宇宙少女 Another Day

虚数遺伝子

ゲームを遊びましょう

「ん」


 少女が少年に差し出したのは、手のひらサイズの機械。これは2600年代から売り出した人気シリーズのゲーム機だ。

 少年は黒光りするそれを見て、淡々と問う。


「新しい武器えものか?」

「ちがうわ! コントローラーよ! わからないの?」


 少年は小首を傾げる。


「これ使ってゲームをやるのよ。あなた、うちに来る前に何をしていたの?」


 少女――ルイズ・K・ケプラーは不思議そうに少年――ルック・ロイを見る。どこから来たかも分からない子供ルックと仲良くしろと、父親に言われていたが、彼はお年頃のような遊び心も好奇心もない。時々物騒なことを言うだけだ。


「わたしと対戦よ。やり方は教えてあげるから」と彼女は彼にコントローラーを渡して、自分も一機を握る。

「……このボタンから弾丸が飛ばないんだ」

「飛ばないわよ! ケプラーの屋敷にそんなものあってたまるか! ほら、ここを押したら進む、こっちは攻撃、こっちは回避ね。覚えた?」


 ルックは頷いた。


「じゃあ始めるわよ! えいっ、ほっ、そーれ!」

「あっ……、終わった」

「あなたが弱すぎるだけよ。ま、まあみんな始めてはそうじゃないかしら。もっかい、もっかいよ」


 しかし、攻撃ボタンはどう足掻いても引き金とは違い、回避がボタン化されたことに慣れるまでに時間を要したルック。


「じゅうれんしょー。残念だったわね、ルック。天才たるこのわたしに勝とうなんて、まだまだ早いわよ!」

「……もうちょっと貸して」

「いいけど、わたしは勉強しないといけないから、システムと対戦することになるわ」

「それでいい」


 ルイズはルックの横顔を見る。彼の表情からは悔しさも楽しさも感じられない。


 数日前に出会った時からずっと、彼は一度も感情を見せていない。

 ルック・ロイ。誰かの子供だった。その誰かが亡くなったから父親に引き取られた。それ以外のことは何も知らされていない。


 無表情な彼は、心を閉ざしたわけではないようだ。大人らしい雰囲気を漂わせるだけで、優しい瞳を持っている。

 言動が少しズレているのだが。


 恐らく、ゲームを続けようとしたのも楽しいからではない。

 もしかしたら、とルイズは不意に思う。もしかしたら、もっと彼女と楽しく遊ばせるためだったのかもしれない。


 真実はどうあれ、彼をゲームに誘ったことは悪いことではない。


「どう? 楽しかった?」


 ルイズは数時間の勉強の息抜きに階段を降りると、まだゲーム機を叩き込むルックがいた。彼女の声かけに彼は顔を上げる。


「休憩か? 再戦をたのむ」

「いいわよ? 負けて泣いても知らないから」

「おれは泣いたことないんだが……」


 自信満々で彼の側に腰をかける。初心者に負けるはずがないとルイズは確信したのだから。ゲームだけではなく、成績もスポーツも同級生達に負けたことがない。それがルイズ・K・ケプラーという女だった。


 画面にGOのサインが出て、対戦が始まる。たった数秒でルイズの中に警告音が鳴いた。これは今までのヌルゲーではない、と。


「な……、ななな」

「十連勝だ」

「この私が……負けた……しかも全敗……?」

「よかった」


 むっとしたルイズは彼に文句を言ってやろうと彼に顔を向ける。すると彼の横顔は――きっと気のせいではない――微笑んでいる。

 じっと見つめられているのを察したのか、彼も彼女に向ける。


「楽しかった?」

「たのしい……? これが楽しい……か?」と彼は少し困惑した。

「わからないの?」

「いや……。父さんと母さんといるのはいつも楽しかったが、これとは違う気がする」

「でも今楽しそうだったわよ」


 そうか、とルイズは思う。早めに大人になって優しい目をする彼に不幸を感じないのは、強くて優しかった両親がいたからだ。


「そうか……、そうか。これが‶楽しい〟か。ありがとう、ルイズ」

「今、なまえ……」

「呼んじゃ、まずかったか?」

「いいえ」とルイズは狼狽えた。「初めて、呼んでくれたからよ」

「すまない」

「いいのよ。これからも楽しいことたくさんしましょう」

「ああ、よろしくたのむ」


 彼女は初めて彼と心が通った気がした。ビデオゲームで彼女の勝率がぐんと下がっていくのは、また別の話。

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