要因が分かっているからな」
クロートが言うには、機人種がアンノウンになるのは機人種の脳に問題があるからだそうだ。
機人種の脳は凄く高性能で処理能力が高くて、一度見聞きしたものはなんでも覚えているらしい。
ただ、『なんでも覚えている』というのが問題だった。
機人種は物事を忘れる事が出来ないのだ。
そうしてなんでも記録して、忘れる事もできないでいて、つらい事が蓄積して……
脳が限界を迎えると制御ができなくなって、アンノウン化してしまうらしい。
「つまり、頭がいっぱいいっぱいになるとアンノウンになるの?」
「大雑把に言えばそういう事だな」
……どうにも腑に落ちない。
なんでも覚えてるというのが引っかかるのだ。
ボクは結構言われた事を忘れる。それこそさっきもベクターポケットの試験という目的を忘れてたぐらいだ。
それに落ちてくる前の記憶もなくなってる。
なんでも覚えてるなら不自然じゃないか……?
「お前は何故かは分からんが、物事を忘れられるらしいな。
落ちたダメージでそうなっているのか元々そうなのかは分からんが。
どちらにせよ、アンノウンになる条件の一つが無い。
だからアンノウンになる可能性は低いと考えてる」
「成程……」
クロートもそのことは不審に思っていたらしい。
いくらなんでも人間っぽすぎると。
「お前が特殊な機人種という事しか今は分からんがな」
結局、ボクが他と違う理由を知る術は今の所ないということだ。
朝食を終えたら荷物を片付けて、開けた場所まで移動する事になった。
ベクターポケットは何もない所から物を取り出すから、周りに物があるところだと物がぶつかって事故が起きる危険があるらしい。
周辺に何もない所……といっても荒野には大体なにもないのだけど、一応車からは距離をとって試す事になった。
クロートも離れて、ボクの方を腕組をして見ている。
「すぅ……」
心を落ち着かせるために、息を吸って、吐く。
一番最初にベクターポケットを使ったときの印象がどうしても強くて、嫌でも心臓が高鳴ってしまう。
冷静に、冷静にだ。
今回は暴れる訳じゃない。
「よし、使ってみろ」
クロートの呼びかけを聞いて、ボクは頭の中のスイッチを探し出す。
スイッチはすぐに見つかる……いや、実際にはイメージだから見つけるもクソもないんだけど、とにかく認識してそれを押した。
瞬間、頭の中に情報が溢れていく。
脳に一気に辞書を詰め込まれるような感覚だ。
【ベクターポケット起動。
任意選択モードに移行します】
頭の中に無機質な声が響く。
この前も聞いた声。
任意選択……この間は自動で腕が変わったけど、今回は違うらしい。
多分意識してベクターポケットを開いたからだろう。
とはいえ、これからどうすればいいんだ?
【展開するものを選択してください】
悩んでいると声が促してきた。
ボクの考えが分かるのか? なんか不気味……
いや気にする必要はないか。ボクの頭の中で聞こえる声なんだから、ボクの考えがわかっても不思議じゃない。
しかし展開するもの……といっても、どんなものがあるのか分からない。
精々わかってるのは、この間出したゴツい腕。
確か……ギガンティックアームって言ってたっけ。
【承認。
ギガンティックアームを展開します】
ちょまっ―――――
瞬間ボクの両腕が分解されて、代わりにゴツい鉄拳に切り替わっていた。
ズドンと落ちた拳が地面を揺らして砂煙が舞う。
いきなり両肩にとてつもない重量がのしかかって、腕が引きちぎれたかと思った。
慌てて両腕を見たけど腕は引きちぎれてはいなかった。ほっ……
「意外と軽い……」
いや、軽い訳ではない。
感じる重さに比べて動かすのに必要な力が少なく済むのだ。
まるで水の中にいるみたいな……
「周囲のマナを利用してるな」
「マナ?」
しらん概念がまた出た。
「大気に含まれている微小な粒子の事だ。
この地球上には大抵存在している。
お前のその腕は、大気中のマナを利用して本体にかかる重量を軽減してるんだろう」
曰くマナというものは日常の様々なものにも使われていて、ボクも知らないだけでマナに大変お世話になっているのだそうだ。
例えばクロートの車の屋根には、マナを利用して作られたライトバッテリーというものが設置されている。
これは大気のマナと周辺の光子……つまり光を吸収してエネルギーとして蓄えることができるのだとか。
レッドロックサーバにもこれの大きいのがあって、それが蓄えたエネルギーで日常生活で使われる電力の大半を賄っているらしい。
兎に角、すごい粒子ということだ。
「ふーん……」
正直何が凄いのかあんまり理解が出来なかった。
とりあえず何か凄くて、色んなものに使われてるとだけ覚えておけばいいか。
これのおかげで鉄拳……ギガンティックアームも動かせるというわけだ。
「他に何か出せるか?」
「他?」
そう言われてさっきと同じように頭の中で考える。
ベクターポケットで何かを取り出すときは、取り出す物をイメージしないと出せないらしい。
ボクが今ベクターポケット内に入ってると知っているのはこのギガンティックアームだけ。
他に何が入ってるかは、頭の中で考えても何もわからなかった。
「最初にギガンティックアームを出した時はどうしていたんだ」
「あの時は……確か、何とかしなくちゃって思ってたら頭の中で声がして……」
必死になってたら声が聞こえて、なんだったかな……
そうだ、状況チェックがどうのって言って、勝手にギガンティックアームを選択されたんだった。
その事をクロートに話したら、クロートはふむ……と言いながら顎に手を当てて考え始めた。
「起きたことから考察するに、お前がベクターポケットから何かを出す時には2つのパターンがあるようだな。
1つはお前の意思で出す時。これはお前が認識してる物しか取り出せないんだろう。
もう1つは自動転送だな。お前の状況に合わせて適切な物を自動で選んで取り出す。
自動転送は試せるか?」
自動転送か……
とりあえず頭の中のスイッチを押しながらあの声を呼ぶ。
あの声だと呼びにくいな、名前付けた方がいいかな。
【武装の自動選択を開始。
状況チェック開始。
……完了。現状において必要なマニューバはありません
状況チェック終了】
え、何か出してくれないの?
