第4話 苦手だったんじゃないのか?

 …よし!これで少しは時間が稼げる。友美さん、壁際の机の一番下の引き出しを開けてくれないか?鍵は一番上の引き出しだ…


「…なんで伽耶ちゃんが…」


 声が詰まった。胸元から込み上げる悲壮感で涙腺が緩む


「…どうして…」


 …友美さん、すまない…


「いいわよ。謝らなくても…。ホントはあなたのせいじゃないってことくらい、わたしだって分かってるから…」


 その時、アランが異変を察知した。


 …友美さん、ドアから離れるんだ!早く!!…


「なに!?どうしたの?」


 今、入ってきたドアに目を向ける。すると先ほど掛けたデッドボルトの周辺の空間が歪み始めたのに気づいた。


「えっ!?」


 かすかに音も聞こえる。まるで高圧の蒸気が抜けるような「シュー」という音だ。その音が小さくなるにつれて今度は人の輪郭がうっすら見えてくる。それは徐々に少女の姿へと変わっていった。



 …お前が…榊友美か…


 少女が声を発した。



「だっ…誰っ!!ねぇ!何なのよ、あれは??」


 私は自身の中に宿っているアランに話しかけた。


 …香織だ。まさか、同化した身体から幽体離脱できるとは…


「香織さん…あれが…。でもなんで!?なんで私を…」


 …あとで話す…友美さん、私が時間を稼ぐから、君はその隙に[日記]を取り出してくれ!!見せたいものは私の日記だ…君が知りたい事は、全てそこに記されている…


 アランはそう言うと、例えるなら空気の塊みたいな存在になり、私の身体から香織の霊に向かって、まるで、空間を切り裂く音波の如く突進していった。


 彼の霊魂が、圧縮された空気を放出し推進力に変えたのだ。そして一気に香織の霊体との距離を縮め、そのまま彼女をデッドボルトを背にして抑えつけた。


 …友美さん、今のうちだ!!早く!!…


 …貴様ぁーっ、邪魔をする気かぁーっ!!…


(えっ!?あの子、目の前の霊魂が自分の父親だってこと、気づいてないの?)


「でも、今はそんな事より…」


 私は鍵を取り出し、一番下の引き出しを解錠した。日記を両手につかみ、アランに向かって差し出す。


「ねぇ!!アラン!!これでしょ!!これっ!!」


 …アラン…だと?…


 香織がこちらを睨みつけてる隙に、アランの霊魂が掻き消える。


 …チッ!榊友美の身体に戻りやがったか…


 すると香織もデッドボルトを引き抜いたあと、姿を消した。


「あっ、消えた」


 視覚的にいなくなったアランの霊魂に驚いたのも束の間、今度は私の意識の中で声がした。


 …ここだ。友美さんよく聞いてくれ。この書斎には、地下施設への『隠し通路』がある。一旦そこに避難しよう…


「分かった…今はあなたの提案に乗ってあげるわ。でも覚えておいて。何よりも、私の大事な後輩…伽耶ちゃんに取り憑いた香織さんの霊だけは絶対許せない!!アラン…例えあなたの娘だとしてもね…」




 私は本棚の前に立った。


「どれよ?」


自身の中にいるアランに問いかける。


 …上から3段目の真ん中あたり…そう、それだ!その背表紙の鷹の絵が繋がるように描かれた3冊の本だ。それを全部抜き取ってくれ。その奥にハンドルがある…


「これか!」

 私はハンドルに手をかけ左に回す。すると、それに連動して本棚上下のボルトのロックが外れた。


 …さぁ、右端を少し強く押してくれ。回転ドアの原理だ…


 本棚の端に両手を当てて強く押す。中央を軸にして、まるで重い石臼を回すような、ゴリゴリと摩擦する音を立てながら本棚が回転した。


 中へ入り、今度は裏側から備え付けられている手動のボルトをスライドさせる。


「よし!とりあえず、これで大丈夫だね…」


 …安心するのはまだ早い。香織がこの隠し通路の存在に気付いた場合、先ほどと同じようにまず幽体を離脱させ、この中に入りボルトを外すだろう…


「じゃあ、早く見なくちゃ!!アラン、ライトはどこ?」


 私は、手に持っているアランの日記を広げた。


 …ライトは持っていない…


「じゃあ、これは?」


 次に、壁に掛けられている石油ランプを指す。


 …それも燃料や芯の劣化が進んで機能しないだろう。だが…


 アランはそう言うと、先ほどと同じように空気の塊になって、私から離脱した。


 刹那、私の視界の一部の空間が歪んだのが分かった。そして、今度はその空間がだんだんと明るくなり始める。


「わっ、凄っ!!なにそれ?…人魂?」


 …私の霊気を実体化させてみた。予想通りだ。あたりが照らされたな…


「へぇ〜…ホントになれるんだ。人魂って初めて見たかも。あなた、いよいよお化けっぽいね。でも実体化って…人のカタチになっていないわよ」


 …はぁ〜。それにしても友美さん、幽霊は苦手だったんじゃないのか?…


 アランは呆れた口調で聞いてきた。


「もちろん、そうよ。でも…なんか、アランならいいかもって感じがしてきた」


 …私の株が上がったってことかな?…


「フフ、そうね」


 日記を広げた。分かっていたが、全文英文だ。私は英文を読めないし書けない。だが、なぜか理解できた。


 アランは、さすが私に憑いているだけあって、その心情を見抜いている。


 …君が日記を読めなくても、私が一緒に見てるから分かるんだよ。友美さん、ここに書かれた事は事実だが、私は全てを記する事が出来なかった…


「…ひょっとして、さっき言ってた…」


 …そうだ。私と香織は、この屋敷の地下施設で殺された…


「アラン…」


 …友美さんが日記を読むペースに合わせて、死後に体験した私の記憶を補足して君に同調させる。今から観せる映像は私が感じた香織の体験だ…

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