* 【シーカーズ・センス】呪われた洋館と 100年の人体実験 * 「霊感の暴走」が私を天才にも廃人にもする。戦うほどに、私は私でなくなっていく

鬼束アラン

第一章

榊友美《さかきともみ》

第1話 やばい奴かも…

 私は後輩看護師の生村伽耶いくむらかやに誘われ、ある古い洋館へ行く事になった。


 しばらく歩いた後、間もなく洋館に到着という時に、目の前の空間がグルグルと音を立ててねじ曲がった。


「えっ、なに!?」


 歪んだ空間が元に戻ると、そこに散切り頭の武士が姿を現す。その男は、私の胸ぐらを掴むと、そのまま歩道脇の側溝へ叩きつけた。


「ぐわぁぁーっ!!」


 …久しぶりだな…榊友美…


(ひっ!!!!)


 歳は30前後くらいだろうか?その武士は明らかに現代人とは異なる風貌で、着物を時代劇の遊び人風に着崩している。ナフタリンのような香りが鼻をついた。


「ぎっ…ぎゃあぁぁぁーっ!!!!…おっ…お化けぇぇーっ!!!!!!」


 全身の血の気が一気に引いた。心臓が、まるでライブ会場の最前列にいるかのような大爆音を奏でる。


 …銀次だ…その様子だと俺のことを覚えてなさそうだな。そして、お前が奴の目指す最終形態だったとはな。…まぁいい。榊の末裔も、とうとうお前一人となった。覚悟しておけよ…


「…えっ…?」


 そう言い残すと、「銀次」と名乗る男は、まるでマイクがハウリングを起こしたような、不快な高音波と共に一瞬の残像もなく姿を消した。


「はぁはぁはぁはぁ…はぁはぁ…」


(なに!?今の…。最終形態って?…)


 男の言葉は、私の知る現実と、あまりにもかけ離れていた。だが、その言葉が持つ危機感だけは心臓の爆音として刻み込まれている。


 目の前で起きた事を把握しきれず、脱力してその場にしゃがみ込んでしまった。


 あたりを見渡す。街を行く人達は、誰もこちらを気にする様子を見せない。ふと、隣にいるはずの伽耶に目を向けたが、彼女もまた何事もなかったかのように数歩先を歩いている。

 

 私はあまりにものショッキングな出来事に、しばらくその場を動けずにいた。異変を感じたのか、伽耶がこちらに振り向く。


「あれ?…先輩、どうしたんですか?」


 彼女は、呆然とした表情でしゃがみ込んでいる私を不思議そうに見た。


「かっ、伽耶ちゃん…わっ、私、今っ!!」


 たった今、起こった状況を説明しようとしたが、気持ちが感情に追いつかず、次の言葉を紡げない。


 伽耶は少し首を傾げたが、この状況を、まるで故意に収束させるように話をすり替えた。


「先輩、すみません。夜勤明けで疲れてるのに付き合わせちゃって」


「えっ!…あっ…ああ。い、いいのよ。……それにしても伽耶ちゃん、ホント好きだよね。こういうの…」


 そういえば、最近SNSとかで心霊スポットの肝試しとか流行ってるし、伽耶もそうした情報収集に余念がない。


「はい!…あー、でも心配しなくていいですよ。私、護身術習ってたんで、先輩が幽霊とかに襲われそうなったら……えい!やぁーっ……」


 伽耶はそう言いながら、いきなり私の顔面めがけて正拳を繰り出してきた。


 あまりの速さに、目をつぶる間もない。彼女の腕が、まるで暴走車の急停止のように、顔の真横でぴたりと止まった。時間差で発生した気流が左頬をかすめる。


「……って、守ってあげますからね」


(…へっ!!)


 突然過ぎて一瞬、思考が停止する。私はその間、伽耶の顔を直視していた。彼女は…真顔だった。


(ちょっ…ちょっと待って…今、私、殴られ…かけた?)


 伽耶は、先ほどとは真逆に満面の笑みを浮かべた。そのギャップに心の底からゾッとする。


「かっ…伽耶ちゃん、あなた…どうしちゃったの?」


「何が?」


 そして、今度は氷のように冷たい眼差しを私に向けた」



 洋館の正面ドアには、羽ばたく鷹をモチーフにした立派なエンブレムが飾られている。当然、施錠もされているはずだ。しかし伽耶は躊躇なくドアノブを回し始めた。


「ちょっと伽耶ちゃん、何やってるの!!」


「やっぱダメか…」


「そんなの鍵が掛かってるに決まってるでしょ!!」


 なんだか…胸のあたりがゾワゾワし始めた。


(…やっぱり…今日の伽耶ちゃん、ちょっと変だ…)


「先輩、裏へ回りましょう」


 裏庭に出ると、二階部分にテラスらしきものが見える。さらに、そのテラスの窓が少し開いているのが分かった。


 ただ気になったのは、伽耶の無駄のない動きだ。先ほどの正面ドアから裏庭までの動きが実にスムーズなのだ。


「あのテラスから行けそうですね」


「だから駄目だって!!」


「よいしょっ……と」


 伽耶は、あっという間にテラスへ登り切る。その彼女の常人離れした身体能力に驚かされた。


 不意に、先ほどの銀次とかいう奴のセリフを思い出す。


 ''榊の末裔も、とうとうお前一人となった。覚悟しておけよ''


 確かにそう言った。


(榊の末裔?…言われてみれば、私は銀次という男を知っているような気がする。まさか、この館に何か関係があるとか?)


 咄嗟に、伽耶の後を追おうとした。…だが同時に1秒でも早くここから逃げ出したい衝動にかられる。 

 それは自身が抱える、過去に起こったトラウマに対する防衛本能に違いなかった。


 19年間…私がまだ6歳の頃だ。唯一の肉親である父、圭佑が不慮の事故で一時、意識不明の重体になった事がある。長年忘れていたが、その時感じた超常現象と、今回の奇妙な出来事は、かなり酷似している。 


 私は、そのトラウマを払拭させて自身と向き合う為にも、やはり伽耶のあとを追う事にした。


 テラスに渡り、片面開いた掃き出し窓から室内を覗くが、中は真っ暗で何も見えない。


「伽耶ちゃん?」


 呼びかけるが応答はない。私は恐る恐る室内へと足を踏み入れた。


 暗闇に目が慣れてくると、部屋の片鱗が見え始める。それは思ったより広かった。二方の壁沿いに、それぞれ床から天井まで本棚が設置されている。だが、肝心の本はまばらだった。


「ようこそ、榊友美さん。待ってましたよ」


(えっ!?)


 ビクッとした!! 声のする方へ目を凝らすと、中央のソファーに動く人影が見えた。若い男だ。


「あなた…誰?何で私の事を…」


 静まり返った空間に私の声だけが響いた。


生村聖也いくむらせいや、弟です…伽耶の。姉ならすぐそこにいます」


 聖也は、部屋にいくつか設置してあるうちの、ひとつのローリングラダー(移動式の梯子)に目を向けた。そこには、その上部のステップに腰をかけて、こちらの様子を眺めている伽耶の姿があった。


「えっ?…伽耶…ちゃん!?」


「心配かけてごめんなさい。どうしても先輩をここに連れて来たかったんですよ」


「あなた達、姉弟!?なんなの二人して…どういうつもり?」


 私の問いに伽耶は静かに口角を上げた。


「聖也ぁーっ!!もう、いいよね。バラしても」


「…ああ。そうだね」


「…どう言う事?」


 私は訝しがりながら彼を見た。


「唐突で悪いが、友美さん、実はあなたの一族に恨みをもっている人がいるんです。なので、わざわざこの館にご足労頂いたって訳なんですよ」


「はぁあ…?」


「だから、今からそちらへあなたを転送する」


 聖也のセリフに、私は思わず顔を歪めた。


(わぁーっ、この聖也って奴、いきなり、なに言ってんの?ちょっとヤバい奴かも…これは付き合ってられないな…)


 伽耶にも一瞥を向けた。


(伽耶ちゃんもいつもと様子が違うし…こいつはとっとと退散した方が良さそうだな。触らぬ神に祟りなしってやつだ)


 私は踵を返した。


「悪いけど、帰る。伽耶ちゃんもいい加減にしてよね。私、疲れてるんだから!あなたたちのくだらない遊びには付き合ってられないわ。さようなら」


「友美さん!!」


 聖也が呼び止める。振り向くと、すでに彼は私の真横にいた。


「えっ!?」


 どういう原理か分からないが、聖也はまるで瞬間移動でもしたかの様に、一瞬のうちに私との距離を詰めたのだ。


「遊びじゃないですよ。これから、榊一族の因果を終わらせるつもりです」


 彼がそのセリフを、耳元で静かに発した。…と同時にみぞおちに激痛が走る。   


「ぐわっ!!」


 生温い唾液が喉元から込み上げ、口内に鉄の味が広がった。


 聖也の、常人とは思えないスピードと身体能力に度肝を抜かれたのも束の間、私はそのまま吹き飛ばされ、部屋の隅にあるローリングラダーに直撃する。


「榊友美さん。あなたが終着駅です。あなたには果たさなければならない宿命がある」


 薄れゆく意識の中、聖也の言葉が、頭の中でリピートされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る