第28話 ねこねこパニック
突然、目の前に超巨大な恐竜が現れた。
最初は腰が抜けるほど驚いたが、時間が経つにつれて分かってきたことがある。あまりの非現実さに頭が追いつかなかったが、少なくとも食われる心配はなさそうだということだ。
この恐竜は驚くほどおとなしい。人間を脅威とも思っていないのだろう。一度だけこちらをチラッと見たが、気にも留めず、呑気に木の枝を擦るようにして葉を食べている。
危険はなさそうなので、俺たちは動画撮影を行うことにした。俺がライブ配信を担当し、亮太には動画用の素材を撮影してもらう。
こんな規格外の生物、朝になれば世界中の注目を集めるに決まっている。今のうちに記録を残しておかなければ。
もし他の撮影班やメディアに先を越されたら、きっと後悔する。そんな焦りも背中を押していた。
ハナはこの巨大な恐竜を前に、明らかに動揺していた。最初は俺を守るように前へ出て威嚇したが、恐竜が一歩動いただけで、今度は俺の服の中に潜って震えるという忙しさ。
けれど俺が怖がっていないと分かると、そのうち落ち着きを取り戻した。妙に適応能力が高い。
今は俺が恐竜を背景に自撮りしているので、ハナは当然のように肩に乗ってくる。
この子はなぜかカメラに映りたがる癖がある猫だ。
「ミナトです。場所は内緒ですが、巨大な恐竜と遭遇しました」
「ニャッ!」
「この長い首を見てください!木の高さを遥かに超えています」
ライブ配信を開始すると、コメントが物凄い勢いで流れてくる。通知音は鳴り止まず、画面は文字の洪水。正直、もう読むのは不可能だ。登録者の八割が外国人だから、コメント欄も完全にカオスだ。
『জাপান এখন যাদুকৰী ঠাই』『これCG?』『اليابان مكان ساحر』『昨日のツイート見る限り本栖湖だろ』『HANA!!』『これマ?』
俺は自撮りをやめ、カメラを巨大恐竜に向けた。
すると、自分が映っていないことに気づいたハナが、慌てたように恐竜に登り始めた。
背中にしがみつき、ニャーニャー鳴きながらカメラ目線でアピールしてくる。
あまりにも素早く登ったので止める間もなかった。
怖いもの知らずにもほどがある。万が一踏まれたら大変なことになるというのに、ハナは尻尾を振りながら上機嫌。
幸いなことに恐竜は背中の小さな存在など気にも留めていないようでホッとした。
コメント欄は一瞬で猫の絵文字だらけになった。……いや、これ何の配信だったっけ。
恐竜より猫が主役になっているのは納得いかない。いや、可愛いのは分かるけど。
「ニャッ!」
「ハナー、危ないから降りておいで」
ハナは興奮してしまい、呼びかけても恐竜から降りてこない。
それにしても、こいつは一体どこから現れたんだ? これほどの巨体が近づいてきて誰にも気づかれないなんてあり得ない。
空から降ってきたのか、地面から湧いたのか――想像してみても、全部バカみたいな結論にしかならない。
いくら富士の樹海が未開の地とはいえ、このサイズの怪物が隠れられるほどの場所はないはずだ。
恐竜は気まぐれに木を替えて食べ始めた。歩くたびに「ドスン」と地面に響き、足元が大きく震える。その振動が逆に現実感と恐怖をじわじわと高めていく。
「ミャウ♪ ミャウ♪」
ハナは相変わらず恐竜の背中でカメラ目線を決めて鳴いている。まるでこの巨大生物を操縦しているみたいで、なんとも可愛い。
さっきまで俺の服の中で震えていた猫とは思えない。
彼女の目線を見る限り、首の上まで登ろうとしているようだ。公園の遊具じゃないんだから、本当にやめてほしい。
「ハナ!危ないから降りておいで」
いつもやっている「こっちおいで」のジェスチャーをしながら呼びかけると、ハナは名残惜しそうに恐竜の背中から駆け降りてきた。
俺のズボンの裾を引っ張って、「もっと近くで見たら?」と言わんばかりに恐竜の足元へ誘導してくる。
