第22話 戸部漁港の希望

「相葉さん、だから動画を消してもらわないと本当に困るんですって」

「えーっ、そんなこと言われてももう五千万再生されてるんですよ。だいたいどんな法的根拠で要求してるんですか」

「……」


 今日は滋賀県警からの迷惑電話に対応している。

 先日の現場検証のおかげで、スピノサウルス相手に警察が銃で応戦する大迫力の動画が撮れた。

 タイトルは『Japanese police VS Spinosaurus(警察VSスピノサウルス)』。


 遠慮なく短機関銃やライフルを撃ちまくる警察官たち。

 外国人も大興奮で、投稿して一週間ほどでうちのチャンネルの目玉コンテンツになりつつある。

 個人的には最高にかっこいいと思うんだが、この動画がなぜか警察内部で大問題になっているらしい。

 いまだにワイドショーなどでもこの映像が流れている。


 民間人を危険に晒したこと、SATを秘密裏に動員したこと、銃を乱射したこと――いろいろ問題があるそうだ。警察も大変だな。


 スピノサウルスは元気に、今日も琵琶湖で暴れている。

 滋賀県は自衛隊の出動要請を調整しているが、自衛隊もあまりやりたくないようで話がまとまっていないらしい。

 個人的には、巡航ミサイルのトマホークでも撃ち込めば簡単に駆除できそうなもんだが、平時に自衛隊が武器を使う法的根拠をめぐって揉めているそうだ。

 まあ滋賀は遠いし、正直どうでもいい。


「大体、僕に直接かけずに弁護士と話してくださいよ」


 そう言い残して電話を切った。

 これから漁港でお祭りがある。遅れるわけにはいかない。


「ハナー、おいでー」

「ニャー」


 ハナにリードを付け、母の軽自動車に乗る。

 港に着くと、湾内には中型のトロール船が浮かんでいた。


 この船の名前は「水翔丸」。

 メガロドンによって壊滅した漁業を立て直すため、地域でお金を出し合って買った中型漁船だ。

 ちなみに「水翔」というのは、公募で決まったヌマズサウルス一家の一人息子の名前だったりする。

 あと二隻、大型船を建造中で、それぞれ家族の名前が付けられる予定だとか。


 ヌマズサウルス一家は、今も漁港のある湾内でのんびり泳いでいる。

 最近は造船所の温排水付近に、ゴンズイ玉みたいに集まっているのがよく見られる。

 多分、寒いのが苦手なんだろう。

 もちろんスピノサウルスとは違い、暴れる様子はまったくない。

 こいつらの保護のため、県は湾の入り口に二重のサメ防止ネットを張ってくれた。漁船の出入りもできる優れものだ。


「水翔丸、発進します!」


 漁協長や市長らお偉方がテープカットすると同時に、新型漁船が静かに出航していく。

 駿河湾――というより太平洋沿岸では、メガロドンによる被害が相次いでいる。

 これまで捕食者のいなかったナガスクジラやニタリクジラなどの鯨類を食い荒らしているらしい。


 中には人間に慣れて、漁船だけを狙う個体もいるそうだ。

 冬になりクジラたちが赤道近くへ回遊するのに合わせて、メガロドンも南下している。

 赤道付近の国々では小型漁船が多く、日本より問題が深刻だ。


 多くのメガロドンたちが海外へ行ったからといって、駿河湾が安全になったわけではない。

 日本近海を縄張りとして暴れ回るメガロドンがいる。

 そのため日本の太平洋側全域では小型漁船の使用が禁止されている。


 そこで、うちの漁港はヌマズサウルス特需で得た資金を使い、中型の底引き網船を新造したのだ。

 春には残り二隻も竣工する予定だという。


 船を見上げる漁師の目に涙が光っていた。ようやく、海に出られるのだ。


「バンザーイ!」


 歓喜の声が冬の沼津の澄んだ空に響いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の夜、自室で動画についたコメントを一件ずつ返していた。

 やっぱりコンテンツクリエイターたるもの、感想への返信は大事だ。

 今回の動画はバズった分、コメント数が多くて大変だ。言語も多様で返すのに苦労する。


 『日本の警察は最高にクールだね!ハハハ!』

 『スピノサウルス超Cool!日本だけズルいよ!』

 『来月のオフ会楽しみでーす!アメリカから参加します!』


 オフ会……そう呼ばれるのは初めてだが、間違ってはいない。

 古生物に関する国際学会が、なぜか沼津で開かれることになっていて、俺もゲストとして呼ばれている。


 ようやく返信を終え、ハナの散歩に行こうと思った。

 部屋の中を見渡しても姿がない。珍しい。

 大体、俺が起きている時は部屋の中にいるのに。


「ハナー!どこいるのー、散歩行こうかー」

「……ニャッ……」


 一階から小さく返事が聞こえた。

 声を頼りに台所に行くと、母の横でハナが大好物のトロボッチを食べていた。


 メガロドン騒動のせいで値段が高騰していてあまり買えなかったが、戸部漁港で漁が再開されたおかげで、久々にハナの食卓に並ぶようになった。


「トロボッチ、食べられるようになって良かったな!」

「……(モグモグ)」


 食べ終わったハナは二階に駆け上がり、すぐにリードをくわえて戻ってきた。

 やっぱりウチの子は賢い。

 俺の前にリードを置き、つけてもらうのを待っている。


「じゃあ母さん、散歩行ってくるね!いつも通り漁港まで行ってくるから」

「晩ご飯までに帰ってきてね」

「ニャッ!」


 漁港までハナと散歩する。今日は特にご機嫌だ。

 好物を食べられたからだろう。


「ニャッ♪ ニャッ♪」


 ハナは尻尾を振りながら、謎のリズムで鳴いている。

 相変わらず歩くのが速い……。俺にとっては散歩というより競歩だ。


 漁港は昼間より閑散としていた。

 ヌマズサウルス見学ツアーの受付が16時半で終わっているからだ。


 ハナのリードを表の柱に括りつけ、漁協の事務棟に入る。

 実は子サウルスは慣れている人からしか餌を受け取らないので、朝昼晩の担当が必要だ。

 親サウルスのように誰からでも餌を食べてほしいものだ。とはいえ、懐かれているようで悪い気はしない。


 冷蔵庫には奴らの大好物の深海イカとトロボッチが入っている。

 トロボッチは一匹だけだから、多分ハナ用だな。

 一般には流通しない深海イカを食べさせられるようになったのも、戸部漁港が自力で漁を再開したおかげだ。


 外に出ると、ハナは観光客の女の子たちに囲まれていた。


「かわいいー!」「職員さんのネコなのかな」「写真撮らなきゃ!」

「ニャーオ!」


 ハナも満更でもなさそうにポーズを取っている。

 邪魔するのも悪いので、足元にトロボッチを置いて離れた。

 後ろからハナの抗議の声が聞こえた気もするが、俺は女の子は苦手な年頃なのだ。


 いつもの場所に立ち、指笛を吹くと子サウルスがやってきた。

 今日は御両親をお連れになっての登場だ。

 お前らはもう十分に観光客から餌もらって食ってるだろ……。


 観光客が集まる中、久々の深海イカを前に大興奮するヌマズサウルスたちに餌をやった。

 スピノサウルスも、こいつらくらい温和だったらいいのにな。

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