第38話 ハナのお婿探し 後編

 ケージに入れたハナを持って沼津市内を歩く。

 広報担当兼ボディーガードの漁協職員も一緒だ。ハナはケージの中で無言で俺の顔を見上げている。


 今日借りているのは家からも駅からもほど近いレンタルスペース。

 洋室風の広いスペースだ。入り口には持参した猫脱走防止用の柵を設置する。賢いハナが脱走しないことは分かっているけど、今日は他人様の猫も一時的に預かるわけだからな。


 ケージを開けてハナを離すと、不思議そうに周りを見渡した後に冒険を始めた。


「ニャッ!」


 レンタルスペースに置いてあったビーズクッション、通称『人をダメにするソファ』が気に入ったようだ。

 助走をつけて何度も飛び乗っている。気に入ったんだろう。アレちょっと高いけど、家にも買ってあげよう。


 イベントの30分ほど前になると、俺のファンとその飼い猫たちが続々と到着し始めた。

 今日は予定では20人ほど集まるらしい。遠い人は東京から猫を連れて来ているんだとか。


 楽しそうに遊んでいたハナだったが、大勢の人が入ってくる様子を見て、不安そうに俺の膝に乗ってきた。


「ハナ〜、怖がらなくていいからね」

「ニャッ……」


 今日は猫を飼っている人限定の交流会という形なので、それぞれのケージから猫を出していく。

 俺とハナの周囲には数名の女性が集まり、口々に話しかけてくる。

 ちなみにこのオフ会、参加者の9割が女性だ。


「ハナちゃんは動画の通りすっごくかわいい!」

「びっくりするくらい大きいですね」

「ミナトくんにべったりでかわいい!」


 ハナも少し落ち着いてきたらしく、参加者にニャンニャン愛想を振り撒いている。この子を落ち着かせる方法は割と簡単だ。それは「かわいい」を言い続けること。

 それを聞くと彼女は相手を自分のファンだと認識してくれる。

 

 ハナはきっと言葉の意味もわかっているに違いない。

 彼女にとっては聞き慣れた言葉だ。子猫の頃は自分の名前を「かわいい」だと思っていたくらいだし。


 次々と視聴者の猫がハナの前に連れてこられる。

 ただ、大抵の子は自分の二倍近い体格のハナを見た瞬間にビビって逃げてしまい、あまり交流にはならない。

 捕食者と非捕食者の関係かと思うくらい体格差があるし、仕方ないか。


 その中に、ハナと同じくらいの大きさの猫がいた。他の猫と倍くらいの体格があって見た目からして全然違う。

 サイズが近いからか、お互いに怖がる様子はない。

 お尻を嗅ぎ合って恐る恐る交流している。


「ニャッ!」「ミャウ!」


 ハナは自分と同じくらいのサイズの猫に興味津々だ。

(君なんでそんなに大きいの?)という感じで顔を近づけている。


 飼い主に聞くと、この猫『リボンちゃん』はメインクーンという品種で、世界最大級の猫らしい。

 うーん……でもウチのハナのほうがでかい気がする。


 気が合ったらしく、二匹で遊び始めた。ただ、相手の子は女の子なんだよな。

 友達にはなれそうだけど、お婿さん候補にはならないか……。


「ニャン!」


 しばらく戯れていたハナだったが、俺のところに戻ってきて何か伝えようとしている。

 何を言ってるのかはよく分からないが、とりあえず撫でておく。

 まだニャンニャン言っているので、抱っこしてあげたらようやく落ち着いた。


 よし、次に会うのは本命のベンガルという品種だな。

 ベンガルヤマネコの血が入ったイエネコの総称で、水を怖がらない特徴がある猫だ。

 ハナよりはだいぶ小さいが、模様や顔が確かに似ている気がする。


 メインクーンのリボンちゃんと遊ぶのに夢中になっているハナを一旦引き離し、

 ベンガルが集まっている一角へ向かった。


 ベンガルの飼い主は3人で、全員が知り合い同士らしい。話を聞くと実はこの人たちは東海ベンガル愛好会のメンバーなんだとか。


 その中の一人は、YouTubeで猫動画のコメントをよくしてくれる視聴者で、俺もハンドルネーム覚えている。

 普段から猫関係のコメントばかりする変わった人だ。

 スピノサウルスが襲撃してくる動画に『湖畔に佇むハナ様が素敵でした』ってコメントしてきたのは、正直どうかと思ったりもしている。


 「かわいい」を連呼するベンガル飼い主三人に、ハナは愛想を振り撒いている。かわいいなぁ。


「あの、ミナトさん」


 その中の一人若い女性が、話しかけてきた。


「ハナちゃんって、ベンガルヤマネコの血が入っているというより……ほとんどそのものだと思うんですけど」


 衝撃の事実。ハナはヤマネコらしい。

 しかも、かなり寒冷な地域タイプのベンガルヤマネコではないかということ。

「ベルクマンの法則」によると、同じ品種でも寒冷地の方が体が大きくなるらしい。とはいえ、ベンガルヤマネコ自体は寒冷地が苦手なので、あまり北の方では確認されていないらしいが。


