第4話:飯を食う②

 朝ごはんを食べ終えてから、クロートと二人で食器を洗って、宿の掃除をした。

 一週間ボクが無気力にしてたからか、部屋は結構散らばっていた。

 散らかすと普段はクロートが怒るのに、この一週間の間、彼は一言も言っていなかったのを思い出した。


 きっと気を使ってたんだろう。

 思えばこの一週間の間のクロートは、度々ボクを気にかけていた気がする。

 自分から話しかける事は少ないけど、そういうことをそっとする人だった。


 クロートに感謝を伝えようと思ったけど、なんとなく切り出すタイミングがなくて、結局黙々と掃除をすることになった。

 クロートも「これはこの袋に入れろ」とかそういう事を言うだけで、雑談という雑談もない。

 ボクもそれに頷いて、たまにゴミの分別で質問して……そのくらいだった。


「終わったら外に出るぞ」


 ゴミが粗方片付くと、クロートがそう切り出した。

 その言葉にボクは少しだけびくっと震えてしまう。


 外……

 この間まではワクワクしていた外の世界が、今は怖くて仕方がなかった。

 視線を、ボクに向ける反応をまた見るのが、恐ろしかった。

 

 もしかしたらこの一週間の間で、サーバ内でボクをどうするのかが決まっているのかもしれない。

 怪物だ、アンノウンだと、ボクを追い出すか処分するのか。

 

「そう心配するな」


 そんな事を考えてたら、クロートがボクの頭をぼふっと撫でた。

 心配するなと言われても、怖いものは怖い。

 でもずっとこの宿に居続ける訳にもいかないのも事実だ。

 独り立ちするにも、外に出るという最低限の当たり前が出来ないと何も始まらない。


「……うん」


 外に出よう。

 もしかしたら冷たい視線を向けられるかもしれない。

 早く出ていけと石を投げられるかもしれない。

 それでも、外に出ないといけないんだ。

 サーバがどうなったかも気になるし。


 震えていたのだろう。クロートがぽんぽんと、頭を撫でて宥めるようにしてくれた。

 大丈夫、一人で出る訳じゃない。

 少なくともクロートは味方なんだ。



 ゴミを纏めて、外に出る準備をする。

 ゴミはビニール袋1つ分くらいだったので、ボクが持っていくと言って袋を持った。

 散らかっていたとはいっても生活で出るゴミばかりだから、袋は全然軽かった。


 扉の前に立つ。

 開けた瞬間に石を投げられるかもしれない。覚悟を決めて……

 

 とりあえず深呼吸を


「いつまでそうしてるんだ」


 と、やっていたらクロートが扉を開けてしまった。

 こ、こいつ!! 心の準備してるんだから空気読めよ!!

 

「心配するなと言っただろう」


 扉の先に広がっていたのは、襲撃がなかったかのように普通の景色だった。

 ジャンクを乗せたトラックが走って、露店で買い物をする人がいて、子供たちが走ってる。

 少なくともボクが見る限りでは、いつも通りの景色だった。

 ボクを見てる人も、石を投げてくる人も、どこにもいなかった。


 ゴミを廃棄場に捨てると、サーバ内を歩くぞとクロートに言われ、少し歩いてみた。

 壁の修復作業はまだ続いてるようで、何人かの護衛と作業員が壊れた壁に鉄筋を組み続けていた。

 襲撃のあった時に比べれば、大分壁も直ってきてる気がする。


「あっ……!」


 作業の護衛をしていた男が、ボクに気が付いてはっとする。

 ……やっぱり、ボクをまだ怪物だと思ってる人はいるのだ。

 そう思って暗い気持ちになっていたら、その男はボクたちの方へと駆け寄ってきた。

 

 何処かで見たような、見てないような顔……

 流石に大人の顔までは覚えきれてないから、名前はぱっとは出なかった。


「すまん、ビギナ!!」


 急に男が頭を下げてきて、ボクは一瞬何の事か分からなかった。

 

「あの時、お前が娘たちを襲ってるんだって勘違いして……! 頭がどうかしてたんだ!

