第38話 40年後の未来






「お待たせしました。ミレイ殿。」


リヴィアとの話を終えた私は、エルフ語に切り替えてミレイ殿と向き合った。


「あの……。リヴィアさんと口論になっていたみたいですが、大丈夫でしょうか?」


ミレイ殿は目隠しをしているし、大陸共通語も分からない。

それでも、声のトーンで不穏な気配を察したのだろう。


「ご心配をおかけしました。それで、ミレイ殿。あなたのことですが……」

「――――っ!そうです!早く、早くここから出してください!」


そう訴えかけてくる。

私は、心を鬼にして伝えた。


「ミレイ殿。残念ながら、今の私たちにあなたを解放する力はありません。」

「なっ――――!?」


ミレイ殿は絶句した。

私はあえて淡々とした言葉で続ける。


「ご存知の通り、我々エルフは殺傷目的による風魔法の行使を禁じられています。あなたを連れて逃げれば、必ず人族と衝突し、戦闘になるでしょう。そうなれば、全員共倒れです。」

「そ、それは…………」


もちろん、私とリヴィアは、本当に追い詰められれば、人族の街中であっても風魔法で戦うことは可能だ。

2人とも、とっくの昔に戒律など破っている。

しかし、目の前のミレイ殿はそのことを知らない。


「お許しください、ミレイ殿。私たちは、何としても無事に帰還して情報を持ち帰り、これ以上の犠牲者が出ないよう、一刻も早くテネス殿の移住計画を阻止する必要があるのです。テネス殿は、将来的にあと270世帯のエルフをこの街に送り込もうとしています。」

「そ、そんな……。270世帯も……!?」


ミレイ殿は、自分たちと同じ悲劇が、より大規模になって繰り返されようとしていることを知り、悲嘆の声を出した。

送られるエルフは全員、ミレイ殿と同じハイライン氏族だ。

もしかすると、親族や友人もいるかもしれない。


「ミレイ殿。私たちの力不足を、お許しください。」

「……………………」


ミレイ殿は何も言い返すことができないのか、あるいは現実の過酷さに心が折れたのか、顔をうつむかせたまま、再び口を開くことはなかった。


「ミレイ殿。あなたが囚われている証拠として、髪の毛を少しだけいただきます。よろしいですね?」

「……………………」


やはり、ミレイ殿は何も答えない。


私は、そっと風魔法を発動し、ミレイ殿の髪の毛を少しだけ切り取って、手元に収めた。




これ以上、この場にいると未練が残るだけだ。

私はリヴィアに目配せをして、意識を失っている係員と護衛を起こすべく、一歩を踏み出さそうとした。


「………………」


本当は、不確かな希望など与えるべきではないと分かっている。


しかし、私の口は自然と言葉を発していた。






「――――50年……いや、40年です。」


ミレイ殿が、かすかに顔を上げる気配がした。


「今から40年後、私は力を付けて、再びこの街にやって来ます。もし、その時にあなたがまだこの街にいたら、今度こそお助けしましょう。」


人族にとって、40年という虜囚りょしゅうの身は、ほとんど死刑宣告を受けたようなものだ。

だが、1,000年の寿命を持つエルフであれば、あるいは――




私とリヴィアは、そのまま係員と護衛の元に行き、頬を叩いたり、肩を揺すったりして覚醒を促した。


5分ほどすると、ちょうど催眠効果が切れる時間ということもあり、ほぼ2人同時に目を覚ました。


2人は慌ててミレイ殿の方に目をやるが、そこには変わらず、目隠しと手枷をしたミレイ殿がいる。

ほっと胸をなで下ろしたのが伝わってきた。


『突然、眠り始めたのでびっくりしました。ここ最近、エルフの大量売買で過労が続いていたでしょうから、疲れが溜まっていたのでは?』


私は、大陸共通語に切り替え、あたかも2人を心の底から心配しているような声音こわねで語りかけた。


『あ、ああ……。ありがとう。いや、ありがとうございます。お恥ずかしい姿をお見せしました。』


係員の男が返事をする。


もちろん、突然の意識消失を不審に感じているだろうが、仮にそれが私たちの仕業だったとしたら、肝心のエルフをそのままにして、わざわざ自分たちを起こすようなことはしないと考えるだろう。


事実、係員の男は何か言いたげにしていたが、結局、私たちがそれ以上の追求を受けることはなかった。




奴隷市場の受付で保証金の返還を受けて、リヴィアと一緒に建物から出た。


当初の目的は全て達成した。

あとは速やかに、この街から出て、エルフの集落へと帰るのみだ。


私とリヴィアは、お互い無言で南門へと歩き、行きと同じ門をくぐって、無事に領都レスターの外へと出た。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る