第16話 End of 夏休み
夏休み最後の日曜日、俺は亮太の家で編集作業をしながらテレビを見ていた。
「あ〜、もうめちゃくちゃだよ」
駿河湾で二匹目のメガロドンが確認されたそうだ。同時刻に名古屋沖でもメガロドンと思われる生き物に漁船が襲われ、転覆したのも確認されたらしい。
メガロドンって何匹いるんだろうな……。
駿河湾沿岸に限られていた操業停止命令は東海地方全体に拡大していて、各漁港には閑古鳥が鳴いている。
この素早い対応のおかげで死者が未だ出ていないのは幸いだろう。もっとも、仕事を奪われた漁師の不満はこの未曾有の災害に対応できない県や国に向かう。
県や国は駆除に前のめりになれない事情もある。国内外からの生物保護に関する圧力だ。
メガロドンは絶滅したとされていた生き物だ。殺してしまうなんてとんでもない、そんな意見が国内外の学者から多く寄せられていた。
東海地方の多くの漁師たちは職を失い、慣れない他の仕事に就かざるを得なかった。政府は生活保障を約束しているが、関わる人数が多すぎる。遅々として予算の成立は進んでいなかった。
ただ、俺がお世話になっている戸部漁港などは他の漁港に比べるとかなり状況はマシだ。
ヌマズサウルスブームのおかげで漁協の収入はうなぎ登り。見学ツアーは始まって1か月で5万人の客を達成したらしい。一人5千円なので2.5億円の売り上げだ。
漁協長は笑いが止まらないだろう。
漁師たちも屋台で焼きそばを売ったり、遊覧船を操縦したりしながら生活を維持できていた。
ヌマズサウルスによって、むしろ以前より住民の生活水準は上がっているかもしれない。ただ、漁師は海に出ることが仕事だ。現状、戸部漁港には仕事がいくらでもあるが、海に出れない現状はプライドが許さない。
漁港近くのスナックには万札を持った漁師たちが毎日愚痴を垂れているらしい。
漁協では儲けた利益や県の補助金を使って、何台もの中型のトロール船の購入を行う方向で検討を始めた。
中型船ならメガロドンによる襲撃を受けても転覆することがないので、操業が許可されている。
それが意味することはつまり、メガロドンの駆除はもう県にはできないと諦めたのだろう。実際、行われていた捕鯨船による駆除も保護団体の妨害によって有名無実のものになっている。
俺の愛する駿河湾、そして漁業を破壊するメガロドンが許せなかった。
なぜ、突然何匹ものメガロドンが現れたのか分からない。全世界の生物学者が沼津に集まり研究を行っている。
ただ、これが人為的なものだとしたら許せない。そんなことをした奴の顔を一発殴りたい。
そんな時、突然、頭の上にいたハナが俺の額を強烈な猫パンチで殴ってきた。
「ニャッ!」
「痛っ! なにすんだよ!」
頭を抑えてうずくまっていると、頭から降りて、膝の上に乗ってきたハナが、殴ってきたところを心配そうにペロペロ舐めてくる。
DV彼氏かな。心配するなら殴ってくるなと思う。
「ハナ、急にどうしたんだい。機嫌悪いの? チュールあげようね」
「ニャ!」
現在は前回のメガロドン釣りの動画を編集し終わって、亮太と二人で眺めているところだ。
二日かけて編集した大作はなかなかの出来栄えだったりする。
今回の動画、BGMも入ってるし、目玉の水中カメラもど迫力に映っている。二回目に釣れた時のメガロドンとのファイトはすごい臨場感だった。
餌に食いつく巨大な頭、ファイトの中でカメラから遠く離れたのか、その巨大な全体像が見える。
1メートルを超える餌がちっぽけに見えるほどの巨大な姿だ。
「ミナト、この動画はかなりバズるぞ」
「でも前みたいにAI動画って叩かれないかな……?」
「お前は200万人のチャンネル登録者がいる大手YouTuberなんだ。自分を信じろ。
編集前のノーカット素材も一緒にアップすれば文句言う奴いないさ」
最近はヌマズサウルスがずっと漁港内にいるせいで、動画の目新しさが減り再生数が減っていた。
それでも何の変哲もないヌマズサウルスとの交流動画が200万再生とか行ってるが。
当初の一気に6000万再生された動画ほどの勢いはない。視聴者が飽き気味であることをひしひしと感じる。
ハナの動画とかもアップロードして一定の人気はあったが、やはり古代生物がチャンネルの目玉だろう。
ハナは可愛いけどただの少し体の大きいネコだからな。
「ほら、ハナお前の動画がバズってるぞ!」
「ニャッ!」
付き合いの長い俺には分かる。今のは「早く飯くれ」という意味の鳴き声だな。
腕時計を見ると時刻は正午近く。漁港にバイトに行く前に餌をあげておこう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今日は日曜なので漁港はすごい人だ。渋谷のスクランブル交差点並みの人が田舎の漁村に集まっている。
親子連れ、デートをするカップル、今まで漁港になんて興味を持たなかったであろう人々がヌマズサウルスを一目見ようと、この沼津に集まっていた。
漁港の端っこの方、あまり人がいない所まで歩いてきた。俺はその辺に留まっている船の上に立ち、指笛を数十秒鳴らす。突然の行動に、歩いている観光客が何事かと見てくる。だが、その顔は驚きにすぐ変わった。
「キュイ…キュイ…」
この指笛は俺と数人の漁師が使えるヌマズサウルス召喚の儀式だ。
俺の立っている船の近くに大小二つの顔が浮かぶ。
しまった。今日はママサウルスまで召喚してしまった。ママサウルスは観光ツアーの目玉なので、岸の近くに来られると困る。俺が呼びたかったのは子サウルスだけだ。
ママサウルスはイカを巧みに投げることで沖に誘導して追い払った。
俺は拡声器を使って周囲に告知した。
といっても、あまり人を集めないようにする。絶妙な感覚が求められる仕事だ。あんまり集めすぎると事故の元になる。
「世にも珍しいヌマズサウルスショーをこれから始めます!」
小竜にボールを投げてヘディングを披露させる。
「おおー!」「かわいい」「これ不定期開催のレアイベントらしいぜ」
本当はイルカショーのような高度なこともしたいんだが、こいつらの頭はそんなに良くないので難しいことはできない。反射的な動きを超えた、学習というのはなかなか難しいんだな。
ちなみに何人かの漁師が同じようなヘディング芸をさせることができ、交代で1日に数回やっている。
ただ、俺にしかできない芸もある。
「行け! ハナ」
「ニャッ!」
ハナが海に飛び込んで小竜の頭に乗った。その状態で小竜は泳ぎ回る。首長竜に乗る猫、我がYouTubeの人気コンテンツでもある。
「これTikTokで見た奴だ!」「ネコちゃんのバランス感覚すごい!」
まぁヌマズサウルスというより、ハナの芸だな。
ハナは終わると、器用に俺の立つ船の上に飛び乗り、ずぶ濡れのまま肩に乗って顔をすり付けてくる。
拍手喝采を受けながら、なんとか笑顔を保つ。
服がびしょ濡れになるから、肩に乗ってほしくないんだよなぁ……。そんなことを思うのであった。
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