第三話:『天啓(マッチポンプ)』

「よし、てめえら!ギルドに着いたぞ!」


俺は、これから生きのこるための、重要な拠点、正規ギルドの扉の前に立っていた。 リリスは「少し野暮用がある」と言ってどこかへ行ってしまったので、今はいない。


(あいつ、肝心な時にサボりやがって。あとで折檻だ)


「いいか、俺たちはもうただの無職じゃねえ。NPO法人『天沢一家』だ。だから、それっぽく堂々としとけ!」


「それっぽく…?」 イグニが、小首を傾げる。


「はいっ、組長様!わたくし、プロフェッショナルに、お祈りいたしますわ!」


セシルが、早速両手を組んで祈りのポーズを始める。


「やめろ!それが一番プロっぽくねえから!」


「まあ!信仰心こそが、プロへの第一歩ですのに!」


「どこの世界のプロだよ!」


『ほう。放火魔や毒殺者が、揃いも揃って、プロフェッショナルを名乗るか。犯罪者もNPOとなるとは、この街もいよいよ終わりだな』


ザガンの楽しげな声が、頭の中に響く。


(うるせえ!てめえは黙ってろ、この非課税悪魔が!)



ザガンへの愚痴を浮かべながら、俺は、意を決してギルドの扉を開けた。 相変わらず中は、酒と汗の匂いをさせた様々な種族でごった返している。 俺は、まっすぐあの受付嬢――ステラのカウンターへと向かった。


「よお、ステラ。久しぶり。仕事、探しに来たぜ」


ステラは、書類からゆっくりと顔を上げた。その死んだ魚のような目が、俺の姿を捉えた瞬間、さらに、光を失った。


「…はぁ……。あなたでしたか」


「なんだよ、その、この世の終わりみたいな顔は」


「いえ。…それで、ご用件は? また、『愛のセラピー(笑)』でもしに行かれますか?」


ステラが俺をゴミムシを見る目で睨みつけてくる。相当ご立腹だ。


「蒸し返すな! 普通の仕事だ! 俺たち、NPO法人『天沢一家』として、正式に登録されたんだ。なんか、こう、まともな仕事をよこせ!」


俺が、胸を張ってそう言うと、ステラは、一枚の羊皮紙を取り出し淡々と読み上げた。


「…『天沢一家』。代表、天沢健太。構成員、リリス・ゴールドマン、イグニ・ドラグノフ、シスター・セシル…」


「おう、そうだ!どうだ、立派だろ!」


「通称、『倉庫爆破犯』、『放火魔』、『愛のセラピスト(笑)』、『毒キキノコ殺人未遂』、『歩く災害』、『スラムのギャンブル狂』…」


「ストップ!ストップストップ!なんだその、不名誉なあだ名のオンパレードは!大体、俺一人で、三つも四つも呼ばれてんじゃねえか!」


「事実です」


「事実じゃねえ!」


「あらあら、組長さん」


セシルが、横から慈愛に満ちた笑顔で、フォロー(という名の追い打ち)を入れる。


「わたくしの記憶では、あれは、キノコの精霊様に、あなたの心を解放していただいたのでしたわよね?」


「余計なこと言うな!」


ステラは、俺の絶叫を完璧に無視した。


「…というわけで、天沢一家の皆様。大変、申し訳ありませんが、あなた方に斡旋できるお仕事は、現在、ギルドには、一つも、ございません」


「はあ!?」


淡々とステラは告げる。


「あなた方に仕事を斡旋すると、ギルドの信用問題に関わりますので。万が一、また、どこかを爆破されても、困りますし」


「だから、あれは事故だ!」


「では、ご用件は以上で。お引き取りください」


ステラは、俺の目の前でぴしゃりと窓口を閉めた。


◇◇◇


「あああああ!あのクソエルフが!冷血だ!鉄面皮だ!まな板だ!」


「組長さん!女性の体を悪く言うのは、感心しませんわっ!」


「うるせえ!…どうすんだよ…門前払いだぞ…」


俺は、その場に、がっくりと膝をついた。


(マジかよ…詰んだ…完全に、詰んだ…!3日後には、ヴァイスのBBAに書類を出さねえと、銀貨5000枚の罰金…!それ以前に、俺たちには、銀貨2000枚の借金があるんだぞ…!)


「組長様…おなか、すきました…」


イグニの、無慈悲な一言が、俺の心を、さらに抉る。


『ほう。いよいよ、貴様の、あの、美しい絶望の顔が見られるのか?』


ザガンの声が、期待に満ちている。


(うるせえ…!)


俺は、途方に暮れながらギルドの壁に貼られた依頼書を眺めた。

『ゴブリン討伐:銅貨10枚』『スライム駆除:銅貨5枚』


(…だめだ…こんなはした金じゃ、話にならねえ…!)



