コラボ相手の元気で明るいVtuberがクラスメイトの陰キャ女子だった話
山外大河
1枠目 勇音アバターマジック
1 コラボ相手のなんか凄い明るい奴と、クラスメイトのなんか凄い暗い奴
『本日もご視聴ありがとうございました! よろしければチャンネル登録と高評価お願いしまーす! あと今日のコラボ相手のネクロさんのチャンネルも概要欄に張ってあるんで、良かったら観に行ってねー』
「是非とも、よろしく頼んま―す!」
『そんな訳でみんな、またねー! ばいばーい!』
コラボ相手の女勇者系Vtuber、勇音凛が元気一杯にそう言った後、配信枠が待機画面に切り替わった後に閉じられる。
彼女は今日も終始元気一杯、明るさの塊といった様子だった。
誇張抜きで太陽みたいな奴。
そしてそれはきっと『元気と勇気で世界を救う勇者系Vtuber』という肩書のロールプレイという訳では無く、素でそういう人間なのだろう。
『いやー今日もコラボありがとね! 楽しかったー!』
「こちらこそ楽しかったです。やっぱ勇音さんは話しやすくていいですね」
『そう言ってくれると嬉しいなー。観てくれてるリスナーの皆に楽しんでもらう為には、まず私達が楽しまなきゃだからね。いやーネクロさんがそう言ってくれるなら良かった良かった! 自信が湧いて来るよ!』
配信後に裏で話したりする時も変わらずそんな感じなのだから、芸風というよりは滲み出た人間性が勇音凛を形作っている。
きっとリアルでも周りに人が溢れているような、そんな人なのだろう。
そんな彼女のチャンネル登録者数は620人。
普段の配信も今日のコラボ配信も、同接続はいつも20人前後。
それが少ないとは言わない。
だけどそれでも、ネットの世界でも彼女の周りにもっと人が溢れかえっていてもいいと思う。
そういうポテンシャルが彼女にはある。
多分何か切っ掛けがあれば一気に伸びると思うよ。
まあ正直レッドオーシャンなV業界、それが難しいんだけどな。
……そもそも登録者も同接も半分程度の俺がどんな立場で言ってんだって話だけども。
そう、俺の立ち位置はそこだ。
誰でも知ってるような企業勢でも無ければ、負けず劣らず活躍する個人勢のトップ層とも違う。
まだ収益化もできていないような、あまり使いたくない言葉ではあるが底辺vtuber。
だけどそこに劣等感のような物は感じていない。
だってそうだ。
趣味としては立派な物だろう。
素人の男子高校生が趣味で楽しんでやってるだけの活動に、数人でも時間を割いてくれる人が居るのなら、それはとても凄い事なのだと思うから。
それに、こうしてリアルとはまた違った形の友人も出来ている訳だから。
伸びたら伸びたで嬉しいだろうけど、現状は現状で満足している。
でも、勇音さんはどうなんだろう。
『お、登録者二人増えた! これで622人! 第一目標の1000人まで後378人!』
とあるゲーム企画で一緒になって、それ以降何度かコラボする仲になった訳だけど、Vとしてどうなりたいかみたいな踏み込んだ話はした事が無い。
くだらない雑談は表でも裏でもやってはいるけど、vtuberとしての大切な話はしていない。
……良い機会だ。
聞いてみるか。
「そういや勇音さんはさ、最終的に登録者どの位欲しいとか目標ってあるんですか?」
『ん? 最終目標? 無いよ』
「無いんだ」
俺と同じだな。
『というより、漠然と一杯って感じ。天井なんて考えてないかなー』
いや俺と違ったわ。
『私は話すのが好きだから。聞いてくれる人が多かったら嬉しいし、そこに上限なんて考えてないよ』
この人は良い意味で漠然としている。
その辺俺よりも本気なんだろうな、この人は。
『ネクロさんは?』
「俺は目標とかは無いかな。観てくれる人が増えたら嬉しいけど、活動する事自体で満足してるから」
『いいじゃん』
こちらを肯定するように勇音さんは言う。
『数字気にせず楽しんでやれたら趣味としてそれがベストだよ。かくいう私もまるで最終目標無限大みたいな事言っちゃいましたが、そんなの楽しくやれたらそれで良いじゃんって本音の次って感じだし。お互い楽しんで行こうよエンジョイ勢!』
そう言って勇音さんは笑った後、一拍空けてから言う。
『そんな訳でエンジョイ勢同士これからもよろしくね、ネクロさん。私他にもネクロさんとやりたい企画一杯考えてるから。これからも楽しんで行こうぜい』
そう言ってくれた事に。
あまり大きな熱量の差が無い事にどこか安堵しながら、俺は答える。
「楽しそうなら基本NG無いんで。時間が合えばいつでもどうぞ。なんなら無理にでも合わせるんで」
『よっしゃー! じゃあまたね! 今度詳細決まったら連絡するから!』
「ういーっす、待ってまーす」
