第一話②
「ツイてなかったな、余所者。ようこそ、アズラ・ポートへ。――立て。お前には聞きたいことが山ほどある」
***
乱暴に腕を引かれ、連れてこられたのは飛空艇の船倉らしき場所だった。
鉄とオイルの匂いが立ち込める薄暗い空間。亮太は木箱に突き飛ばされるように座らされ、目の前にはドワーフの男――ボルグが仁王立ちしていた。その背後では、フレイが壁に寄りかかり、手にした魔導銃を弄んでいる。カチャ、という部品の擦れる音が、やけに大きく響いた。
「名前は」
ボルグの声は、低い唸りのようだった。
「……カシワギ、リョウタです」
「知らん名だ。どこの組織の人間だ?」
「いえ、組織とかじゃ……俺は、日本の、サラリーマンで……」
亮太のしどろもどろな答えに、フレイが鼻で笑う。「ニホン? サラリーマン? 聞いたこともねえな。どっかの方言か?」。その赤い瞳は、嘘つきを見る目だった。
「単刀直入に聞く」
ボルグが本題に入る。
「貴様、コルヴォ・ファミリーの連中から何を受け取る手はずだった?奴らが盗み出した『データチップ』はどこだ」
「データチップ……? コルヴォ……? 何の話かさっぱり……」
亮太は必死に首を横に振った。本当に、何も知らないのだ。だが、その態度は火に油を注いだだけだった。ボルグの目が、わずかに険しくなる。
「惚けるな。あのチンピラ共は、ファミリーの末端だ。奴らが、お前のような見るからに裕福な(・・・)旅行者を狙って接触してきた。偶然を装ってな。すべては、チップをお前に渡すための芝居だろう」
裕福? この着古したスーツのどこがだ。だが亮太はすぐに察した。この無法地帯において、汚れを知らない小綺麗な格好は、それだけで「カモ」か「金持ち」の記号なのだと。
「違います! 俺は本当に、何も……気づいたら、あの場所に……」
「まだ言うか」
フレイが壁を蹴り、一歩前に出る。その手にした銃口が、真っ直ぐに亮太の眉間に向けられた。冷たい金属の感触とは違う、魔力が凝縮されたようなプレッシャーが肌を刺す。
「あたしは気の長い方じゃない。脳みそぶちまけて、お前の記憶だったモンの中から探したっていいんだぜ?」
「ひっ……!」
恐怖で声が裏返る。ダメだ。こいつらには常識が通じない。俺が知っている「交渉」や「対話」のルールは、ここでは何の役にも立たない。殺される。本当に、殺される。
その時だった。
《警報! 警報! 未登録艇が急速接近! 対衝撃に備えよ!》
天井のスピーカーから、甲高い合成音声が鳴り響いた。船体が大きく傾き、積まれていた木箱が床を滑る。
「チッ、嗅ぎつけやがったか! ピップ、回避しろ!」
ボルグが天井に向かって怒鳴る。
「フレイ、出番だ!」
「言われなくても!」
フレイは亮太に構うことなく、素早く船倉のハッチへと向かう。ボルグも巨大な戦斧を手に取り、亮太に鋭い視線を向けた。
「余所者、貴様の処遇は後だ。ここで大人しく死にたくなければ、絶対に動くな」
そう言い残し、ボルグもハッチの外へ続く通路へと消えていく。
一人残された船倉に、断続的な衝撃と、外から聞こえる銃声、そして何かが爆発する轟音が響き渡る。
亮太はただ、木箱の上で震えていることしかできなかった。
(どうなってるんだ……一体、何が……)
思考は完全に麻痺していた。
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