真実!の、め!!

SB亭moya

第1話 ヴィーナス誕生


 その瞬間にビビッときた!!

 脳味噌に、凄まじいエネルギーの電流が走った!!

 この一瞬! この絵を『撮る』ために自分は生まれたのだとすら思った!

 だから……シャッターを切った。




 ……ここは男湯なのにも拘わらず……





 * * * * *


 レンズの中に、何も写らなかった。

 いや、正確には、写ってはいた。

 

 街の夕暮れ。横断歩道を渡る人々。コンビニの明かり。

 だが、それらは『誰が撮っても同じもの』に見えた。


 シャッターを切る指が止まらないほどの反射神経を持つ少年、鳥越真実(とりごえまさみ)

 だがその速さこそが、僕の弱点だった。


 心より先に指が動き、光よりも早く欲を出してしまう。

 結果、そこに残るのは、完璧な構図の、空っぽの写真ばかり。


 ある日、写真部の先輩に言われた。


「鳥越、うまいけど……お前の写真、『何も感じない』んだよな」


 なんと苦い言葉であろう。目の前のこんなに美しい世界を、誰とも共有できないなんて。


「お、渡会のはよく撮れてるぞー。渡会、才能あるなー」


 今日も、評価をもらったのは同じクラスの渡会だった。


 こいつには何が見えてるのだろう。同じ景色を見て、撮っているはずなのに、何がこんなに違うんだろう?


「思うに鳥越はさ、カメラしか勉強してないからつまらないんだよ。もっと音楽とか、絵画とか、お芝居とか、そういうのに詳しくないと芸術って育たないと思うよ?」


 その通り、僕はフィクション(創り物)には興味がなかった。


 僕はどうして、写真という媒体を選んだんだろう……。


 帰り道、ファインダーを覗きながら歩いた。

 街灯が点く瞬間も、風がカーテンを揺らす瞬間も、全部、ただ撮れるだけで、撮る『理由』が無かった。


 祖父が遺した古いフィルムカメラを握りしめても、

 現代の街は、どこもかしこも『撮られ慣れている』


「僕にしか撮れない何かがあるはずなんだ。僕にしか見えない、現実を超えた現実が……」



 * * * * *


 暗がりで悩んでいるとき、写真家の祖父の家で聞いた言葉が、頭の裏で踊る。


真実まさみ。現実は、待っちゃあくれない。だからいつでも『準備』を怠らないことが重要なんだ。

 待っていれば、『現実』の方からお前にやってきてくれる。その瞬間は1秒かもしれないし、0コンマ1秒かもしれない。

 全ての要素、全ての色彩、全ての瞬間がパズルのピースのように一つになる時、それこそが現実を超えた『超現実』だ。

 超現実はどこで起きるかわからん。いつ起きるかわからん。だが、必ずやってくる。その瞬間を切り取れるように、常に『準備』をしておかなければならない」


 言い終わった瞬間、祖父は突然カメラを構えて何かを撮った。

 ……庭先にいた鳥が、羽ばたく瞬間だった。

 僕にはそれが……現実を超えた何か……『絵画的』なものに見えたのだ。


 * * * * *


 写真部のコンクールが始まるが、モチーフが浮かばない。

 皆、何を撮るかを決め、遠くに行く奴は汽車に乗り、近くのものを撮る奴はモデルの前で粘り強く演出している。

 ライバルの渡会は、モチーフを夕日に決めたらしい。


 僕は何を撮ろう……。

 決められないが、ただ待つことにした。『その一瞬』が目の前に訪れることを……。



 * * * * *


 目が疲れた。肩も凝るので銭湯に行った。


 ……じいちゃんの言いつけで、完全防水の小型カメラは肌身離さず持っている。中を撮る気はない。それは犯罪だ。


 ここの脱衣所一面に書かれている絵は、どこかの海辺の絵で、波打ち際と木が描かれている。


 絵画、か。

 良い景色だがしかし心に響くような絵では無い。



 銭湯は今日は非常に空いていて、親子連れ一組しかいなかった。


 子供の方は、図体が大きく、ただ生意気そうな顔が唯一の子供っぽさだった。

 父親は長髪で、引き締まった体をしている。


「わ」


 脱衣所から風呂場に行く時、薄い茶色の足拭きマットを踏んだ瞬間に違和感を感じた。

 いつ替えたのだろうか? 乾いているというよりも、ゴワゴワして固かった。

 どう洗濯したらこうなるんだろう……? 


 シャワーで体を洗い終わり、湯船に浸かろうとした頃には親子は脱衣所に戻っていた。

  

 父親の方は青いタオルで生意気そうな子供を拭き終わると、

 自分の体を拭きはじめた。それを子供が邪魔してくっついてくるので、手間取っている。

 なんとか自分の体を拭き終えると、父親は早くも子供を抱えたまま、自動販売機で牛乳を買おうとしているが、財布から小銭を取り出すのに難儀している。


 ありふれた、銭湯の日常だ。

 写真に切り取るまでもない。


 そこに、先ほどの生意気な子供らしき声が聞こえてきた。


「ねえパパー、女の人入ってきたよー」


 パパは、小銭に苦戦しているのか、何も言い返さなかった。


 確かに、脱衣所の方で物音がするので、誰かが入ってきたのだろう。

 

 ぼんやり、脱衣所の方を眺めていたら、すごい剣幕で誰かが入ってきた。


「鮎子! あんたもう服脱いじゃって……ここ男湯よ!!」


 え?


 と僕が思った瞬間には、脱衣所の扉が開いた。


 髪の長い全裸の女性が、足拭きマットを踏んだ瞬間に真実と目が合った。



 全裸の女性は咄嗟の恥ずかしさで大事なところを隠し、パリパリの足拭きマットを足の指で『捻る』と、花びらのようにマットが捲りあがった。

 全裸の女性の母親が、女性を隠すように真っ赤で大きなバスタオルを翻す横で……


 その光景を見た生意気そうな子供を抱え、青いタオルを身に纏っている長髪の父親が思わず牛乳を吹いた。


 真実の中で、『全てのピースが集まった』感覚があった。

 

 その瞬間にビビッときた!!

 脳味噌に、凄まじいエネルギーの電流が走った!!

 この一瞬! この絵を『撮る』ために自分は生まれたのだとすら思った!

 だから……シャッターを切った。




 ……ここは男湯なのにも拘わらず……


「あ! こら!!」

「キャー!」




 父親に怒鳴られ、女性に悲鳴を上げられたが僕は、山猫より早く風呂場から飛び出し、体も拭かずに瞬時に着替え、風呂場を飛び出した。


 あまりにもの速さに……その場の誰もが、何も言えなかった……。



 * * * * *


「お前……これ……」


 僕は、少しだけ躊躇ったが! その時撮った写真を先輩に見せた。


「『ヴィーナス誕生』だ……」


「……え?」


「これ!! ボッティチェリの『ヴィーナス誕生』っていう絵の、完全再現だ!! お前どうやってこれを撮った!?」


 先輩の鼻息が荒くなる。


「確かにこれは、犯罪だ!! しかし! これは……単なる実写版のヴィーナス再現じゃない。いや……

『別解、ヴィーナス誕生』と言ってもいい! 素晴らしい写真だよ! 鳥越!!」


 それが僕、『超現実写真家、鳥越真実』の始まりである。

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