そんなやり取りの後、通話を切る。
「……ふぅ」
ヘッドホンを外し一息つく。
肘を壊して辞めた野球の代わりを探すように、高校入学とほぼ同時に始めた新しい趣味であるvtuber。
生田悠馬の分身、大神ネクロ。
数字だけを見たらうまくいっている様には思えないかもしれないけれど。
「……楽しかったな」
エンジョイ勢として。
日々を彩る趣味の一環として。
なんだかんだうまくやれている。
◆◇◆
vtuberとしての活動はあくまで趣味の一環に過ぎなくて、日常生活の全部がそこに引っ張られているといった事は無い。
引っ張れない程度には、高校一年帰宅部男子の夏休みは忙しいのだ。
というよりある程度は忙しくしないといけない。
「……やりたかねえけど、やりますか」
昼過ぎ。
図書館の廊下で周りに聞こえない程度の小さな声で、自分を鼓舞するようにそう呟く。
自室に居ればゲーム機もPCもあり、そうなればゲームもしたいし配信もしたいし、配信しながらゲームしてもいいしととにかく集中できない。
だけどそんな事は言い訳にはできない。
学生の本分は勉強だなんて言うつもりはないけど、部活にも入っていない以上言い訳もできない立場だからな。
……配信で飯食ってくつもりはないから、最低限やらないと。
そんな訳で日課の軽いトレーニングを済ませた後、図書館のワークスペースへやって来ていた。
此処は読書なり勉強なりと好きに使って良い場であり、集中したい時にはもってこいな上に、穴場なのか人が少ない。
助かる。クーラーも程良く効いてるし。
そんな訳で選び放題な席を選びに来ていた筈なのだが。
「……珍しく人が多いな」
今日は何も助かっていない。
皆勉学か文学に目覚めてしまったのか、珍しく人が多いな。
前者ならもっと楽に生きろ。遊べ。配信者とかどうだ? 楽しいぞ。
もしくは晴れてるしさ、健康体なら熱中症に気を付けながらスポーツとかさ。
……まあ致し方なし。
えーっと、座られてないのは並びで二席……いやノートが置いてあるな。多分お手洗いか何かで席を外しているだけだ。
って事はラスト一席。
取れた。取れてしまった。取れなきゃサボる理由になったのに。
うん、配信したい。
ノープランだけどとりあえず配信したい。
そう考えながら鞄から問題集を取り出そうとしている所で、隣の席の人が戻って来る。
……篠岡だ。
クラスメイト。
小柄でショートヘアの、なんとなく地味な雰囲気の女子。
確かフルネームは篠岡美紀だった筈。
だった筈なんてちょっと不安になるのは、俺と篠岡の関わりが非常に薄いからだ。
篠岡はやや……いや、滅茶苦茶クラスから浮いている。
幸いクラス内で目に見えたいじめのような物はなく、それをしそうな人間もいないとても平和で恵まれた空間であるのだが、それが即ちクラスメイト全員が友人同士というような理想郷に繋がる訳でもなくて。
多分、いや確実に篠岡が人付き合いが苦手なタイプな事も有り、一学期終了時点で自然と皆とは事務的な会話しか交わさない、ぼっちポジションを確立してしまった。
嫌われてる訳でも無ければ好かれている訳でもない……空気。
それが篠岡。
そんな篠岡と目が合った。
すると彼女はビクリと肩を震わせた後、アタフタしながら目を泳がせてから俺に小さく会釈だけしてから席に座って……なんかこう、見えない壁みたいなの張ってしまう。
関わらないでください的な拒絶のオーラ。
まあ相手が誰であれこんな所で声は掛けないけれども。
……教室での女子相手でもこんな感じだから、男子の俺なんてほんと関わりにくいよな。
事実一学期に何度も試みたけど全部失敗した。
事務的な会話の先へは行けない。
故に篠岡の事は殆ど何も知らないままだ。
……で、篠岡の事は置いておいてだ。
向こうがそういう壁を作るのであれば、俺は目の前の事に集中するだけ。
…………なんてうまくはいかない訳ですよ。
別に篠岡の事を嫌いな人間フォルダに入れてはいない訳で。
だとすればクラスメイトとできれば仲良くしたいと思うのは、多分そこまでおかしな感情では無い筈だ。
……それに、皆は知らないかもしれないけど、よく見たら篠岡って普通に可愛いしな、うん。
そういう相手から此処まで明確に拒絶されると、流石にダメージを受けてしまう。
じわじわと毒のように。つらいつらい。
さて。
ちらりとバレないように視線を向けると、篠岡は篠岡で全然集中できないようでスマホを触り出してしまっている。
……うん、クラスメイトの俺が此処に現れた事が原因なら、いなくなった方が良いな。
サンキュー篠岡。サボる理由が出来た。
でもできれば此処に居られた方が良かった気がするぜ。
仲良くできるなら仲良くしたいしな!
