第15話 弁護士は仲間を裏切ってはならない

 留置場にて取り調べや、入浴等を除く時間、弁護士ハシモトは常に正座をして畳を見つめていた。ハシモトから気迫が放たれており、留置場担当の警察官でさえ、声をかけるのを躊躇ってしまうほどであった。夜中もそれは変わらず、「ハシモトさん、布団引いて寝なさい」と注意を与えても彼は微動だにしなかった。そして、一睡もせぬまま、彼は留置場2日目の朝を迎えた。ハシモトは勾留されてから朝にいたるまで食事に一口も手をつけていない。それどころか食事に見向きもしなかった。



「ハシモトさん、面会」

 やせ細った警察官から声をかけられたハシモトは渋々腰を上げる。決して誰とも合わせたくはなかったが、来てくれた人に失礼のないようにしたいという思いが辛うじて勝ったのである。


「よお、弁護士。元気にしてたか!?」

 目に隈ができた弁護士を出迎えたのはもちろん勇者一行である。アクリル板越しに勇者、魔法使い、戦士、僧侶が4人揃って席に座っている。

 弁護士も指示されて腰を下ろすものの、一切勇者側を見ようとはせず下を向いている。

「てかさー、ここってほんとはいちどに3にんしかはいれないのねー」

「国王に電話して4人入れるよう圧力をかけたぜ」

 はははっと勇者が高笑いする。

「ところで弁護士、お前さては寝てないな」

「私が言ったとおりでしょう。きっと罪悪感でいっぱいで一睡もしてませんって」

「ちゃんとねるんだぞ、べんごしー」

「てか、スーツじゃない弁護士初めて見たな。なんだよ、それ。パジャマか?」

 弁護士の反応を無視して一行が好きなように喋り始めている。


「昨日は来られなくてごめんな。なんかセッケンキンシだの言われてよ。意味わかんねえし」

「それなぁー。けっきょくセッケンなんたらってなんなんだろうねぇー」

 魔法使いがうーん、と首を傾げる。

「……接見禁止。逮捕、勾留された被疑者が面会できないようにする処分のことです」

 ようやく弁護士がかろうじて聞こえる程度の声で口にした。アクリル板が間にあるのでなおのこと聞こえが悪い。

「ほらー、ウチらがまちがったらぜったいしてきしてくるっていったでしょー」

「さすがです、恐れ入りました。さぁ、弁護士殿。顔をあげてください。私達は貴方に代表して感謝を伝えに参りました」

「そうなのである。弁護士殿がいなければ死者があと何人増えていたことか。民は皆、弁護士殿に感謝を伝えたいのであるぞ」

 皆が次々弁護士に明るい声をかける。だが、依然として弁護士の目に輝きは見られない。



「……私は罪を犯しました。もう、皆様に会わせる顔がありません。私は勇者様の側から離れされていただきます」

 30秒ほどの沈黙ののち、弁護士が口にした一言がそれであった。そして、それにため息をついて言葉を返したのが勇者である。

「弁護士よお。お前、これが正当防衛だってわかってんだろうよ。これが正当防衛じゃなきゃなんだってんだよ。もし弁護士が有罪だってんなら俺は勇者を辞めてやるぜ」

「そしたらパーティーかいさんだねー。てか、べんごしがいないじてんで、もうパーティーはオワコンなんだよー?」

「魔法使い殿の言う通りです。弁護士殿がいなければ、また勇者殿が道端のおにぎりを食べてしまいます。ははっ」

「そうである。そもそも我々はどれだけ弁護士殿に助けられたことか」

 勇者一行は思い思いの言葉を弁護士にこれでもかというほどにぶつけた。弁護士の心よ、動けと言わんばかりに。

「そういうわけだ弁護士。俺より賢いだろうからわかってるだろうが、明日には正当防衛ってことで不起訴処分、出所になるだろうな。俺達は待ってるぜ。行かないって言っても首に縄つけて冒険に駆り出してやる。……まぁ、その前に出所祝い兼慰労祭をぱーっと開くがな」

 がははと勇者が笑い出した。そして、他の面々も笑顔を浮かべた。

「駄目です、私は…………」

「うるせぇ!!弁護士、俺にはな、お前が必要なんだよ。四の五の言わずついてきやがれ!!」

 勇者がアクリル板をどんどん叩いて弁護士に訴えかける。その瞳からは勇者の強いハートがありありと伝わってくる。そして、弁護士は勇者の、その瞳をしかと刮目してしまった。




「私は……また勇者様にお供してもよろしいのでしょうか?」

 目を点にして弁護士がつぶやく。

「当たり前だ。てか、1回罪犯して首になったら、俺なんか首がいくつあっても足りねえぞ」

「あははー。ウチもいえもやしすぎたしねー」

「本当は笑い事ではないですが。もしも気にされているようなら、一緒にやり直しましょう。皆、弁護士殿を必要としているのですから」

「そのとおりである。一緒に魔王を倒して、そして英雄になるであるぞ」

 勇者一行の一言一言が、弁護士の凍った心を少しずつ溶かしていく。今まで表情のなかった弁護士の目から涙が流れたのはその時であった。

「あぁ…………私は、私はっ………………」

 弁護士から嗚咽が漏れ、何を言っているのかほぼ聞き取ることはできなかった。だが、一行は弁護士が何を伝えたのかを察したようだ。弁護士が号泣しているのをそっと静かに見守った。


「よし、弁護士。そろそろ終了時間だ。どうせ今夜はやることねえんだろ。俺のエロ本差し入れてくから読むといいぜ」

「うわー、ゆうしゃへんたーい」

 魔法使いが陽気に茶々を入れる。

「では弁護士殿、それで失礼します。また明日お会いしましょう」

「今日はちゃんと寝るである」

 勇者一行は手を振って面会室をあとにした。



「ハシモトさん、差し入れ本だ。内容が合ってるか確認してくれ」

 同日夕方、警察官から差し入れ本が届き、その内容を確認する。

「ありがとうございます。間違いありません」

「了解だ。今日はしっかり寝るんだぞ」

 差し入れ本を渡した警察官が一声かけ、記録を書きに席に戻る。

「はぁ、本当にエロ本を入れてくるとは」

 勇者のにやけ顔が目に浮かび、弁護士の顔もほころんだ。その日、弁護士はおよそ19年ぶりにエロ本を読むこととなった。


 そして翌日、48時間の勾留を経て不起訴という形となり、弁護士ハシモトは出所した。

 

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