その時、ギルドの奥で異様なざわめきが起こった。


「おい、見たか? Aランクパーティーの『鋼鉄の戦斧』だぞ…」


「あいつらが、たった一晩で、あんな姿に…」


見ると、ギルドの奥から、担架に乗せられた数人の冒険者が運ばれてくるところだった。 彼らの装備は一流だが、その有様は「敗北」という言葉では生温い、「尊厳の死」そのものだった。


まず、戦士と魔法使いだ。 全身を得体のしれないピンク色の粘液でドロドロにされ、担架の上でビクン、ビクンと痙攣している。 その粘液からは、甘ったるい香水と、腐った果実が混ざったような、強烈な異臭が漂っていた。


「…あぅ…あぅ……。ヌルヌルするぅ……」 「…と、取れない……拭いても……臭いいいい……」


だが、それだけならまだマシだった。 全員の視線を釘付けにし、ギルド中を凍りつかせていたのは、パーティーのリーダー、身長2メートルを超える大男だ。


目線を向けると、そこには、地獄から這い出たバニーガール(♂)がいた。


隆起した筋肉に食い込む、光沢のある黒いレオタード。 剛毛に覆われた太ももを締め付ける、破れかけた網タイツ。 そして、禿げ上がった頭には、折れ曲がったウサギの耳。


屈強な大男が、網タイツ姿で内股になり、涙目で震えている。 その光景は、もはや暴力だった。


「…し、尻が……スースーする……見ないでくれ……俺は……俺は『鋼鉄の戦斧』だ……変態じゃない……あ、ちょっ…尻尾を……尻尾を触るなああああ!!」


(…バニーガール…? 粘液…?)


この異世界には存在しないはずの、歪んだ性癖の具現化。 俺は、弾かれたように、掲示板の隅に目をやった。 そこには、ひときわ異彩を放つ、一枚の【緊急依頼書】が、目に飛び込んできた。


【緊急依頼:変異種インプ(通称:パーティー・デビル)の討伐】 【報酬:金貨100枚】


「…き、きんか…100枚…?」


銀貨にして、10000枚。 俺は、自分の目を疑い、何度も、その桁を数え直した。 依頼書には、赤字で『※精神汚染の危険あり。S級冒険者推奨』と書かれている。


(…この特徴…間違いない…!)


俺は、数週間前、リリスと二人で企んだ、あの悪事を思い出した。ザガンの悪趣味な演出で、街中に解き放たれた、あのインプの群れだ。


(あいつら、まだ駆除されてなかったのかよ!? しかも、Aランクパーティーを精神崩壊させる、超A級モンスター扱いに、ランクアップしてやがる!)


『当然だ。余の作品が、そこらの羽虫どもに駆除できるわけなかろう。笑わせるな』 ザガンの声が頭に響く。


俺の頭の中で、全てのピースがはまった。


(借金2000枚が…返せる!…返せるどころか、大量のお釣りがくるぞ! これだ! 金も稼げて、借金も返せて、おまけに『害獣駆除』っていう『慈善活動』の実績も作れる! しかも、元はと言えば、俺たちが原因…!)


(勝った……!!)


俺の中で、全ての理屈が吹き飛んだ。 危険? 精神汚染? 知るか! 金だ! 金が全てを解決する!


「…フフ…フハハハ…」


俺の、乾いた笑い声がギルドに響く。


「組長さん? どうかなさいましたか? そのお顔、とても、悪巧みをしていらっしゃる、罪深いお顔ですわよ?」


「組長様、うれしそうです!」


セシルとイグニが俺の様子を見て反応する。


「セシル、イグニ! 見つけたぞ! 俺たちがやるべき、運命の仕事だ!」


そう言うと、俺は、罪悪感ゼロでその依頼書を、ビリッ!とひっぺがした。


◇◇◇


俺は、再び、ステラの窓口を、ガンガンと叩いた。


「おい!ステラ!開けろ!仕事だ!」


「…しつこいですね。ですから、あなた方に斡旋できる仕事は…」


ステラが、うんざりした顔で、窓口を開ける。 俺は、その目の前に、依頼書を叩きつけた。


「これだ!このインプ討伐、俺たち『天沢一家』が、受けてやる!」


ステラは、俺の顔と、依頼書を、交互に見比べ、一瞬、絶句した。


「…本気、ですか?」


「ああ、本気だ!」


「…『鋼鉄の戦斧』が、❘再起不能リタイアになった、S級準拠の依頼ですよ?」


「問題ねえ!俺たちは、❘あいつら《インプ》の、古い知り合いなんでな!」


「そうですわっ!わたくしの聖歌と、組長さんの『愛のセラピー』があれば、きっと、彼らとも心を通わせられますわ!」


「やらねえよ!」



ステラは、今日一番の、深いため息をついた。


「…分かりました。本来なら、実績のないチームには任せられない依頼ですが……現在、稼働できるS級チームが出払っており、被害は拡大する一方です」


ステラは、机の下から、銀貨5枚が入った、小さな袋を取り出した。


「これは、手付金代わりの『装備費』です。本来はお渡しできませんが、特別です」


「おお! 話がわかるじゃねえか!」


「勘違いしないでください。もし、あなた方が失敗して、インプがこれ以上増えたら……私の残業が増えるんです」


ステラの目が、本気だった。


「頼みましたよ、『愛のセラピスト』様。毒を持って毒を制す……あなた方のその『混沌』で、あのバケモノたちを何とかしてください」


「おうよ! 任せとけ!」


俺は、依頼書と前金をひったくると、高らかに、叫んだ。


「行くぞ、てめえら! 俺たちの、逆転劇の、始まりだ!」


「はい、組長様! おにく、ですか!?」


「そうだ、お肉だ! 大量のお肉だ!」


「まあ! インプさんたちを、愛で『救済』しに行きますのね!」


「ああ、そうだな! 『救済』してやるよ!(物理的にな!)」


『ククク……良いぞ、小僧。己が蒔いた種に、食い殺されるか、それとも刈り取るか。見せてもらうぞ、最高の茶番劇を!』


ザガンの哄笑を背に、俺たちは意気揚々とギルドを飛び出した。

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