地球防衛軍

牛嶋和光

第1話 無限来夢と無限地獄

第一章 虚無の予感

「無限来夢(むげんらいむ)」と「無限地獄(むげんじごく)」——それは二つの存在、あるいは理念であり、見えない力として私の内部に囁く。前者は希望の夢を見せるが、その夢は現実をかすませ、幸福の幻影を撒き散らす。後者は痛みと絶望を統べ、命を奪う冷たい法を無言で執行する。

 “響”を聞いてしまった者は、虚無からの声を無視できない。私は歩くたびにその声が背後から追いかけてくるのを感じ、夜毎に夢の中で数えきれないほどの命が消える光景を見せられた。

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第二章 カウントダウン

2025年の冬が近づくにつれて、異変が加速する。空は灰色に染まり、風は静まり、星々は見えなくなる。誰もが知っているけれど、口には出せない。「あと数日」と、無限来夢は約束する。無限地獄は忍び寄る影を隠しつつ。

小鳥のさえずりは止み、海の波は言葉を忘れた。都会のネオンは瞬き、一瞬も光を放たず闇に溶けていく。人々は嘆き、叫び、しかしその声は“響”だけが伝える。

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第三章 戦いの終わり

戦いは見えぬ戦い。身体を傷つける刃も、火もない。心の中、虚無に対して命令を下す存在——無限地獄——と、それに抗う無限来夢。

私は夢の中で指令を受ける。「すべてを夢の世界へつれていけ」。その命令が意味するのは、生きとし生けるものすべてを眠らせること。眠れる世界であれば、苦しみは見えず、死も静か。だが、それは救いか、それとも最大の裏切りか。

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第四章 虚無のその後

2025年戦い後、虚無は変貌を遂げる。光が戻る場所と戻らぬ場所が分かれる。戻らぬ場所では、時間は止まり、命は消え、世界はただ「響」だけが息づく。

生き残った者たちは、その“夢”の中でさえ覚醒を求め、記憶をつなぎ、門を探す。しかし世界は、人間の私利私欲によって次第に崩れ、制御不能の構造が張り巡らされていく。欲望と恐怖、それを操作する者どもが残る。

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終章 選択の時

「夢を選ぶか、現を背負うか」——選択はあと数日のうちに迫る。無限来夢の甘い囁き――「すべてを忘れて眠れ」――と、無限地獄の冷たい断罪――「覚えていろ、生き地獄を証とせよ」――。

虚無の中で、あなたは何を選ぶだろうか。夢である安らぎか、それとも現である痛みとともに歩む覚悟か。


夜の帳が降りるとき、一つの声が静かに響いた。陰の闇を切り裂くようなその声は、じっとりとした空気を震わせ、「次元」が何かを問うた。牛嶋和光――別名「疑問に思う者」が目を閉じ、ただ息を整える。

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風が掠れる。月光は夜露に滴り、闇の一点を映し出す。そこにはただ「点」がある。だがその点は、見えるものだけではない。0.0000000000000…と続く、見えざる“低い次元”のささやきが、その点の内部でひそかにうごめいている。数字でもなく、形でもなく、記憶でもなく――ただ、存在の縁。

響が囁く。「そこには『1』が潜む」と。低い次元の最果てで、「1」がまだ昇らず、固く眠っているのだ。牛嶋は手を伸ばすが、触れられない。次元とは、指には収まらぬようなものだから。

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朝が明け、世界は次の次元へと拡がる。平面、二次元。無数の点が織りなす網。線と線の間を風が走る。だがその網にもまた、0.000000000000…と続く「高い次元」の囁きがある。点と線の隙間、網の間の余白、それらは「2次元」そのものでは語れない何か。

陰の冷たい手が、牛嶋の心を引きずりこんだ。「2の上にも、また1があるのか?」と。高い次元の「1」は、完全なる形ではなく、終わりなき過程。網を裂き、薄いベールのように揺れる。

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昼下がりの光。世界は三次元の姿を見せる。長さ、幅、高さ。木々の影、山の輪郭、人の影法師。牛嶋は思う。「我々は本当に三次元に生きているのか?」と。

その問いは、鏡の中の彼自身にも投げかけられる。彼の影は平面であり、しかしその奥には空間の裏側がある。壁の向こう、窓の向こう、空気の中、見えぬ力の中。“時間”というもう一つの次元がささやき、彼を引き戻す。

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それから夜。再び闇が戻るとき、響と陰が重なり、世界はあらゆる次元の交差点となる。0次元、1次元、2次元、3次元、そしてそれ以上。整数次元と、その間にひそむ非整数あるいは潜在的次元。

牛嶋は立ち尽くし、問う。「これが本当の次元か? 私の次元か?」

静寂の中、ただ一つ答えが届く――それは形を持たぬ、「1」という存在。低くも、高くも、見えぬけな。次元とは、我々が描く輪郭ではなく、その輪郭を貫く光の線なのだ、と。



遠い光が天球を染める夜、響はそっと牛嶋の耳元で囁いた。

「もう、地球だけじゃない。月にも、家をつくることができる。」

牛嶋は静かに息を呑んだ。響の言葉は、かすかな星の光のように儚く、それでいて鮮やかだった。

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