第6話 砂の王と涙の果実

 空は焼けるように白かった。

 足元の砂が熱を帯び、靴底を通して焦げつくようだ。

 氷の国から旅立って十日。俺とルーファス、そして新しく仲間になった少女エルナは、灼熱の砂漠を歩いていた。


「……水が、もう少ししかないな。」


 エルナが皮袋を手に言う。

 中を覗けば、底にわずかに光る水が揺れていた。

 この国――砂の王国サーレでは、水が“金より重い”といわれている。


『王が全ての水脈を支配している。民に与えず、税として絞り取る。』

 ルーファスの声は低かった。

『その代わり、王の庭には泉が湧き、果実が実るらしい。』


「民が渇いて、王が潤うか……」

 俺は小さくため息をついた。

「なら、まずはその果実を食わせてもらうとしよう。」


 城下町に入ると、地面の熱がさらに増した。

 家々の前では、子どもたちが干上がった壺を抱え、空を仰いでいる。

 その中に、ひときわ小さな声が聞こえた。


「お水……お水が飲みたい……」


 倒れかけた少年に、エルナが駆け寄る。

「大丈夫? 少しでいいなら分けられる。」


 皮袋を傾けると、少年は目を見開き、震える手でそれを受け取った。

 一滴、二滴――それだけで、彼の唇に笑みが戻る。


「ありがとう、お姉ちゃん……」


 その光景を見て、胸が締めつけられた。

 俺は決めた。

「この国にも、スープを作る。どんなに乾いていようが、料理はできる。」


 王宮の門は黒曜石でできていた。

 太陽の光を反射して眩しく輝く。

 門番たちは槍を構えたまま、俺たちを見下ろしていた。


「旅の料理人です。陛下に食事を献上したい。」


「料理人だと? この国では水を使う者は罪だ。」


 その声に、ルーファスが前に出た。

『この者の料理は、国を救う。王に会わせろ。』


 竜の威圧が放たれた瞬間、空気が震え、門番たちは慌てて道を開けた。


 王の間は、信じられないほど涼しかった。

 床に敷かれた絨毯は厚く、壁には水の流れる装飾。

 そして中央には、黄金の衣をまとった男が座っていた。


「異国の料理人と聞いた。」

 王の声は低く響いた。

「何を望む?」


「陛下の国に、料理を作る許しをいただきたい。」


「水を使うのか?」


「ええ。だが、わずかでいい。――命を潤す分だけで。」


 王は笑った。

「面白い。ならばこうしよう。もし私を満足させる料理を出せたら、この国の水門を一つだけ開く。失敗すれば、砂に埋める。」


「……ずいぶんと物騒な調理場ですね。」


 だが、引き下がるつもりはなかった。

 俺は頷いた。

「引き受けます。」


 厨房に案内されると、そこは石造りの牢のようだった。

 食材はほとんどない。塩すら高価で、香辛料は封印されている。

 だが、ひとつだけ異彩を放つものがあった。

 ――王の庭から運ばれた、透明な果実。


 指で触れると、表面がしっとりとしている。

 ほんのわずかに水分を含んでいるようだ。

 エルナが囁く。

「これ……“涙の果実”です。百人に一人しか口にできないって。」


「なるほど。王だけが飲む涙、ってわけか。」


 俺はナイフを取り出し、果実を切った。

 中から流れ出る液体は、確かに水よりも透き通っていた。

 その香りを嗅いだ瞬間、脳裏にひらめきが走った。


「これだ。」


 鍋に果実の汁を入れ、残っていた干し肉と塩を少量加える。

 火を入れると、液体が光を放ち始めた。

 水分が少ないため、通常なら焦げるはずだ。

 だが、俺のスキルが反応した。


【神饌調理発動】

【素材融合率:97%】

【生成物:涙の果実スープ】


 黄金色の湯気が立ち上がる。

 香りは甘く、どこか懐かしい。

 それは“渇いた者の記憶”を呼び起こす匂いだった。


 王の前に皿を運ぶ。

 侍従たちが息を呑む。

 王は銀の匙を手に取り、一口すすった。


「……」


 沈黙が広がる。

 長い時間のあと、王が小さく息を吐いた。


「なぜ、これほどまでに“冷たい”のに、温かく感じるのだ。」


「それが、“涙の味”です。」


「涙の……味?」


「ええ。誰かの悲しみを思い出した時、人は胸の奥が熱くなる。

 それは、心がまだ生きている証拠です。」


 王の手が震えた。

 その目尻に、一筋の水が光る。

 ウィンドウが開いた。


【特殊効果発動:感情再現/渇望浄化】

【対象:砂の王カルナス】

【結果:心的束縛解除】


 王の表情が柔らかくなり、椅子から立ち上がった。

「……思い出した。私は昔、井戸のそばで子どもたちと笑っていた。

 その笑い声を忘れたくなくて、水を閉ざしたのだ。」


 王は両手を広げ、侍従に命じた。

「水門を開けろ!」


 外から大地を震わせるような轟音が響く。

 長く閉ざされていた堤が割れ、砂漠のあちこちで泉が吹き出した。

 歓声があがる。子どもたちが走り出す。

 砂の上を、透明な水が流れていった。


 その夜。

 王城の屋上で、俺たちは街の灯りを見下ろしていた。

 エルナが笑う。

「見て、ユウタ。みんな、水を浴びてる。」


「ああ。これで少しは乾きを忘れられるな。」


『お前の料理は、涙さえも癒やすのか。』

 ルーファスの声が静かに響いた。


「料理ってのは、泣いたあとで食べるものさ。

 その方が、味がよくわかる。」


 風が穏やかに吹き抜け、果実の香りが夜に溶けた。

 遠く、泉の光が星のように輝いている。


 ウィンドウが現れる。


【称号:渇きを潤す者 を獲得しました】

【スキル:饗宴創造 → 祝祭精霊】

【新効果:料理によって自然現象を呼ぶ】


 俺は笑って空を見上げた。

「次は、風を呼ぶ料理でも作るか。」


次回 第7話「風の都と嵐の晩餐」


風が支配する都で、暴風を止める唯一の方法は――“香りを鎮める”こと。

嵐の中、ユウタが作る一皿が空を変える。

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