第3話 炎の戦天使・火渡烈也 【前編】

「お父さん、お母さん、おはよう! 行ってきます!」


キラは仏壇の前で手を合わせ、玄関を出た。

朝の光が街を包み、近所のおばさんや商店街のおじさんが笑顔で声をかけてくる。

いつもと変わらぬ穏やかな朝――。

けれど、首にかけたロザリオを見下ろすと、昨日の出来事は夢ではないと告げていた。


灰色の羽を持つ天使・ミズキの言葉が、耳の奥でよみがえる。


「仲間の見つけ方だが、まずは聖なる力同士が引き合う。そして、ロザリオの効果でうっすらとオーラが見えるはずだ。火なら赤、風なら緑、地なら黄色というふうにな」


「気になるやつを見つけたら、様子を見てくれ」


キラは通学路を歩きながら、周囲をきょろきょろと見回した。

「まずは慎太郎と巧を……」

しかし、2人のまわりには何の光も見えない。


「2人は……違うみたいだな」


「どうした、キラ?」と巧が首をかしげる。

慎太郎がぼそりと呟いた。「おい、キラ、電波でも受信してんのか?」


その瞬間、キラは誰かと肩をぶつけた。

「悪いな」

短く言い残し、通り過ぎていく男子。


「火渡烈也だ……!」慎太郎が青ざめる。「やばい、不良の!」

巧も慌てて続けた。「他校の三人をまとめて倒したって噂だぞ!」


「でも、悪そうには見えなかったけどな。二人は何かされたの?」

「いや、特には……」

2人がそっと首を横に振る。


「じゃあ、僕は自分の目で判断したい。ぶつかったのは僕のほうだし、謝ってくれた。いい人だと思う」


「キラ……お前はほんと、いい子だなあ」

慎太郎と巧が苦笑しながら頭を撫でた。


(それに、あの赤い光……まるで炎みたいだった。でも、不思議と温かかった)



---


昼休み。

廊下を歩いていたキラは、再び烈也の姿を見つけた。

カバンを手に、校舎を出ようとしているところに、生活指導の沢口先生が声をかける。


「火渡、昼休みに勝手に早退とはどういうことだ。ちゃんと許可を取っているのか?」


「弟妹の迎えと、母の見舞いのための早退届を出しただろ。見落としてんじゃねえの?」


「おい、教師にその口のきき方はなんだ! 一緒に生徒指導室へ来い!」


険悪な空気が漂う――。

キラは咄嗟に割って入った。


「い、いたたたた! せ、先生! ぼ、僕、お腹が……っ!」


廊下にうずくまってのたうち回るキラ。

「立ってるのもつらい……火渡くん、ぼ、僕も病院行きたいから、手を貸してくれると……」


沢口先生と烈也は目を丸くして固まった。

(やりすぎた……でも引けない!)


「こ、光野がそこまで訴えるのは珍しいし……普段真面目だしな。無理するな。火渡、ついでに連れてってやれ」


「了解っす」

烈也が笑みを浮かべ、キラを支える。



---


校門を出た二人。

「おい、大丈夫か? 弟妹迎えに行ってからになるけど、一緒に病院行くか?」

キラはにやりと笑った。


「いやー、仮病なんて初めて使っちゃった。僕の方が極悪なのに、先生は目が節穴だね。烈也くんの方がずっといい人なのに」


一瞬ぽかんとした烈也だったが、やがて吹き出した。

「お前……おもしれーやつだな」

「僕は光野キラ。よろしくね」

「俺は火渡烈也。よろしくな」


二人は笑いながら手を握り合った。

その瞬間、キラの胸の奥で、何かが静かに灯った気がした。



---


烈也の弟と妹が通う保育園に着く。

木の温もりを感じるような、優しい雰囲気の園だ。


「烈也くん、おかえりなさい。いつもお疲れ様」

園長の桜井先生が温かい笑顔で迎える。

その後ろから、弟の真尋と妹の千尋が走り出してきた。


「にいにー! ママに会いに行くんだよね!」

「にいに! 今日はずっと一緒?」

「ああ、バイトは休みだから一緒だぞ」


やったー!と二人は嬉しそうに烈也の周りを回る。

「真尋くんも千尋ちゃんも、お兄ちゃんと一緒にいられるのが嬉しいのね」

「いや、そんなことは……」烈也は照れて口ごもった。


「お母さんの様子はどう? 無理しすぎちゃだめよ。抱え込まずに相談してね」

「ありがとうございます。でも俺、大丈夫なんで」


門の前で待っていたキラの目には、

弟妹と手をつなぐ烈也の優しい横顔が映っていた。

学校で見せる険しさとは違う――守る者の顔。


「にいにの友達? にいにが友達と一緒なの初めてー!」

「にいにの友達なら、きっと優しい人だね」

烈也は照れくさそうに頬をかいた。


「うち、父が失踪してて、母が過労で入院してるんだ。この曜日だけは、みんなで見舞いに行く日なんだよ。だから早退できると嬉しくてさ」

少し照れたように笑う烈也の声に、強さと優しさが同居していた。


「弟妹さん、本当に烈也くんのこと大好きなんだね。見てるだけで伝わってくる」

「ありがとう。……俺も、あいつらがいるから頑張れるんだ。ちゃんと守っていきたい」


烈也がしゃがみ、真尋と千尋の頭を撫でる。

二人の笑顔が、彼の赤いオーラをより明るく照らしているようだった。


(温かい……まるでこの炎が、優しさの形みたいだ。もし烈也くんが仲間なら、本当に素敵だな)



---


一方その頃――。

街の片隅で、黒い霧がうごめいていた。


「ひひっ。ミズキも、あのキラってガキも……次こそ倒してやる」

アンドラスが不敵に笑い、ある男の胸に黒い種を植え付ける。

空気が歪み、瘴気が静かに街へと滲み出していった。



---


真尋と千尋が「お友達も一緒に行こうよ!」とせがんだため、

キラは病院までの道を同行することになった。


「そういえば、どうして烈也くんって怖がられてるのかな? 僕から見ると、優しい人なのに」

「いや、本人の前でそれ言うかよ」烈也が思わずツッコミを入れる。


「……そりゃ、悪意を感じると警戒するし、怯えられると、こっちも関わりづらくなるんだ。

でも、キラは違う。お前からは“敵意”が見えねぇ。だから、攻撃する必要がないんだ」


キラは静かに頷いた。

烈也の言葉が胸に染みていく。

――少しずつ、信頼の灯が二人のあいだにともっていくのを感じた。



続く

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