第8話 第二層のモンスター

 ティピーテントの前にて、コウジは俺に短槍の扱い方をレクチャーし始めた。


「悪食オヤジさん。これは、ただの槍じゃないんで」


 コウジは、俺に短槍の持ち方を教え、継ぎ目にあるスイッチを指差した。


「まず、ここ。この継ぎ目のスイッチを押すと、槍が中国武術でいう棍のようになって、刃先が引っ込みます」


 言われるままに短槍の継ぎ目にあるスイッチを押すと、ジャキンと音を立てて先端の刃が引っ込み、鉄の棒の形状になった。


「おお、こっちのほうが物干し竿に使えそうだな。刃があると危ないし」


「いや、そういうことじゃなくてですね……」

 コウジは盛大に呆れていた。


「この棍モードなら、狭い場所での近接戦闘や、相手を殺さずに気絶させたいときに使えます。今回はこれで」


 俺は短槍を構えた。コウジは距離を取る。


「じゃあ、いきすよ! 避けてくださいね!」


 コウジが繰り出すのは、ただの素早い突きだ。俺は反応が遅れ、軽く脇腹を小突かれた。


「ぐっ……!」


「ダメですね。体が全然動いてない。反射神経が鈍いんです」


 再び、コウジが繰り出す攻撃。俺は腕を上げるのが精一杯で、まともに防御もできない。元々大道具職人は力仕事だが、戦闘の経験なんてゼロなのだ。


 数分の間、俺の攻撃はコウジに軽々と躱され、時には短槍の柄で突かれる。完全にコウジのサンドバッグ状態だ。


「これじゃあ、第二層は無理っすね……」

 コウジはため息をついた。


「コウジ君、ごめん。もう一回だけ、突きを……」


「え? もういいっすよ。オヤジさんは採集班で……」


 コウジがそう言いかけたその時、俺は渾身の力を込めて、短槍を真っ直ぐに突き出した。


「フンッ!」


 その突きは、まるで銃弾のようだった。


 ズダンッ!


 コウジは避けようともせず、防ごうとした。だが、短槍の先端はコウジの腹部を捉え、コウジの体はそのまま後方の岩壁まで吹き飛んだ。


 岩壁に叩きつけられたコウジは、数秒間、口を開けたまま動けない。


「あ、ごめん! 痛かった? 加減を間違えたかな」

 俺は慌てて駆け寄った。


「い、いや、大丈夫っす。オヤジさん……今の、もう一回だけ、突きをしてもらってもいいすか?」


 コウジは痛みに顔を歪ませながらも、驚愕を隠せない様子だった。


 俺は再び短槍を構える。今度はコウジも全力で防御態勢に入った。


 ジャキンッ!


 俺が突きを繰り出すと、再びコウジの体が軽々と吹き飛んだ。


「他の攻撃は全くダメなのに、突きだけが異常です。俺が防げないレベルって、普通におかしいですよ」


 コウジは首を傾げ、何が起こったのか理解できない様子で、俺をじっと見た。


「そうか。もしかして、魚突きかな……」


「魚突き?」


 俺は、懐かしい記憶を掘り起こした。


「俺がテレビ制作会社にいた頃、サバイバル番組のロケハンで、魚突きをよくやらされてたんだ」


 テレビ番組のロケハンというのは、本番で出演者が安全に、そして確実に結果を出せるように、事前に行く予行演習みたいなものだ。


 特に魚突きは、視聴率至上主義のテレビ局の都合が強く反映されていた。


「出演者は素人だから、銛を外すわけにはいかない。一発で大物を仕留めて、視聴率を稼がなきゃならなかった。だから、俺たちロケハンスタッフは、海や川の透明度、魚の遊泳スピード、水深を完璧に把握し、出演者が簡単に魚を突ける最適な場所を探す必要があった」


 だが、それだけではない。


「ウツボや、毒のある魚がいないか、事前に俺たちが潜って駆除したり、銛が届きやすいように魚を追い込む最適な場所を探すんだ。そうやって、俺は体全体を使った最速の突きを無意識に体で覚える必要があった。魚の動きを予測し、水の抵抗、精密な突き。全部計算した突きなんだ」


 俺の突きの異常な速度と精度は、テレビ業界が求めた「確実な結果」が生んだ、歪んだ副産物だったのだ。


「なるほど……魚の動体視力を基準にした突きですか。それは、人間の防御反応じゃ対応できないわけだ」


 コウジは納得したように頷いた。


「この突きがあれば、アイアンワーム対策としては十分すぎますね」


 コウジは短槍をホルダーに戻し、明るい笑顔を見せた。


「行きましょうか、悪食オヤジさん。第二層へ」


 俺たちは再び、薄暗い第二層への傾斜を下りていった。俺の目的は、もちろんアイアンワームという最高級のDIY素材だ。


「ここがアイアンワームの生息域です。地面が柔らかいんで、足を取られないように気をつけてください」


 コウジは声を潜めて言った。


「アイアンワームは振動に敏感なんです。足音を聞くと、地中から一斉に飛び出してきて、足に絡みつく」


「絡みつく?」


「はい。そのままにしておくと、奴らの口は鋭いんで、すぐに足の動脈に噛みつき、吸血し始めます。血液を吸われて失神、そのまま死に至る探索者も意外と多いんで、すぐに外さないとヤバいんです」


 ぞっとするような話だが、俺は冷静だった。


「そんなに危険なのに、ニュースで見たことないぞ。ダンジョンでの事故死って」


 コウジは少し顔を曇らせ続ける。


「ダンジョンでの事故や事件は、ギルドの圧力で全部揉み消されるんです。ダンジョンが危険だと世間にバレると、経済が回らないんで。モンスターに殺されても、自己責任。そういう世界っす」


「ま、保険適応外ってくらいだもんな。そんなもんか」


 俺は、ホームレスの縄張り争いの方が、よほど理不尽で汚いと思っていた。死の危険性があるとはいえ、モンスターは理不尽ではない。生存本能で襲ってくるだけだ。


「意外と怖がらないんすね、悪食オヤジさん」


「人生、すでに詰んでるようなもんだからね。今更、死ぬのが怖いって感覚は無いな」


 歩きながら、そんな会話をしていると、足元の砂利が微かに振動した。


「来た! オヤジさん、足元!」

 コウジが叫んだ。


 次の瞬間、俺の右足首に、地中から飛び出したアイアンワームがスルリと絡みついた。硬い体が螺旋を描くように巻きつき、その鉄筋のような胴体が、どんどん太ももへと這いずり上がる。


「おお! 変な感覚! 本当に鉄筋が動いてるみたいだ!」


「なに感心してるんすか! さっさと心臓を突いて! 動脈がやられます!」


 コウジの緊迫した声を聞きながらも、俺は冷静に短槍を構えた。魚を突くように、ワームの動きを一瞬で予測する。


「おう」


 俺は、短槍をジャキンと伸長させると、ワームのわずかに脈打っている心臓の位置を正確に一突き。


 ドスッ! という鈍い音。


 右足に巻きついていたアイアンワームは、そのまま力を失い、ローリングしながら地面に落下した。


「意外とあっけないね。海で突いたウツボの方が、生命力がある分、よっぽど厄介だったな」


 コウジは、楽々と対処する俺の姿を見て、驚愕していた。


「悪食オヤジさん……やっぱり、あなた、只者じゃないかもです」

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