第46話 陸軍閲兵式






この日、私は陸軍の閲兵式えっぺいしきに向かうべく、風力自動車でウルスタインの郊外にある陸軍演習場に向かっていた。


陸軍演習場は、広大な敷地が必要な点と、一角獣ユニコーンによる水陸両用の訓練が必要になる都合上、住宅地に向かない河川沿いの氾濫原はんらんげんに置かれている。


風力自動車で30分ほど走ると、陸軍演習場に到着した。


演習指揮所の建物正面にある車寄せに停車すると、水色の髪と目が特徴の女性が外で立っていた。

なんと、陸将りくしょうであるクオン自ら迎えてくれたのだ。


「リヒトさま。本日は私たち陸軍の閲兵式にお越しいただき、ありがとうございます。光栄だと、兵たちも喜んでいましたよ。」


クオンは、軽く敬礼した後、いつもの穏やかな笑顔で話しかけてきた。


「クオン自らとは申し訳ないな。忙しいだろうに。」

「ふふっ。待たされるのには慣れています。も、そうでしたから。」


何か面白い冗談を口にしたかのように、クオンは口元を手で隠しながら、くすくすと笑った。


あの時……?






――――ゆ、一角獣ユニコーン騎乗の修了試験の話か!?




「ク、クオン殿――じゃない、クオン!それを持ち出すのは酷いぞ!」


思わず、昔の呼び方に戻ってしまった。


「あらあら、私は“あの時”としか言っていませんよ。リヒトさまは、一体いつのことが頭に浮かんだのでしょうか。」


そう言ってはぐらかされる。

私の周りにいる警護隊のメンバーは、「いったい何の話だ?」と顔を見合わせている。


ク、クオンは、とても聡明で慈悲深く、大人の余裕にあふれた女性なのだが、時折ときおり余裕にあふれ過ぎていて、私でも手玉に取られる時がある。


そんな私たちの様子を見て、クオンはとっておきの悪戯いたずらが成功したような、満面の笑顔を見せるのだった。






定刻となったので、クオンの部下が控室のドアをノックし、入室してきた。


「総裁閣下、陸将閣下!閲兵式の準備が整いました!」


控室を出て、クオンと共に演習指揮所の廊下を歩き、バルコニーに出た。


すると――




「――――――――」


目の前に、見渡す限りの軍服を着たエルフたちが並んでいた。

中には、一角獣ユニコーンに騎乗している者もいる。


40年前は150騎程度しかいなかったが、今は比べるのも馬鹿らしくなるくらいの大軍団に成長していた。

これも、保育施設の拡充や、乳児死亡率の低下を目的とした医療衛生改革など、私が最優先で進めている人口拡大政策の効果である。


あと、単純に、人族に追われる流浪るろうの民の生活から、仮初かりそめではあるが、ウルスタインという安住の地を手に入れたことも大きい。

人は、明日をも知れぬ極限状況では、なかなか子供を産み育てる余裕は生まれないものである。


まあ、副作用により、年齢別の人口構成比が40歳未満に偏っているが、裏を返せば、私がエルフ社会の頂点にいる時代しか知らないエルフたちである。


事実、目の前のエルフたちからは、私が気後れするくらいの忠誠心と士気がバシバシと伝わってくる。


「ふふ、壮観ですね。リヒトさまがいなければ、今ごろ私たちエルフは滅亡していたかもしれません。今はその真逆で、かつての祖国時代には及ばないものの、徐々に勢力を取り戻しつつあります。」


隣に立つクオンがつぶやいている。


確かに壮観だ。

全員が、私やクオンと同じ軍服を着ており、直立不動で立ち並んでいる。


私が、エルフ社会の公職と軍属に軍服の着用を義務化しているのは、ひとえにエルフ社会全体の団結力向上のためだ。


私は、国家と国民、そして指導者が一体であればあるほど、国は強くなると考えている。

言語や文化は、それを後押しする道具でもあり、軍服着用による同族意識の強化は、その一環でもある。


それに、いくさは1人では決してできないのだ。

運命を共にする部隊と戦友が側にいてこそ、兵士は戦うことができる。


前世で従軍経験のある私は、それを身に沁みてよく知っていた。




「総員、傾注けいちゅう!!本日は、私たち陸軍の最高指揮官であるリヒト総裁に、私たちの姿をご覧いただく栄誉をたまわりました。歩兵は一糸乱いっしみだれず、騎兵は人馬一体じんばいったいとなり、日頃の訓練の成果を示すように!!」