そう思いながら早々と立ち去ろうかと検討し始めた所で、スマホからディスコード……主に他のVtuberとコラボしたり連絡を取り合ったりする際に使っている通話アプリからの通知音が鳴った。
……ヤバイ、マナーモードにしてなかった。
反省しつつマナーモードに切り替えながら、届いたメッセージを確認する。
確認して、ちょっと嬉しくなって。半ば無意識に呟いてしまった。
「勇音さんからコラボの誘いか……」
その呟きをして自然と笑みを浮かべた後、思わず口を手で覆う。
そもそも周りに迷惑だし、それに底辺の俺が言うと自意識過剰な話かもしれないけど、表でこういう事呟くのって身バレの恐れとかあるからね。俺の事なんか誰も知らないだろうけどさ。
……だけど。
「……ッ!?」
隣でガタガタと音が鳴ったと思うと、篠岡が動揺した表情でこちらに視線を向けていた。
え、な、なに?
困惑しているこちらをよそに、目をグルグルさせながらアタフタとしている篠岡は、一拍空けてから勢いよく勉強道具を鞄にしまい、その場から足音を押さえつつ小走りで走り去ってしまう。
……えぇ。マジでなにぃ……?
挙動不審すぎてびっくりしちゃうねほんと。篠岡らしいけどさ。
……いや、ほんとなんだ?
パッと思いつく可能性は三つ程。
まず一つは誰かとコラボって言葉を聞いて、うわコイツyoutuberかvtuberやってんのかよって引かれちゃったのかもしれない。引かないで。
そしてパターンその2は……篠岡が勇音さんのリスナーってパターンか。
俺よりは多いとは言え、勇音さんも登録者500人程の個人V。そうそうリアルでリスナーと遭遇するとは思えないが……もしそうだとしたら推しのコラボ相手が俺ってのが逃げる程不快でした?
……その1もその2も勘弁してほしい。
それ明確に篠岡から嫌われちゃってるし、2の場合勇音さんにも迷惑掛かるかもだし。
で、後で一つ。その3。
……いや、これは無いな。考えるまでもない。
勇音凛の中の人が篠岡なんて事は絶対に無い。
なんかこう、色々デカくて程よくエロいビジュと篠岡全然真逆じゃん……ってのは中の人と同一視する方がおかしいわけで関係無い。俺だって違うし。
だけど側が二次元だろうと三次元だろうと魂だけは同一だ。
あの明るく元気で社交的な勇音さんと、貶すつもりは無いけど暗くて元気なさそうでコミュニケーションが苦手すぎる篠岡が同一人物なわけが無い。
という事は……1か2か?
嫌だなぁ。
ショックなんだけども。
そう考えながら、この微妙なテンションで勇音さんに返信しようとしていた時だった。
先に向こうからメッセージが飛んできた。
『あの、ネクロさん。ちょっと変な事聞いていい? いやほんと変な事なんで、何言ってんだコイツって流して貰っても良いんだけど』
変な事ね。俺が今変な気分だから変な返答しちゃいそうだ。
『どうしました? 答えられる範囲なら答えますよ?』
俺がそう返信すると、少し間を空けてから返信が飛んできた。
『今……図書館に居たりとかする?』
おい。
おいおいおい。
おいおいおいおい!
「これって……」
その3んんんんんんんんんんんんん!?
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