第32話 その後

 メガロドンが船にぶつかり、甲板全体が跳ね上がった。

 周りの漁師たちが次々と甲板に叩きつけられる中、俺はハナのリードを両手で必死に握りしめる。

 金属のきしむ音と波しぶきが混じり、視界がぐちゃぐちゃに揺れた。


 その後、何度か船は大きく揺れたが、数分もすると落ち着いた。

 起き上がって眺めた目の前の海は平穏そのもので、転倒した漁師たちやクジラの血で汚れた甲板だけが、襲撃の痕跡を残していた。


 おそらく、偶然メガロドンとぶつかっただけなんだろう。メガロドンが自分より大きい船を襲うという話は聞いたことがない。

 メガロドンは世界中で何度も漁船と衝突事故を起こしている。

 知識としては知っていたが、実際に体験すると恐ろしいものだった。


「おーい、みんな大丈夫かぁ!」


 良二おじさんの声が響く。

 大きく揺れたが、幸いなことに海に落ちた者はいないようだ。

 その声を合図に、凍りついていた漁師たちが次々と動き出す。

 ハナも俺の足に抱きついて鳴いているが、怪我している様子はない。


 手すりを離すと、まだ膝がかすかに震えていた。


 ハナが見たことがないほど動揺しているので、さすがに撮影を続けるわけにはいかない。

 まずはシャワーで血を洗い流して、少し休もう。


 甲板にいた漁師たちはクジラの血で汚れていたが、復旧作業を優先しているらしく、シャワー室には並ばずに入ることができた。


 猫はシャワーが苦手とされているが、この子はそんなことはない。

 ドライヤーで毛を乾かし、ベッドの上で抱きしめているうちに、ハナはようやく落ち着いてきた。


「怖かったね。もう大丈夫だからね」

「ニャッ……」


 ハナは三十分ほどそうしていたが、そのうちにタブレットで動画を見られるほどに回復した。

 やがて『ヌマズサウルスショー』の動画を見て大興奮しはじめる。


「ニャッ!」

「うんうん、ハナ大活躍だねー」


 ただ、俺を心配させまいとして空元気を出しているようにも見える。


 今回の衝突の動画は、早速、衛星回線経由でYouTubeにアップロードすることにした。

 漁業者への休業補償を定める法案は、まだ国会を通過していない。

 この動画でメガロドンの脅威が伝わればいい。政府が小型漁船を禁止したのは、俺としては賢明な判断だと思う。


 しばらくして漁師に確認したところ、この船の要である網に損害はなかったらしい。

 そのため、当初の予定どおり操業を再開できることになった。


 日本の漁業だけでなく、うちの愛猫を恐怖で震えさせるなんて――メガロドンめ。許せねぇ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 今回の俺の動画は、ネット上で少し話題になったらしいが、そこまで大きな反響はなかった。

 そもそも、急なメガロドンの衝突を鮮明に撮れていなかったのもあるし、メガロドンと漁船の衝突は以前インドネシアで撮影されており、それに比べるとやや地味な絵面だったのかもしれない。


 亜熱帯の地域では、メガロドンによる被害が日本とは比べ物にならないほど深刻だ。

 危険だとわかっていても、漁師たちは制止を振り切ってでも海に出ている。

 メガロドン被害の正確な統計はないが、相当数の死者と経済的損害が出ているのではないだろうか。


 あちらでは軍もメガロドンの駆除に動員されているらしいが……、普段は深海に潜んでいて、神出鬼没なサメを退治するのはなかなか大変だろうな。

 現に、一匹も駆除できたという報告はない。


 今日のニュースサイトでは、新たに現れた一匹の古代生物が大きな話題になっていた。

 多摩川の下流に、首長竜が現れたらしい。

 これもヌマズサウルスと同じような温厚な性格で、特に被害は出ていない。

 多摩川沿いには見学者があふれかえり、何台ものヘリが中継を行っているらしい。


 在京メディアは、まるで初めて首長竜が登場したかのように大はしゃぎしている。

 沼津に来れば、その三倍の首長竜を一度に見ることができるのになぁ。


 そんなことを思いながらも、実のところ、俺が関係していない恐竜が現れてホッとしていた。

 一部のオカルト雑誌が唱える「俺が恐竜を呼んでいる」という論調には、状況証拠だけとはいえ多少の説得力があったからだ。


 この事件が報道されてから、オフィスへの問い合わせの電話が明らかに減っているんだとか。

 誤解が解けたようで、正直ホッとしている。

 でも、古代生物ってどうやったら呼べるんだろうな。

 椅子に座り、腕を組んで考えてみる。……なんか、力を入れてみればいいんだろうか。


「こい! 古代生物!」


 目をつむり、机の上に手を置いて声に出して言ってみる。

 すると、突然、手のひらに何かが乗った感覚があった。

 ……というか、


「ニャッ!」


 ハナが手のひらに乗っていた。かわいい。

 「何か用?」みたいな顔で俺をじっと見つめてくる。

 それを聞きたいのはこっちだ。お前は古代生物ではないだろう……。


「こら、机の上に乗っちゃダメだって、いつも言ってるでしょ!」


 叱って、ベッドの上に戻す。ハナはなぜか不服そうだ。

 その後も、変身ポーズを決めてみたり、印を結んでみたり、いろいろなことを試してみたが、すべて、ハナが手元に来るだけだった。


 まぁ、常識的に考えて人間が恐竜を呼べるわけがないか。

 俺は首を振りながら、メールボックスの整理を始めた。


『渋谷にスーパーサウルス召喚してください』『T-Rex! T-Rex!』『ゴジラも召喚できますか?』


 何百件も送られてくるスパムの山に埋もれていて、本当に重要なメールがまったく見つからない。

 というか、この送信者たちは日本を破滅させたいんだろうか。

 そんなことを思いながら、俺はハナを撫でていた。

 

 ーーー

 

 ◾️ミナトくんの変な生き物紹介コーナー①◾️

ニホンヤマネコ(個体名ハナ)


 かつて日本に存在していたベンガルヤマネコの絶滅亜種。

 ハナは体長は1m、非常に筋肉質で体重は15kgもある。

 いつも下僕であるミナトくんのマッチポンプに付き合わされている。

 ミナトくんとママが大好き。あと生の白身魚と筋トレが好き。淡水魚はそんなに好きじゃない。

 ヌマズサウルスの子供と微妙に仲が良い。


 ◾️ミナトくんの変な生き物紹介コーナー②◾️

多摩川の首長竜


 半年前に駿河湾で投げ釣りをしているミナトくんによって召喚された。

 メガロドンの襲撃から逃げながら頑張って東京湾まで辿り着いた健気な子。

 実はあと数匹ほど、ミナトくんに無自覚に放置されている個体が太平洋に潜んでいるぞ!

 

 ◾️ミナトくんの変な生き物紹介コーナー③◾️

メガロドン2号


 半年ほど前にミナトくんに召喚されたメガロドン。

 出産したばかりなのでとても空腹。

 少し南でイルカを襲い食事をしていたが、冬になってクジラが回遊してきたので北上。

 漁船を転覆させて遊ぶのが好き。

 

 

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