 お前だって事にも気が付かずに俺は……!」


 思い出した。

 この男はジュリのお父さんだ。

 名前は確か、ジェード。

 そして、ボクが気絶する直前に見た人物。

 ボクの頭を思い切り叩いて気絶させた張本人の顔だ。


 詳しく話を聞いてみると、クロートと一緒に遠征に出ていたジェードは、襲撃の連絡を受けて急いでレッドロックサーバにとんぼ返りしたらしい。

 そしてバンとジュリがいないこと、ボクが二人を探しに行ったことをトットに伝えられて、ジェードはすぐさまボクたちを見つけるために襲撃地点の方に向かった。

 そこで見たのが、バラバラになった残骸と巨大な腕を持つ人影。

 それがバンとジュリに近づこうとしていたのでアンノウンだと勘違いし、即座に頭をブン殴ったというのが、一部始終らしい。


「後からジュリに聞いたよ。

 ビギナが助けてくれたって、子供たちに近づいてくるアンノウンをブッ飛ばしたんだって……

 そんな事も知らずに俺は、お前の頭を思い切り……すまねえ!!」


 そうか、ジュリが……

 ジュリは、ボクが怪物ではないとちゃんと分かっていたのだ。

 あんな状況、怖かったろうに。


「いや、えっと……仕方ないよ。

 ボクだって気が動転していたし、訳も分からなかったのは同じだし……」

「それでも、娘の命の恩人を俺は……」

「……

 いいって、もう、すんだ事じゃないの」


 むしろ、ボクはほっとした。

 ジュリの証言のおかげで、ボクは無実だと証明されていた。

 他でもないジュリがそう言ってたんだ、他の人も納得してくれたんだと思う。

 現にボクに気づいた他の人たちも、ボクの事をこの間みたいな目では見ていなかった。

 もう大丈夫なのか、とか、久しぶりだな、とか、そんな声を軽くかけてくれる。

 ボクは皆からつまはじきになんてされてなかったのだ。

 そう、思うことにした。


「……バンとジュリは大丈夫だった?」

「あぁ、怪我もないし、もう元気にしてる。

 バンはジュリを守ろうとして気が動転してたが……

 今は落ち着いてる」


 そうか、ジュリを守ろうとして……

 バンはジュリの事が嫌いだとばかり思ってたけど、そんな事はなかったようだ。

 あの襲撃の時もバンがジュリの手を引っ張って、アンノウンから逃げる為に廃材のジャングルに入っていったらしい。

 バンは、ずっとジュリを守っていたのだ。

 だから目の前の脅威からジュリを守ろうと……必死だった。


 バンもボクもこの人も、皆必死すぎて冷静じゃなかったんだ。


 誰も悪くない……多分。


「あの腕にはびっくりしたが……

 あれは一体、なんなんだ?

 お前が気絶したら元に戻ったが」

「あれは……」

「恐らく、ベクターポケット技術だろうな」


 クロートが会話に参加した。珍しい。

 しかしベクターポケット……確かにそんな単語が頭に響いてた気がする。


「ベクターポケットって?」


 クロートに訪ねてみる。


「空間拡張技術……空間を圧縮したり拡張したりする事で物を収納する技術だ。

 軍にいたときに見たことがある」

 

 ベクターポケットというのは四次元ポケットのようなものとクロートは言ったが、ボクは四次元ポケットがどんなものか分からなかったから、全然なるほどとはならなかった。

 ジェードはわかったようなので、有名なんだろう。

 

「ただ、個人がベクターポケットを所有してるというのは聞いた事がない。

 軍でも研究中の代物だ。量産の見込みが立たなくてな」

「つまり?」

「お前は特殊ということだ」


 特殊……

 怪物って事じゃないんだろうかと不安になる。

 何せ、あのデカいアンノウンを一発で吹っ飛ばしてしまったのだ。

 あれを人に振るうなんて事があればと思うと、背中がゾワッとした。


「大丈夫だ、お前は理性がはっきりしてるし暴走の兆候もない」


 クロートが頭を撫でる。

 大丈夫……クロートには初めて言われた気がする。

 ほんの少し、震えが収まった。


「兎に角……あの時はバンとジュリを助けてくれて、ありがとうよ。

 ジュリは俺の宝だ。アイツが死んだら、俺も女房もどうなっちまってたかわかんねぇ。


 ……本当に、感謝してる」


 感謝。

 感謝されるような事をしたんだろうか、ボクは。

 運よく皆無事だっただけで、ボクは色々なミスをした。

 二人を探すのを誰かに手伝って貰わなかったこと、アンノウンに真正面から挑んだ事、バンとジュリに声をかけなかった事。

 どれもこれも、ちょっと何かが違ったら致命的な結果になっていたミスだ。


「……」


 どん、とクロートがボクの背中を叩いた。

 ちょっと痛い。


「どういたしまして、だ」


 クロートはそういって、ジェードの顔を見ろと促した。

 ジェードは申し訳なさと感謝の感情を滲ませて、ボクの方に手を伸ばしている。

 その手は少し震えている。


 多分怖いのだ。

 ボクが怖いんじゃない。

 ボクを殴ってしまっている事、それを許されないかもしれないということに、だ。


「……」


 ジェードの手を、握る。

 手の皮が厚い。クロートほどじゃないけどゴツゴツした、回収屋の手だ。

 逞しいこの手は、ジュリを育てる為に働き続けた父親の手だ。

 それがボクを思って震えている。


「どういたしまして。ジェード」


 ボクはそういって、にこりと笑ってみる。

 笑顔を作ってみるというのは初めてのことで、上手く出来たのかは分からない。

 笑えてただろうか。それとも不恰好だったろうか。


 どちらにせよ、ジェードはほっとしたように息を吐いて苦笑した。

 震えは消えて、しっかりとボクの手を握ってきたから、僕も握りかえした。

 それを見て、クロートがボクの頭を撫でた。


「よくやったな」


 その言葉で、ようやくボクの心は解放された。

 初めて自分のやったことが認められた気がする。

 あれでよかったと、自分で認められた。


 その日の晩。

 クロートは夕飯を作るといったけど、それはやんわりと拒絶した。

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