と頭の中で聞いたけど、返事はなくてそのままベクターポケットが閉じられた。
「だめみたい」
それから何度か試したが、結果は変わらなかった。
どうやら自動転送は、ボクが危険に陥った時とか用の緊急機能らしい。
何も困ってない時にお勧めの道具を出してって言っても、何も必要ありませんと返されてしまう。
基本は任意選択しかない。けど何処に何が収納されてるかわからない。
結局、今の所使えそうなのはギガンティックアームだけだった。
「徐々に使えるものを増やしていくしかないようだな」
クロートの言う通り、ボクが色々経験してベクターポケットの中身を知っていくしかないようだ。
宝箱があるのに鍵がないみたいな感じだ。どうにも焦らされる。
「結局使えるのはギガンティックアームだけかぁ……」
「まぁ武器としては十分だろう。威力が高すぎるのが難点だが」
ギガンティックアームは威力が高くて小回りも効かない。
どうしても大振りのフルスイングになってしまうし、大抵の相手は一撃で木っ端みじんになる。
どう見ても威力が過剰で使いにくい。
試しに近くにあった岩……大体クロートの背位の大きさがあるのを殴ってみたけど、それはもう見事に爆散してしまった。
改めてみると凄まじい力だ。
何と戦うための力なんだ? これ。
「奥の手として使うしかないな」
「倒すだけならこれでも十分なんじゃないの?」
「俺たちは回収屋だ。
アンノウンを倒しても、パーツが木っ端みじんで使い物にならないのでは意味がない」
「たしかに……」
パーツを回収するのが目的であって、アンノウンを倒すのが目的じゃない。
となるとこれは殆ど使えないな……
結局、手持ち武器を一つは使えるようにして、基本はそれで戦うようにすることになった。
凄い能力で楽々レベルアップというわけにはいかなそうだ。
「俺は少し安心したな」
しょぼくれてると、クロートがそう言った。
安心って何を……?
「最初から何でもできると、細かい所が疎かになる。
大体そういうのは何処かのタイミングで致命的なミスに繋がるからな。
一足飛びで進まん方がいい」
そういうものなのだろうか。
「それに、出来る事が分かり易くて混乱しないだろう。
試してみてどうだった。ベクターポケットで暴走する感じはあったか?」
「あ……」
そういえば、訳が分からなくはならなかった。
最初は驚いたけどそれくらいで、出来ることと出来ない事も大体わかってきたし。
これがもし何でも武器や道具が出せるとなっていたら、きっと頭の中がパンクしてただろう。
そうならなかっただけ安心でもあるのだ。
「これなら使えそう……カモ」
「そうか」
クロートが頭を撫でる。
多分クロートにとっては、ボクの不安の種が一つ消えたことの方が収穫だったのだろう。
新しい不安が増えるよりも、目の前の不安を取り除けたのだ。
一歩ずつだけど前進している。
そうだ、これでいいのだ。
地道にやっていこう。なんでもかんでも直ぐに分かった気になる必要はないんだ。
出来そうなことを一つずつやってみる。出来なさそうなことは教えてもらったり工夫していく。
一つ一つを分解してみれば、何も難しくはない。
出来る気がしてきた。
そして出来そうだと思えば、勇気とやる気が湧いてきた。
「最初は訓練と勉強から初めて、覚えてきたら仕事に連れて行く。
基礎体力も鍛えなければならんからな、ハードにいくぞ」
「うす!」
「返事ははいだ」
「はい!」
一つずつ覚えていこう。
そして時間をかけてでも、一人前になるのだ。
焦らないでいいとずっと言ってきてくれたクロートの言葉を信じて、じっくりと学んでいこう。
クロートの旅についていくのだから、恩返しはそれからでも遅くない。
一つ一つの道が見えるようになってきて、視界が広がってく気がした。
日はいつの間にか登っていて、青い空を輝かせている。
どこまでも続く荒野の先には山がうっすらと見えて、その先は分からない。
後ろを振り返れば、そこにはジャンクの山と小さく見えるボクの故郷がある。
いつか立ち去る故郷だ。
二度と戻らないかもしれない。だから目に焼き付ける。
一つ一つをしっかりと覚えていこう。
忘れっぽい頭だ、ちゃんと意識するには丁度いい。
きっと忘れられないのなら大事にできないのだろうから。
帰りの道中、車に揺られながらチョコレートを齧った。
甘くて溶けるその味は、凄く美味しいのに何故だか味気なかった。
これからボクは回収屋になる。
命を奪って、糧にして、生きていく。
それは何よりも誇らしい生き方だと、ボクは信じようと思った。
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