いってはいけない
時輪めぐる
いってはいけない
堅実に生きてきた。大学の学費は奨学金で、生活費はアルバイトと時折の仕送りで賄った。両親の「金があると、人に言うな」という言葉を守り、半年前に宝くじの三億円を換金しても生活を変えなかった。金遣いが荒くなれば怪しまれる。だから、木造の古いアパートに住み続けている。
その日、気分転換に出掛けたが、途中で突然、心が不安定になり、意味なく涙が溢れた。悪寒がして早々に帰宅したが、鳥肌は収まらない。考え過ぎだ、きっと寒いだけ。風呂に入って睡眠導入剤を飲んで寝てしまおう。
湯船に湯を張り、シャンプーしていると、カヨを思い出す。
カヨは大学入学以来の親友で、育ちの良い子だった。生活が厳しい時、さりげなくランチを奢ってくれたり、「買えないでしょ」と専門書を貸してくれたり。無意識な優越感が鼻についた。私はお礼にノートを貸したり、授業を教えたりした。カヨはオカルト好きなくせに怖がりで「霊って取り憑くんだって」と震えていた。
背後で気配がする。泡だらけで目を開けられず、片目で鏡を見ると、何かが映った。慌てて泡を流し、見直すと私だけ。当たり前だ。湯船に浸かると、部屋で箱が開く音がした。勢いよく湯から上がり、大きな音を立てて浴室の扉を開けた。身支度して、部屋のガラス戸を開けると、カヨがいた。
「何でいるの?」
幾つかに分かれたカヨの体から血と水が滴り、床に転がる首が私を睨む。
「ゴボッ……リサ、ひどい」
喉から絞り出される声。
「何の、こと?」
口が渇き、膝が震える。
「信じていたのに」
カヨは初めて買った宝くじで三億円を当てたと話した。実家が裕福なのに、更に三億円? 不公平だ。お金持ちにお金は不要だ。私はお金が必要だけど、譲る気ないよね。だから、カヨが来た時、くじを奪い「ごめんね」と言って浴室で始末した。刻んで冷凍し、ゴミに出すつもりだった。部屋の箱は大型冷凍庫。
外出時から憑いていたの?
「アンタ、貧乏な私を憐れんでいたでしょ。貰ってもバチは当たらない」
私は正当性を主張する。
「許さない。親友だったよね」
カヨの手首がラグを掻きむしる。カヨがくれた物だ。
「許さないって、アンタもう箱の中じゃん」両手を広げ、肩を竦めた。
その時、ドアチャイムが鳴り、緩んだ顔が引き締まる。
夜分に誰? ドアスコープを覗くと、知らない中年女性と警官がいた。カヨが行方不明になって半年、防犯カメラの映像解析や交友関係など聞き込みを続け、携帯の位置情報で此処に至ったという。カヨが導いたのか。
「カヨは何処?」
母親が部屋を覗き込む。
「此処にいます」
箱の中だけどね。
警官が土足で部屋に踏み込んだ。
箱の開く音がして、天を仰いだ。
もうお終いだ。私の三億円はどうなるの?
いってはいけない 時輪めぐる @kanariesku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます