第2話 トーナメント

 今日はなんらかの大会に出る日だ。微に入り細を穿つ、何をするにも準備が必要なので、俺はこれまでトレーニングに励んできた。

 今日行われる大会がスポーツなのか、ゲームなのか、何も情報がないのでとにかく色々な準備をしてきた。『なんらかの大会で勝たせてください! なんらかの景品が出るはずなので、勝利した暁にはお供えします!』と、毎日のように神社を参拝したし、情報を集めるために全国の図書館を行脚してきた。手当たり次第に本を借りながら移動する日々。『返却期限を過ぎてます!』と謎のイタズラ電話が毎日のようにかかってきたが、電話代は相手負担のはずなので毎回なるべく引き伸ばしてやった。


「よぉ、サトシ。お前も今日のなんらかの大会に出るのか?」

「お前は、ライバル的ポジションのサトル!」

「私もいるわよ」

「特になんのエピソードもないのにヒロインポジションに収まってるサトミ!」

「俺もいるぞ!」

「マサトシ! 特筆するべきことが全くないことが逆に特徴となっている悲しき生物なまものマサトシ!」

「あらあら、そんなモブ共よりも、私に注目すべきではなくて?」

「中古の軽自動車に乗ってるくせにお嬢様気取りのサトコ!」


 四年に一度のなんらかの大会とだけあって、全国津々浦々からツワモノ達が集ってきたようだ。皆、見違えたぞ。相当なんらかの修行をしてきたに違いない。十歳から十四才まで一度もあっていないから、見違えるのは当然と言えば当然かもしれないけども、とにかく見違えた。マサトシに至っては以前のフォルムを思い出せないから、見違えたと言えるか怪しいもんだが。


「残念だけど、貴方達の優勝はないわ」

「お、お前は……心が読めると自称しているサトリ!」

「なんらかの大会がなんの大会であろうと、心が読めるということはほぼ確実にアドバンテージになるわ」

「くっ……」


 今回の大会、一筋縄じゃいかなそうだ。ちなみに前回の大会は将棋だったのだが、心が読めても地頭が悪いサトリは初戦敗退となった。俺は全てのコマを飛車にするというイカサマが不運にもバレて、一年ほど国外追放された。お金配りおじさんと共に宇宙を漂流する日々だった。




 いよいよなんらかの大会が始まった。初戦の相手は教師だ。この大会が社会人としての能力を競う大会なら、俺の勝ちは確定だろう。教師は社会人と呼ぶのもおこがましい存在だからな。十人中九人は横領してるに違いないし。


「レディ……ゴー!」


 審判が勢いよく開始の銃を発泡する。流れ弾で観客が一名ほど貫かれたが、一人なら大量殺人じゃないので問題じゃない。今問題なのは……。


(初戦だから、何をしていいかわからん!)


 お互い身動きが取れず、睨み合う俺と教師。視線が交わる時間が長すぎたのか相手の顔が紅潮しはじめたが、審判からは特になんの宣言もない。つまりルール上問題はないということだ。だが人として問題がある。同性愛に対する偏見はないが、自分がその対象になった場合は話が別だ。今すぐにでも殴りかからざるを得ないだろう。

 だがこの大会で武力行使が認められているかどうか、その保証はない。なんらかの大会にルールブックなど存在しないし、審判や主催者でさえ全くルールを把握していない。前回の将棋は異例中の異例だったのだ。


「キミの着ているシャツ……」

「な、なんだ?」


 教師が不意に俺を指差し、厳密には俺の服を指差し、何か話しかけてきた。


「前後が逆じゃないか?」

「ぐっ……!」

「ヒット! 一ポイント!」


 教師のモラハラによって、一ポイント先制されてしまった。幸先が悪いが、今のやりとりでおおよそのルールを把握することができた。これは相手の心を折る勝負だ。


「アンタのお袋さん、一日中デパ地下の試食巡りしてるぞ!」

「うぐっ……」


 世間体を気にする教師に身内の恥ほど刺さる攻撃はない。生徒の人生がどうなろうと知ったこっちゃないが、自分の名誉はかすり傷一つで大騒ぎする生き物だからな。


「ノーカン!」


 両手をクロスし、ポイント無効を宣言する審判。当然俺は食い下がる。


「え!? 今のは有効打だろ!」

「テクニカルファウル! イエローカード!」


 俺の反論が気に食わなかったらしく、イエローカードを勢いよく叩きつける審判。


「イエローカードで済むのはここまでだ。いいね?」

「……はい」


 どうやら今のやりとり一つで退場スレスレだったらしい。審判が私情を挟むことで有名なのは知っていたが、まさかここまでナーバスでセンチメンタルな審判が担当だとは思いもよらなかった。


「大人に従うべきなのだよ。サトル君」

「俺はサトシだ。教師が子供の名前を間違えるなんて、アンタに教員を名乗る資格はない!」

「自分の学校の生徒以外知ったこっちゃない! いや、自分の生徒でさえ知ったこっちゃない!」

「退場! 人として退場! 死刑!」


 審判の凶弾が教師と、観客を貫いた。どうやらこの審判はモラルを重視するタイプだったらしい。


(実質不戦勝のようなものか……。だがこの経験はきっと俺を優勝に導く)




 この大会の全貌を掴んだ気になっていた俺だが、二回戦目でサトミに局部を蹴り飛ばされてあっさり敗退した。敗因は暴力が禁止されていないということを見抜けなかったことだろう。余裕ぶっこいて二回戦目まで昼寝をしていたことが原因だな。聞くところによると、俺と教師の試合以降は常に救急隊員が動き回る事態だったらしいし。そう考えると、三日ほどの入院で済んだ俺は幸運だったのかもしれない。

 ちなみに今回の大会はダンス大会だったらしい。ダンス以外が禁止されていないから、相手をノックダウンする大会になってしまったようだが、まあ大した問題じゃないだろう。次の大会では絶対に俺が優勝してみせると、この大会で亡くなった二十五名の選手達に誓いを立てた。

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