鬼ヶ島とゲロ
「島だ! おっさん、島が見えたぞ!」
金髪チャラ男が彼方に見えた島を指さし叫んだ。会ったばかりなのに、何故か非常に馴れ馴れしい彼の金髪が太陽に照らされてやけにまぶしく、ホストのようにガッチリとセットされ鶏のように立ち上がった髪から、強い整髪料の香りが風に乗って漂ってくる。
「むぐっ……くっさ!」
激しい吐き気が込み上げ私はまた海に吐いた。気仙沼港を出た直後は東京住まいの自分にとって珍しい青い海と、鳴き声をあげ空を飛び交う鴎の姿が珍しく感激していたが、やがて船酔いに襲われた。デッキの手摺に張り付き、既に30分以上が経過していた。胃の内容物はだいたい出し尽くしてしまった。こんなことなら昼飯抜きにすれば良かったと悔やんでもあとの祭りだ。
「おっさん大丈夫かよ?」
チャラ男が心配そうに背中を摩る。そもそも吐き気の原因の一つがこの男の整髪料の匂いと言い出せるはずもなく、私は胃液を海にばら撒き続けた。環境破壊もいいところだし鴎の餌にするにも申し訳ない代物だが、そんな気遣いができる余裕は今私にはなかった。
視界がグルグル回り冷や汗も出る。呼吸も苦しい。『船酔い 症状』とGoogle先生に聞けばヒットするであろうありとあらゆる症状が、今私の全身を容赦なく蝕んでいる。
「いっそ殺せ……殺してくれ……」
譫言のように繰り返す私にチャラ男は、「海に落とせば殺せるけど、刑務所入るのは嫌だな~」と頭を掻く。今すぐ目の前の男と私の身体を交換したいくらいには、私の身体は悲鳴を上げていた。
遠くに見える蛍島が私の目には鬼ヶ島に見える。今の状態の私は全く役に立たない木偶の坊で、鬼にひれ伏して仲間になるか人質に取られるかするに違いない。
来るんじゃなかった。もう既に帰りたい。だけど全ては犬の桃太郎のためだ。
海面を流れる吐瀉物を見送りながらまた胃液を吐いた。春のパン祭りならぬ夏のゲロ祭りだ。私のせいでこの美しい海が汚れ生態系を破壊してしまうかもしれない。ごめんなさい、海の生物。ごめんなさい、地球。ごめんなさい、全ての生きとし生けるものたち。
今まで迷惑をかけてばかりだった。勤めていた会社でもミスを繰り返しコミュニケーションもまともにできず、上司たちから「お前は馬鹿だ」「役立たず」「生きてることを謝れ」「ろくでなしのあんぽんたん」等と毎日のように罵倒されていた。
「すみません……生きててすみません」
譫言みたいに呟く私をみたチャラ男は、「何謝ってんのよ! マジでやべ~奴じゃん!」と笑い飛ばした。
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