まず、クオンがバルコニーの前に歩み出て、陸軍を率いる陸将として、本日の閲兵式における訓示を始めた。


その姿は、先ほどまで私をからかっていた姿とは打って変わって、まさに“湖の乙女おとめ”と尊称されるに相応ふさわしい、戦女神いくさめがみのような凛々しいものである。


クオンは、その美貌もあって男女を問わずファンが多く、何を隠そう私の妹であるユウナもその1人だ。

実際、居並ぶ兵の中には、クオンの姿を見て明らかに士気が上がったように見える者もいた。


その後、クオンは訓示を続けたが、実に堂々とした姿である。


これは、私も気合いを入れて臨まないとな。

全軍を率いる総司令官――総裁として、しっかりと皆を鼓舞こぶしなければ。




「リヒトさま、お言葉をかけてあげてください。」


クオンのその呼びかけに、私は頷いた後、クオンと入れ替わるようにバルコニーの先端へと歩み出て、立ち並ぶエルフたちの前に姿を見せた。


すかさず、クオンの部下2人が駆け寄って来て、私の両側から、風魔法で声を遠くまで運ぶ手助けをしてくれる。




「諸君、日頃の訓練、大義である。皆の勇壮ゆうそうな姿を見ることができて、私は非常に嬉しい。」


「今日の閲兵式では、皆の訓練の成果を存分に見させてもらおう。だが、その前に、私から少しだけ話をさせて欲しい。」


「知っての通り、我々エルフは、150年以上に渡る人族からの迫害を受け、一時期は滅亡寸前にまで陥った。諸君の祖父母や父母、兄姉けいしにおいては、実際に人族にさらわれ、あるいは殺された者も大勢いるだろう。」


「だが、我々は変わりつつある。かつては蹂躙じゅうりんされる同胞を目の前に、ただ何もせず指をくわえて見ているか、涙をこらえて背を向けるしかなかった。しかし、いまや我々は、風魔法と一角獣ユニコーンを武器に、人族に対して互角以上に戦えるようになった。」


「その証拠に、人族によるエルフの被害は、昨年で10年連続ゼロになった。これも、ウルスタイン周辺を巡回し、監視任務に就いてくれている諸君の努力の賜物たまものだ。エルフ社会を代表する者として、心からの感謝を伝えたい――ありがとう。」


私の感謝の言葉を受けて、直立不動だったエルフたちが、かすかに身動みじろぎした。

私の言葉は決してリップサービスではなく、動かしようのない事実だ。


飛竜による哨戒飛行はとても有効だが、森の中など、どうしても見落とすポイントは発生する。

その穴を埋めてくれているのが、一角獣ユニコーンと歩兵による監視任務であり、空と地上の二重の警戒により、いまや人族によるエルフの被害を完全に抑え込むことに成功していた。




「諸君は、我々エルフにとって、槍であり、盾でもある。我が種族の存亡は、ひとえに皆の努力と献身にかかっているのだ。そのことを、どうか覚えていて欲しい。」


「そして、同時に忘れないでもらいたい。諸君が全力を発揮できるよう、環境を整えるのが、我々上層部の仕事である。半年以内には、最新設備を整えた兵舎も完成する。田畑の開墾かいこんも進んでおり、来年からは食料のさらなる増産も期待できる。」


腹が減っては戦はできない。

そのあたりも、抜かりなく手を回す予定だ。

ここだけの話、来たるべきに向けた、携行保存食の研究開発も完了している。




「私は、諸君の活躍を期待している!!ゆえに、諸君も私のことを期待していて欲しい!!私と諸君は、単なる主従関係ではない――共にエルフ社会を守護する、同士なのだ!我が種族の興亡こうぼうは、ひとえに私を含めた、我々の勇気と努力にかかっているのだから!!」


「そして、共に勝ち取ろうではないか!!もう誰にもおびやかされることのない、エルフによる、エルフのための理想郷を!我々の――――この手で!!」


私は古代エルフ語に切り替え、握り拳を高々と掲げて、力強く呼びかけた。






『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』






すると、すぐに目の前の兵士たちからも、あふれんばかりの声が上がった。






『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』




『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』




『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』

『ラー・エルフ・ゲイン!!(エルフに栄光あれ!)』







そのかけ声は、いつまで経っても止むことなく、私が背中を向けてバルコニーの奥に入ってからも、後ろから高々と響き渡っていた。





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