第25話 ほのぼの日常回
冬が終わり春が近づいてきた。我がチャンネルは登録者の伸びこそ緩やかになったが、安定して再生数が伸びている。
一時期のような爆発的なヒット動画はないが、月に600万再生があるので、およそ250万円の収入にはなっている。
登録者が500万人もいるのに再生数が伸びないのは、やはり古代生物目当てで登録してくれた視聴者と、出している動画とのミスマッチがあるからだろう。
それでも、伸び続けているコンテンツもある。
新しい撮影拠点の完成記念で行った「キハダマグロ解体ショー」は1本で500万再生を超えた。
刺身を作るたびにハナが盗んでいく光景は、コメント欄で『新時代のコメディ』とも言われていた。
とはいえ、視聴者は常に新しい刺激を求めている。
俺はスタジオ2階のオフィスで、亮太と次の企画の打ち合わせをしていた。
亮太は動画出演こそ拒んでいるが、戦略を考えたり編集を担当したりと大きく貢献してくれている。
報酬は月20万円。土日だけの仕事にしては悪くないはずだ。
ちなみにこのスタジオは、俺の会社名義で所有している。
実は日本の法律では、15歳以上なら株式会社の代表取締役になれる。
節税のために作った会社で、実態の薄いペーパーカンパニーみたいなものだが、未成年が社長なので銀行から金を借りることも難しい。
打ち合わせの参加者は、俺と亮太、そしてハナだ。
俺が切り出す。
「やっぱ、古代生物路線をもう少し広げるってのはどうだろう」
「ヌマズサウルス路線は最近飽きられてる。再生数、明らかに落ちてる。ショート動画でも伸びない」
亮太がパソコン画面のデータを見せる。
確かに、数字は正直だ。
「ニャッ!」
俺の膝の上で、ハナが「飯を出せ」と催促してくる。
古代生物以外のもう一つの柱はこの愛猫だ。どんな動画でも大きく外すことはなく、コメント欄には毎回同じコアファンが現れる。
この子は泳ぐのも得意で、水中動画は結構バズる。でもこの季節に海や川で泳がせるのは、さすがにかわいそうだ。
ハナをなだめつつ、俺は思いついた案を口にする。
「アニメの聖地巡礼とかやってみるのはどう? 沼津って、なんとかシャクシャインってアニメの聖地なんだろ?」
沼津は実はアイドルアニメの舞台になった街だ。駅前には今でもファンが集まり、ラッピング電車も走っている。
ありがたい話だ。俺はあまりアニメを観ないが、放送が終わっても地域を支え続けてくれている。
「サンシャインな。シャクシャインはアイヌ蜂起の人だから。」
亮太は俺のちょっとした間違いを即座に訂正してから、淡々と返す。
「ただ、アニメファンって今の視聴者層とかぶってない。正直、数字はあんまり期待できないかも」
それきり黙って分析データを眺めていた亮太が、しばらくしてから口を開いた。
「視聴者の8割以上が外国人だからさ。旅行系とかは? 特に富士山は外国人の関心が高い。コメントでもよく見かける」
「たしかに富士山の麓でキャンプとか、動画映えしそうだよなぁ」
実は富士山は静岡県にある山で、静岡県側から見た富士山が最も美しい。それを前提としても、山梨側から見る姿も魅力的だ。特に富士五湖の湖畔から見る富士山は絶景だ。
春休みに本栖湖あたりで釣りキャンとかしたら楽しそうだ。
ただ、春だと夜はまだ寒い。
ハナは寂しがり屋だから、当然連れていくことになる。
猫をテントに泊める以上、暖房器具も必要だ。原付じゃ無理だし、漁協の広報(兼・うちのマネージャー)に車を出してもらうことになるだろう。
「あと、北海道一周キャンプ旅とかもやってみたいなぁ。北海道って、釣りの聖地だし」
そんな妄想を膨らませていたら――
「ニャア!」
腹に重い猫パンチが飛んできた。「飯を食わせろ」との要求だ。
さっきオフィスに来る前に家でキャットフードを食べたばかりなのに……。
たぶん、頻繁な食事はこの無駄に発達した筋肉の維持に使われているんだろう。
そろそろ昼飯に行くか、と俺も席を立つ。
するとハナがリードを咥えて持ってくる。ウチの愛猫はとても賢い。
「ニャッ!」
実はこのオフィス、昼飯には困らない。
県道を渡って2分歩けば戸部漁港があり、今では飲食店が5軒ある。
昔は2軒しかなかったが、観光客の増加で一気に増えた。
休日の昼飯に関して、俺と亮太には決定権がない。
先頭を歩くハナが、気分で選んだ店にそのまま入っていくからだ。
今日は海鮮丼の店らしい。
他の店は行列ができているのに、ここは席が半分ほどしか埋まっていない。
実はこの店、800円だった海鮮丼を2000円に値上げした。
ヌマズサウルス騒動のあと、働いていた老夫婦があまりにしんどそうだったので、俺が「客数減らすために値上げした方がいい」と進言したのだ。
今では利益率も高く、老夫婦はゆっくり働きながら、ほぼ年金+趣味みたいなペースで店を続けている。
席に座ると、店のおばちゃんが水を持ってくる。
ハナはすかさず足元にすり寄り、しっぽを揺らしてアピールする。
「ニャゥ〜」
「あら、ハナちゃん。今日も来てくれたのね」
「おばちゃん、特選海鮮丼の大、二つ。あとハナの餌もお願いしまーす」
注文して待っていると、先にハナの餌が出てきた。トロボッチが三匹、皿に並んでいる。
この店のメニューには無い魚なので、つまり――週末に来るかもしれないハナのためだけに常備してくれている、ということだ。
おばちゃんはハナを撫でるのに夢中で、なかなか厨房へ戻らない。
その代わり、厨房からおじちゃんが海鮮丼を運んできて、無言で置いていった。
おばちゃんの職務放棄っぷりにため息をつきながら戻っていったが、この店はこのゆるさで成り立っている。
食後、店を出るとハナが岸壁の近くへ歩いていき、海の方を向いて声を上げた。
「キュイ…」
「ニャッ!」
すると海面から子サウルスが顔を出す。
最近のハナは、俺の真似をして子サウルスを呼び出すのにハマっている。
呼んだあと、特に何をするわけでもなく、ただ眺めながらニャーニャー話しかけているだけだ。
観光客が集まって面倒になるので、やめさせたいのだが……。
ちなみにこの光景を「恐竜を呼び出す猫」というタイトルでショート動画にしたら、案外バズった。
すでに周囲には50人近い観光客が集まっている。
みんなが俺を見る。期待のまなざしが突き刺さる。
――どうやら、SNSで拡散されている不定期開催のショーが始まると思っているらしい。
俺はため息をつきながら、バッグからボールを取り出した。
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