第19話 二つ星の洗礼と地獄への招待状

 俺は新品のスーツに身を包み、再び『御料理 ふじ井』の分厚いヒノキの扉の前に立っていた。


(よし! 完璧だ。これで文句は言わせねぇぞ)


 先ほどの子汚い姿とは別人の、精悍なビジネスマン然とした俺に、店のスタッフは当然気づいていない。


 店のスタッフは、すぐに笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。ご予約はされていらっしゃいますか?」


「いや、していない。カウンターでいい」


「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 俺は店の奥にあるカウンター席に通された。目の前は、清潔感溢れるオープンキッチンだ。スタッフの動きは洗練されており、足音一つ立てない。


 厨房では、白いコックコートを着たサナが、他の料理人たちに手際よく指示を出している。その姿は、ダンジョンでスライムを茹でていた時とは比べ物にならないほど凛としていた。


 調理の合間、こちらに気づいたサナが、にっこり笑いかけてくれた。



「サナちゃん、すごいな。まるで料理長みたいじゃないか」


「いらっしゃいませ! 悪食オヤジさん! わあ、本当にスーツ着てくれたんですね! やっぱり似合います!」


「ああ、サナちゃんの言う通りにした。これで文句は無いだろう」


「もちろんですよ! って、オヤジさん」


 サナは俺を見て、いたずらっぽく笑った。



「わたしのこと、料理長みたいって……わたし、料理長ですよ?」


「えーっ!」


 思わず大声を上げてしまった。俺の隣で食事をしていた客が、驚いてこちらを見る。


 サナはどう見ても二十代半ばだ。まさか、この都内屈指の二つ星店で、そんな彼女が料理長だったなんて。


「いや、いくらなんでも若いだろ。料理長って、もっと貫禄のある、おっさんじゃ」


「失礼な! 腕が全てですよ! 今日は特別に、二月の季節の特別コースをご用意しますね!」


 俺は席に座ったまま、まるでライブを見るように、サナの調理を眺めた。


 まず運ばれてきたのは、透明な器に盛り付けられた一品。


「豊後水道のふぐの薄造り、ポン酢ジュレと河川敷のおろしクレソン添えです」


 サナはそう言って、クレソンを指差した。


「河川敷の……!」


 思わず笑いが込み上げてきた。俺のDIY城の裏側で採れるクレソンが、二つ星の高級料理として提供されている。


 口に運ぶと、薄造りのふぐの繊細な旨味が、ポン酢ジュレの酸味とクレソンのほのかな苦味で引き立てられ、舌の上で溶けていく。


(うめぇ……! サナちゃんの料理は、やっぱり本物だな)


 続いて。


「近江牛とフォアグラの春菊ソース仕立てです」


 そして


「丹波篠山産黒豆と金柑のデザートをご用意しました」


 季節の食材を使った創作料理が次々と供される。


 サナは皿を出すたびに、料理の説明をしてくれた。その口調は、ダンジョンでキングラットを捌いていた時の真剣さと同じだった。


 「この春菊のソースは、肉の臭みを消し、旨味だけを引き出します。悪食オヤジさんのキングラット料理で学んだ技術の応用です!」


 すべての料理が美味い。こんな豪勢なランチを食えるなんて、今日は本当にいい日だ。


(今日は、調子に乗って、ちょっといい酒を飲むか)


 俺は、近くにいたソムリエらしきスタッフに声をかけた。


「おい、そこのお兄さん」


「はい、お客様」


「この料理に合うワインと日本酒を、それぞれ一杯ずつ頼む」


「かしこまりました。お肉料理には、ボルドーの熟成された赤をグラスで。デザートには、山田錦を使った吟醸酒を冷やでご用意いたします」


 俺は、ソムリエとの洗練されたやり取りに、若き日の自分を重ね、優越感に浸った。


 昼間から飲む酒は格別だ。赤ワインを一口。渋みと香りが、肉の旨味を何倍にも増幅させる。日本酒の冷たさと芳醇な香りは、デザートの甘さをキリッと引き締めた。


 最高の料理、最高の酒、そして最高の雰囲気。


(たまには野草やモンスター以外を食べるのも悪くないな!)


 俺は満足の行くランチを堪能し、大きく息を吐いた。


「いやあ、美味かった! 最高のランチだったぞ、サナちゃん!」


 俺は席を立ち、会計を済ませようとした。


 スタッフが持ってきた伝票を見て、俺の顔は青ざめた。


 四万五千円。


 俺がさっき買った、二着二万八千円のスーツより高いじゃないか!


「あ、あの……これ、ランチですよね?」


 俺は震える声で尋ねた。


「はい、お客様。フグと近江牛の特別コースと、ワイン、日本酒、サービス料込みでございます」スタッフは笑顔で答える。


(ランチだから、高くても二、三千円くらいだと思ってた……都内屈指の二つ星店のコース料理と酒の値段なんて、完全に浮き世離れして忘れていた!)


 俺の財布には、配信の出演料としてもらった報酬が、二万円ほどしか入っていない。


 顔面蒼白になった俺を見て、厨房からサナが駆け寄ってきた。


「悪食オヤジさん、どうしたんですか?」


「サナちゃん……悪い。手持ちが足りない。お金貸してくれるか?」


 俺の言葉に、サナは目を丸くした後、大爆笑した。


「あははははは! 浮き世離れしすぎでしょーッ!」


 サナは笑いながらも、財布から一万円札を何枚か取り出し、足りない分をスタッフに渡してくれた。


「まったく、服は立派になったのに、中身がホームレスのままじゃないですか」


 サナは呆れたように笑う。


「悪かった。すぐに配信して返す」


 俺はサナに頭を下げ、店を後にした。


 昼間から飲んだ酒と、急な借金で、足元がふらふらする。俺は千鳥足でダンジョンのある方向へと急いだ。


(ああ、配信して出演料を稼がないとな……)


 俺は早くコウジとユウタと合流し、稼ぎを増やさなければならない。


 ダンジョンへと続く通路を通り我が家へ戻ると、二階建ての居城の門の前に、ユウタが座り込んでいた。顔は真っ青だ。


「お、ユウタ君。ちょっと借金をこさえてしまってね。すぐにでも配信をして、稼ぎを――」


 ユウタは俺のスーツ姿に一瞬驚いたが、すぐに立ち上がり、その顔に焦燥を浮かべた。


「い、いや! それどころじゃないんです、悪食オヤジさん!」


 ユウタは肩で息をしている。


「コウジが……コウジが大変なことになってるんです!」


 昨日、高みを目指してダンジョンの深層に向かったコウジが、トラブルに巻き込まれたという。


「コウジを助けに行かないと……!」


 俺は、酒の酔いが一気に醒めたのを感じた。


「よし。どこだ。コウジ君はどこにいる?」


 俺とユウタは、コウジを救うため、ダンジョンの深層へと向かうのであった。

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