「ハナちゃんはどこで拾ったんですか?」

「静岡県の伊豆の国市ですね」


 俺の答えを聞いて、ベンガル好きの人が考え込んでいる。

 理由を聞くと、日本本土にはヤマネコはいないらしい。正確には対馬や西表島にいるが、どちらも小型でイエネコとそこまで変わらないんだとか。

 ハナは国外から来たヤマネコなんだろうか。


 ハナはベンガル三匹衆と戯れている。

 ただ、明らかに相手がビビっている気がする。そりゃ体格が二倍近く違うからな。

 でも見た目はよく似ている。そのせいか、他の品種ほどには怖がられていないようだ。

 親分と子分って感じだ。


 考え込んでいたベンガルの飼い主は続けて話しかけてくる。

 

「イエネコとヤマネコって、見分けるのけっこう難しいんですよ。そもそもイエネコって、ほぼリビアヤマネコそのものなので」


 はへー、そうなんだ。それが正しいとすると、誰かが海外のヤマネコを伊豆の山奥に置いて行ったんだろうか。

 いや、それってどういう状況なんだろう……。一度、大学の教授とか詳しい人に相談してみるのもアリかもしれない。

 

 ハナを見ると、新しくできた子分のお尻を嗅ぐのに夢中になっていた。ベンガル達はちょっと怯え気味だ。

 お婿さんは今回見つけるのは難しそうだな。

 まぁ、ハナの友達はできたし良しとするか。


 そのうちハナは飽きたのか、メインクーンのリボンちゃんと遊び始めた。人をダメにするソファに飛び込む遊びを伝授している。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 

 リボンちゃんの飼い主さんは愛知県の豊橋に住んでいるんだとか。

 俺が聞いたことがない街だけど、路面電車と、駅前のパチンコ店のロケットのモニュメントが有名な街らしい。

 彼女から手土産にブラックサンダーを大量に渡される。……なぜブラックサンダー?


 俺が飼い主さんと話している間も、ハナはリボンちゃんと楽しそうに遊んでいる。

 こんなにハナと気が合うなら、今度豊橋って街に会いに行ってみようかなぁ。


 そうこうしているとスマホのアラームが鳴った。おっ、そろそろ帰る時間だな。

 猫を集める都合上、今回のオフ会は短時間で終わることにしている。


「ハナ〜、そろそろ帰ろうか! おいで!」


 名残惜しそうに後ろをチラチラ見たあと、ハナは俺の足元に絡んでくる。

 今日はたくさん「かわいい」と言われたからご機嫌だ。

 今日は頑張ってくれたし、俺も「かわいい」と言ってあげるか。

 子猫の頃は当たり前のように毎日言っていたけど、いつの間にかハナが日常に溶け込んで、言葉にする機会が減っていた。


「ハナはかわいいなー」

「ニャッ!?」


 ビクッとして目を見開くハナ。

 そのまま少しフリーズしてから、顔に勢いよく抱きついてきた。重いし前が見えない……。

 俺は顔に猫が張り付いたまま、オフ会の閉会を宣言するのであった。


 久々に「かわいい」と言われて嬉しかったのかもしれない。

 家に帰ってからも、定期的に俺の部屋に来て無言で見上げてくる。

 頭を撫でながら「かわいい」と言うと、満足そうに寝転んでゴロゴロしている。

 

 ハナは、俺にも「かわいい」と褒めて欲しいんだな。今日から毎日伝えてあげるようにしよう。

 お婿さんは見つからなかったけど、新しいことも分かったし、ハナの友達もできたし、まぁ良しとしよう。


 今日の動画を編集していると、ハナがまた俺の前に戻ってきて、じーっと顔を見てくる。


「ハナはかわいいね」

「ニャッ!」


 俺の頭の上に乗り、顔にすりすりしてくるハナ。かわいい。

 ……うーん、でもここまで頻繁だとちょっと面倒くさいかもしれない。早く飽きてくれないかな……。

 とりあえず、母にも「かわいい」を連呼してもらうようにしたので、ハナの「かわいい」要求頻度は半分くらいに減った。

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