恐る恐る近づき、そっと足の皮膚に触れてみた。想像より冷たく、ざらざらしている。野生動物特有の臭いはほとんどしない。まるで岩と生き物の中間というか、自然の中に突然現れた「動く地形」に触れている感じだった。
ライブ配信の視聴者はすでに100万人を超えており、コメントはもはや読めない速さで流れていく。
スーパーチャットの投げ銭で『足の裏見せて!』『ハナをドアップして!』『猫をもっと映して!』など滅茶苦茶な要求が飛び交い、コメント欄はカオス状態だ。
今注目すべきは絶対ハナではないのに、スパチャでひたすら猫を映せと言われて、俺の内心が少しざわつく。
ハナはというと――カメラの画角を独占しているときは上機嫌にポーズを決める。かわいい。
しばらくすると恐竜がゆっくりと動き出し、湖の方へ足を向けた。
ドスン、ドスンと地面を鳴らしながら岸辺に近づき、そのまま巨大な前脚を湖へ沈めて水を飲み始めた。
湖面が波打ち、まるで小さな津波のような波が足元まで押し寄せてくる。あれだけの体が水を飲むと、一口の量も洒落にならない。
――その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
視聴者の誰かが通報したのか、キャンプ場の宿泊客が通報したのかは知らないが、赤色灯の光が揺れながらキャンプ場に近づいてくる。
警察が来たら、さすがにこの状況を説明するのは面倒だ。
「撤収だ。ハナ、亮太、配信切るぞ」
俺は配信を終了し、テントや荷物はそのままにして場を離れることにした。
流石にキャンプを継続することはできないだろう。この恐竜の足元で夜を越したら、寝ている間に踏み潰されて人生が終わりそうだ。
テントは明日の朝片付けるとして、今夜は安全な場所に避難するのが先だ。
マネージャーにホテルを取ってもらい、俺とハナは同じ部屋で寝ることにした。
ハナは俺が居なくなると間違いなく暴れるからな……。
「ニャン……」
まだ興奮冷めやらぬ様子で、ケージの中をうろうろしながら鳴き続けるハナの声を聞きつつ、気づけば眠りに落ちていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、スマホを見ると、俺のチャンネルにはすでに昨日の恐竜の動画がアップされていた。亮太が徹夜で編集したのだろう。英語のテロップまで入れて投稿してくれている。
再生数は恐ろしい勢いで伸びており、投稿してから三時間で600万再生を突破していた。
ハナが俺の膝の上に乗ってきて、じっと動画を見つめている。自分の映りを確認しているのだろうか。
真剣な顔をしているのが少し面白い。
公開しているメールアドレスには世界中から問い合わせが殺到していた。テレビ局、よく分からないメディアや海外の記者。対応なんて到底できそうにない。
寝ぼけ眼の亮太が車に戻ってきて、軽く手を挙げるとそのまま後部座席に倒れ込んだ。相当疲れているようだ。
本当は現場に戻りたくなかった。ニュースではすでに本栖湖周辺が報じられ、警察と報道陣でごった返している様子が映っていた。
でも、キャンプ道具やテントを放置するわけにもいかない。覚悟を決めて車を走らせた。
キャンプ場へ続く細い道路は封鎖されており、警察官が何人も立っていた。検問の前に車を止めると、警察官の一人がこちらに近づき、助手席の俺を見ると無線で何かを伝える。
車の前後を警察官が囲み、絶対に逃がさないと言わんばかりの雰囲気になっていた。
俺は指名手配犯か何かなんだろうか。
やがて、一人の私服警察官が近づいてきて、窓越しに穏やかながら強い声で話しかけてきた。
「相葉さん、探しましたよ。さぁ、こちらへどうぞ」
まぁ、そうなりますよね……。
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